同病相憐れむ僕たち~お腹が弱い僕と身体が弱い彼女と~

久野真一

第1話 クリスマスイブのデートと2人の体質

「なんだか、こうしてるのがちょっと不思議な気分だわ」


 クリスマスイブの夜。隣を歩く、髪をツーサイドアップにした彼女が感慨深げにつぶやく。彼女の名前は、松永千代子まつながちよこ。僕の親友だ。生まれつきの体質もあって、線の細い彼女は、ともすれば貧相な身体つきと見えるのをよく気にしている。僕はもっと自信を持っていいと思うのだけど。


「……僕と一緒に、クリスマスイブを過ごしてるのが?」


 クリスマスイブのデートに誘っておいて、この言葉もないとは思うけど。


「言わなくてもわかると思うのだけど。アキ君は女心がわからないんだから……」

「どうせ、僕は女心もわからない陰気な男ですよ」


 「女心がわからない」がグサっと来たので、ちょっと拗ねてみる。


「ああ、もう。拗ねない、拗ねない」


 苦笑した千代子ちゃんが、手をぎゅっと強く繋いでくる。そんな行為に、僕の鼓動はどんどん早くなっていって……。


「ちょっと、トイレ。ごめん、急に」


 ああ、もう。いいところなのに、と、自分の体質が呪わしくなる。


「わかってるわ。そこはお互い様でしょ?」

「ありがと」


 それだけ言って、近くにあるコンビニのトイレを借りて、便器に駆け込む。


「ふー。危なかった……」


 便器で用を足して一息つく。僕、石原彰宏いしはらあきひろは平凡な高校2年生だ。ちょっとしたストレスで、身体のあちこち、特にお腹に異常が出る体質を持っていることを除けば。急に便意を催したのも、彼女から急に手を握られてドキドキしたせいだ。ストレスというのはややこしいもので、胸のときめきとか呼ばれる恋愛感情の類も身体はストレスとして処理してしまう事が多い。


 今日のデートに誘うまでだって、何度となく腹痛や下痢に襲われて、色々大変だった。さすがに腸を空っぽにしておけば出るものも出ないので、今日のデート前まで1日絶食して来たのだけど、お昼食べたものが出てきてしまったか。


「落ち込んではいられないよね」


 まだ、デートの途中。彼女は僕の体質も理解してくれているけど、あんまりデートの途中で格好悪いところを見せたくない。この調子だと、またストレスがかかると下痢する可能性もあるから、今日の告白までは、できるだけ、ドキドキしないように、冷静にならないと。とはいえ、想いを寄せる彼女とのデートで、冷静にというのが難しいのは自分でよくわかっている。つくづく、自分の体質が呪わしい。


◇◇◇◇


「お待たせ、千代子ちゃん」

「そんなに待ってないけど、大丈夫?」


 心配そうな目をする彼女。心が痛い。


「いつものことだし、大丈夫。それより、行こうか」

「う、うん。手、繋がない方がいい?」


 手をつないだ事と下痢の因果関係は、僕の体質をよく知る彼女にしてみれば推測するのは容易いだろう。


「繋ぎたいよ。だから、気にしないで」


 そう言って、今度は僕の方から彼女の手を握る。少し、心拍数が上がった気がするけど、先程出したばかりなせいか、さすがにお腹の方は大丈夫だ。


 と思っていたら、今度は彼女の頬が紅潮していく。それも、羞恥だけでなく、まるで熱が出ているような……って、今度はそっちか。


「ごめん。熱、出てきたかもしれないわ」


 今度は彼女の方の体質だ。彼女も、僕と同じように、ストレスに対して敏感に身体が反応する体質で、僕は胃腸に影響が現れやすいのに対して、彼女は体温に影響が現れやすい。


「気にしなくていいよ。でも、なかなかうまく行かないもんだね」


 少し、寂しく思いながらも、繋いだ手を離す。でも、これまでの反応を見る限り、いや、今日までの僕たちの関係を考えれば、彼女も僕からの告白を待ってくれているはず。楽しいはずのデートがこんなになってしまうのには、我ながら苦笑してしまうけど、彼女のような人が相手じゃなければ、ここまでこぎつけられなかっただろう。


「この後、行きたい場所が1つあるんだけど、付き合ってくれる?」


 依然としてお腹の調子は微妙だし、彼女も熱が出てきて少ししんどいだろうけど、今日のうちに想いを告げておきたかった。


「……ええ。付き合うわ」

「しんどいのに無理させてごめんね」

「生まれつきだもの。今更だわ」

「それもそうか」


 そうして、手を離したまま、目的地に向かって歩く僕たち。お互いの体質のせいで、手を繋ぎながらいい雰囲気で……というのも叶わないのはちょっぴり寂しい。手をつないでもドキドキしないようになれば、普通に手をつなげるようにはなるだろうけど、なんだかそれは一番美味しいところを味わえない気がする。


 でも、お互いの体質も含めて、僕と彼女の関係が出来たのだし、そんな彼女のことを好きになったのだから、仕方ないか。


 目的地に着いた後は、どんな形で想いを伝えようかと少し考えながら歩く。隣を歩く彼女も何やら考え事をしているようで、少し微笑みながら俯いている。なんで微笑んでいられるのかわからないけど、僕との時間を悪くは思っていない事はきっと確かだ。熱でしんどいのに、こうして黙って着いてきてくれる、そんな健気な彼女に伝える言葉を探しながら、ふと、彼女と出会った頃を思い返していた。

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