胸元に愛を

六畳のえる

胸元に愛を

「結衣ってば、また新しい彼氏? ホント、しょっちゅう変わるわね」


 俺の目の前で、結衣が「もう、そういうことユウ君の前で言わないでよっ」と怒ったように顔をしかめる。


「だって事実じゃない。私、心配してるんだから」

「なんか色々我慢してるんだけど、途中で我慢できなくなっちゃって……」

「それで不満ぶつけてるの? 吉村君、気を付けてね。急に暴力振るったりしてくるかもよ」

「ちょっとちょっと、アヤちゃん!」


 大学からの付き合いだよ、と紹介された彼女の友人は、冗談めかして歯を零した。



 飲み会で結衣と知り合い、付き合い始めて1ヶ月。お互い25歳1人暮らしだから、ほぼ同棲状態で、週末は外に繰り出している。今日のように、カフェランチでお互いの友人に会うと、親密度が一気に高まった気になる。



 おでこがチラリと見える、グレージュのセミロング。ぽってりした唇で、キツそうに見えないネコ顔。初秋のテラス席にピッタリの、薄いアプリコット色のワンピースに黄色のカーディガン。


 一緒にいるときの彼女ももちろん可愛いけど、こうして友達と楽しそうに話している彼女を見ると余計に幸せが募った。



「私は結構、ロックのお酒とか飲んでるの見るとヤラれちゃうんだよね。結衣は?」


 いつの間にか、話題が好きな男性の仕草の話になっていた。女子トークっぽい感じで、スマホを開いて聞かないフリをした方が良いのか逡巡してしまう。



「ワタシかあ……ネクタイしめてるのが好きかな」

「へえ、ゆるめてるの好きってのはよく聞くけどね」

「なんか、顔が良いんだよね」

「ああ、気合い入れてる感じ?」

「『辛いけど、負けないぞ』みたいなさあ!」


 へえ、結衣あれが好きなのか。いつも朝ジッと見てるなあと思ってたけど、そういうことなんだな。



「吉村君、だってよ?」

「え、あ、良かったです」


 調子の外れた返事をしていると、彼女が「ユウ君、なんかごめん」と苦笑した。


「いつも見ちゃってるんだけど、気にしないでね」

「いやいや、いいよ。喜んで貰えるなら」


 そう言うと、彼女は口をもごもごさせた後、ニコッと微笑んでみせた。




 ***




 夜、上半身に重さを覚え、眠りから引き戻される。


「……え……う…………ガッ……!」


 呼吸ができない。突然の苦しみに、何か口の中に入ったのかと目を開ける。電気のついていない暗がりのベッド、俺の胸元に結衣が跨っていた。彼女が、俺の首に何かしている。


「な……ん……げ…………」


「ごめんね、ユウ君、昼間話してたら我慢できなくなっちゃって」


 カーテンから漏れる月明かりに照らされた彼女は、悲しそうな顔をしていた。



「ネクタイ絞めるの、やめられないんだあ」


 意識が闇に閉ざされる直前、必死に目を見開き、最後に焼き付けたのは、今にも絶頂を迎えそうな彼女の恍惚の表情だった。

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