第3話 生贄と売物
タメリア鉱山へと続く森の中を進むバテル達六人。バテル達にクエストの協力を求めたBランク冒険者のドリスは少年の背負っているリュックに興味を持つ。
「なぁ、バテル君。そのリュックには何が入っているんだい?」
「僕とヘンリエッタのお宝さ。」
「少しだけ中を見てもいいかな?」
「駄目だよ。いくらドリスさんでも。ね、ヘンリエッタ。」
「はい。残念ですが諦めてください。」
「……はいはい、余程大事なお宝なようで。」
なんとも言えない森の不気味さを助長するように、鳥が羽ばたき、鳴き声をあげる。君達は死ににいくのかい? と嘲笑うように……
夜道を進んだ六人はフレイムケルベロスがいる第二採掘場への入り口に辿り着いた。
「ヘイズとヘンリエッタさんはここで待機していてくれ。」
「何故だ?」
「ヘイズは実践向きではないからな。いつも、周囲の監視役として後方にいてもらっている。フレイムケルベロスは強敵だ。」
「違う。何故私がバテルと離れる必要がある?」
「そりゃ、女性を危険に晒すわけにはいかないからな。バテル君のお守りで手一杯な訳だし。」
「話にならない。帰りますよ、バテル。」
バテルに近づくヘンリエッタの前にドリスとニックスが立ちはだかる。
「なんの真似だ?」
「俺はバテル君の活躍をギルドに報告する約束をしたが、アンタは別だ。誰が戦いに参加するかはこちらで決める。リーダーはこの俺だ。」
「何を屁理屈を。」
ヘンリエッタの拳が握られ、彼女の目尻は尖っていく。
「待ってよ、ヘンリエッタ。」
「……バテル。」
「僕、大丈夫だよ。怖くないって言ったら嘘になるけど、冒険者になる為に頑張りたいんだ!」
ヘンリエッタの拳の力が抜けていく。ドリスはヘンリエッタの方を振り向き、優しく語りかける。
「安心しな。あの子は俺達が責任を持って守るからさ。」
「……分かりました、バテル。それが貴方の望みなら。」
ヘンリエッタはバテルのリュックを開くと石のついたネックレスを取り出した。そして、それを金髪の少年の首に通す。
「もし危険を感じたら、この石を握って私の名前を叫んでください。」
「分かった。いつも心配かけてごめんね。」
ヘンリエッタは優しく微笑む。
「よーし、それじゃぁ作戦開始しますか。」
ドリスとヘイズは別れ際に目配せをした。
松明に火を灯し、鉱山に入っていくドリス達。採掘場までは暗いトンネルが続く。闇に紛れて、コウモリの羽音が至る所でする。
「大丈夫かバテル君。足元暗いから、転ばないように気をつけて。」
「は、はい。」
松明を持つジムはバテルに質問する。
「そのネックレスにはどういった効果があるんだ?」
「うーん、良く分からないんだけど、ヘンリエッタは山で野宿するときにはいつも着けるように言うんだ。獣から身を守ってくれるって。」
「……ただの御守りか。可愛いことで。」
ニックスがバテルの横で幅を合わせる。そんな彼の口元は緩んでいた。
「それより、ヘンリエッタちゃんはお前のお姉さんなんだろ? 髪の色といい、あんまり似てないよな。あんなべっぴんさんが弟と旅とか。どんな事情があるのやら。」
「お姉さん? 僕とヘンリエッタは姉弟じゃないよ。」
「はぁ? だったらヘンリエッタちゃんは何なんだよ。まさか、恋人とは言わないよな。」
「うーん、物心ついた時には側にいたから良く分からないや。」
「……なんなんだお前らは?」
四人の前方に見える明かりが、暗いトンネルの出口を告げる。ドリスはニックスに会話を終了させる。
「お喋りはそこまでだ。抜けるぞ。」
そこは開けた空間となっていた。天井から差し込んだ月光が、辺りの鉱石に反射するせいで昼間のように明るい。
「うわぁ、凄い。夜なのに明るい。」
「こっちだ、バテル君。」
彼らは崖の上から突き出た岩に隠れるように下を見下ろす。そこからは囁き声での会話となる。
「もしかしなくてもあれが……」
「あぁ、Aランクモンスター、フレイムケルベロスだ。良く眠ってやがる。」
バテルは強靭な牙を生やした三首のフレイムケルベロスよりも、崖下の大量の血の跡、真っ黒になっている死体を見て、萎縮する。
「うん? フレイムケルベロスの後ろに何かあるよ。」
フレイムケルベロスの後方に荷車が置いてあった。上には布が被せられており、まるで荷車を守る番犬のようだ。
「情報通りだなドリス。」
「あぁ、上手くいけば一生遊んで暮らせるぞ。」
ドリスとニックスの会話が理解できないバテル。少年にはクエストの報酬の話のように聞こえるが、どこか違和感を与えてくる。
「あれには何が入ってるの?」
「さ、さぁな。ここは鉱山だからな。鉱石でも積んであるんじゃないか?」
ドリスはバテルと目を合わせない。彼らの雰囲気が先程とは明らかに違っていた。
「それで作戦だが、ニックスとバテル君はあそこの場所から瓶を投げ込んでくれ。俺とジムで先制攻撃を仕掛ける。ニックスは状況を見て、戦闘に加わるように。」
「はいよ、行くぞ。」
「うん。」
バテルとニックスはドリスの指示した場所に向かう。
崖下の眠っているフレイムケルベロスを見つめるバテル。崖上から瓶を投げ込むという一見、簡単な役割だが、彼にとってそれは夢にまで見た初クエスト。緊張するなという方が無理であった。
配置に着いたが、緊張で手の震えが止まらないバテル。そんな少年の背後に立つニックス。
「一ついいことを教えてやろう。冒険者になりたかったら簡単に人を信用するな。」
「えっ?」
ドカッ!
