ついでの仕事だからこそ
人によっては、梯子を使って。
人によっては、腕を最大限伸ばして。
人によっては、首を痛くなるくらい曲げて。
人によっては、両手で作業しなければいけないのに片手でそれぞれ行い。
人によっては、どこをどう動かせばいいのかわからず試行錯誤を繰り返す。
人によっては、どこをどう動かしたのかを忘れてまた試行錯誤を繰り返す。
これはまこと、結構な労力を有する大変な仕事である。
楽勝ジャンおまっこれ楽勝じゃんこんなんで金取るの信じらんねえボランティアでやれよあっそうかそしたらおまえ仕事なくなるな。ならよそれ限定にしないで今流行りの何でも屋やれよ何でも屋何でもやってみせろよ。
私をバカにするそんなやつにはそれはもう冷たい視線をくれてやった。
そうすれば大概興ざめして去っていく。
ふっ。無知とは哀れな。
怒るでもなく、悲しむでもなく、同情を向けてから、しかし一瞬後には完全消去して、仕事の宣伝をする。
家族や親類、知人、介護訪問人、電気製品の修理人。
彼らが来た時に、ついでに頼む仕事。
家にたいてい代替物があるので、急務ではない仕事。
だからこそ。
ついで。
急務ではない。
そう認識されているからこそ。
依頼の声が出しにくいのである。
出しにくいからこそ。
私はこれだけですと宣伝するのである。
必要とされているのだから。
人にも。
人でなくとも。
「ばっちゃん」
「静かに入ってきなさい。あやめ様が眠っています」
ごめんなさい。
小さな声で謝って、静かに第一の玄関の扉を閉める。
第二の玄関の扉までは、二室通らなければならない。
最初の部屋で、手洗いうがい顔洗い徐光を行い、次の部屋で着替えを済ませて、ようやく、第二の玄関の扉を潜れるのだ。
厚いカーテンで壁が覆われ、壁の近くで規則的にアッパーライトが配置されている大きな広間の真ん中で、雇い主であり、吸血鬼の長でもある、あやめ様は眠っている。
あやめ色のカーテンと月光色のアッパーライトが、幻想的な雰囲気を醸し出すのはこの部屋だけではなく、邸すべてが夜の世界と言っても過言ではないくらいだが、常にこの色を保っている。
夜じゃない二時。
時計を確認して、首をかしげる。
夜を生きる吸血鬼であるあやめ様は一年の半分は昼の中で過ごしている。
今はその期間のはず。
なのにどうして眠っているのか。もしかして具合が悪いのか。いやそれならばっちゃんが言っているはず。
広間を抜けて、食事室に向かい、少し遅い昼食を取っていると、ばっちゃんが向かいの席に座った。
「すずか様から本日中に蛍光灯の交換の依頼が来ましたよ」
「うん。食べ終わったら行く。ねえ。あやめ様どうしたの?」
「読書に夢中になって今寝ているだけですよ」
「ああ。なんだよかった」
「広間で眠らないで自室で眠ればいいのですが」
「読んでた本がちょっと心細くさせてね。自室で寝たくなかったの」
「あやめ様。起きたのですか?」
「ああ。うん。まだ眠る。けど。ばばのココア飲んでから」
「わかりました」
あやめ様は気だるげに椅子を引いて私の隣に座り、テーブルに伸ばした腕に片頬を付けて私を見上げた。
「なる。ありがとね。電球交換の仕事」
「いえ。仕事ですから」
「うん」
「…そんなに見つめられると落ち着かないのでやめてください」
「うん。ばばのココアが来るまで見てる」
「じゃあ、その前に私は行きます」
「えー。食べてすぐ動くのは身体に悪いんだよ。だめだめ」
「じゃあ、見ないでください」
「うー。しょうがない」
あやめ様が顔を真正面に向けたので、ほっとして、残していたお茶をゆっくり飲み干した。
暗闇でもしっかり見えているからなくても困らないんだけど、なんかね、寂しくなっちゃって。
でも、私たちは太陽に触れられないばかりか、電球にさえ触れないし。
だから、電球の取り付けをお願いしたいんだ。
何か特別な電球を調達しなければならないのでは。
吸血鬼だと自己紹介されて、冷めた目で見つめて考えさせてくださいと告げて、ばっちゃんに相談して、仕事を受ける気になって、そう危惧したのだけど、そうではなく、身近な電球でよかったのであった。
「すずか様。終わりましたよ」
「なるちゃん。ありがとね」
「いいえ」
満面の笑みを向けられ、照れくさくなって、頬をかく。
梯子を使って、天井に設置している電灯のカバーを外し、古いものを取り外して、新しい蛍光灯を付ける。カバーを外すのは慣れてきたが、付けるのはまだ慣れていないので、腕が少し震えるくらいには時間がかかってしまう。
まだまだだなあ。
今度はスムーズにいけるように頑張ろうと思いながら、お金を受け取る。
金額はみんな同じなので、それなりに数をこなさなければ生活はしていけない。
けれど、あやめ様の家にお世話になっているし、お金と一緒に食べ物や着なくなった洋服も有難いことにもらっているから、頭を掻きむしりたくなるくらいに働かなくても、生きていけている。
だから私は一途に、電球交換員を続けるし、続けられるのだ。が。
私がおばあちゃんになる時までには。
壁、もしくは、移動式電灯が普及してますように。
おばあちゃんに天井電灯の電球交換は無理です。
「なるがいなくなったら困るし。私の血を飲めばいいよ。不老不死とまではいかないけど長生きできるよ」
「考えておきます」
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