突然、ニックスは背後よりバテルを蹴り飛ばした。
崖を滑り落ちようとするバテルからリュックを奪い取ろうとするニックス。とっさにバテルは片腕で背負い紐を掴み、落ちないように抵抗する。
「チッ、離せ。このリュックの中身が売り物になるかどうか後で見てやるからよ。」
「な、なんで? た、助けてーードリスさん! ドリスさん!」
バテルは離れたところにいるドリスとジムに救いの視線を送る。だが、彼らは少年の危機に関心がなく、ただただ先程の荷車を見ている。目を光らせ、ニヤつきながら。
「ドリス……さん?」
「おら! さっさと食われてこいや!」
バキッ!
「うわーーーーーっ!」
ニックスの蹴りでバテルは崖下に落ちていった。崖を綺麗に滑り落ちたバテルはゆっくりと立ち上がる。
「うっう……痛い。ど、どうして……。」
少年の声が採掘場内に響いたが、フレイムケルベロスは目の端で
「駄目だドリス。あのガキ一人じゃ、フレイムケルベロスはあそこを動かない。やはり、あの女も一緒に……。」
「いや、ヘンリエッタには俺達の女になるか、貴族様への貢物になってもらう。その為にヘイズにあれを作らせたんだ。おい、ニックス!」
「はいよ。」
ニックスは瓶を取り出してバテルに投げつけた。内溶液がバテルにふりかかる。
「うわっ……な、何、この臭い?」
先程まで眠っていたフレイムケルベロスはその液体の臭いに反応するかのように目を覚ました。
三首のモンスターの獰猛な咆哮が響き渡る。
起き上がったフレイムケルベロスは鼻息を荒らしながら、ゆっくりとバテルに近づいていく。
その咆哮は外で待機していたヘンリエッタとヘイズにまで届いた。
「今の声は。」
「始まったようだな。」
突如、ヘイズはヘンリエッタの後方から、布を彼女の口に当てる。
「へへへっ、悪いな。あの小僧はもう終わりだ。アンタには僕達のおもちゃになってもらう……ぜ?」
「これは何の真似だ?」
「な、何故、眠り薬が効かない!」
ヘンリエッタの裏拳がヘイズの顔面を捉える。その一撃で細身の薬マニアは伸びてしまった。
「これだから人間は……それよりも、バテル!」
ヘンリエッタは急いで洞窟に入り、バテルの元へ急いだ。
「あわあわあわあわあわあわ。」
ドリス達に裏切られ、崖下に落ちたバテルの前にフレイムケルベロスが迫っていた。一方、そのドリス達は壁に沿って崖を走り降りる。
「やはり、あのモンスターはゴブリンの臭いが相当お嫌いなようだ。俺達には目もくれない。」
「ゴブリンサイズの人間で、冒険者志望の旅人なんていう最高の生贄が現れるなんてな。神様に感謝だ。」
フレイムケルベロスを前に震えが止まらないバテル。幸いにも崖から滑り落ちた時に骨折等はしていなかったが、目の前の恐怖から逃げる行動に移れない。
「ぼ、僕、食べられちゃうの? 嫌だ、嫌だよう。」
「助けてーー!ヘンリエッタ!!」
バテルはネックレスの石を握ってヘンリエッタの名前を叫ぶ。すると彼の周りには薄緑色の壁が現れ、フレイムケルベロスの牙を弾いた。
まさかの防御に動揺を隠せないフレイムケルベロス。薄緑色の壁を作ったバテルは両手で石を握りしめ、目を瞑っている。攻撃を止められたフレイムケルベロスは再び咆哮をあげ、前足と牙で壁を攻撃していく。
「ヘンリエッタ……助けて……ヘンリエッタ。」
バテルは一心不乱にヘンリエッタに救いを求め続けた。少年が頼れるのはもう彼女しかいない。
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