はなつむちょう
生存本能、だった。
この花びらを食んだのは、
生きたいと強く望んだ結果だった。
例えば、のちのち、
幾度となく、苦い顔になろうとも、
幾度となく、後悔を口にしようとも、
表面ばかりで、根底では、一度たりとも、
ひょうたん形が六枚と、円形が一枚のはなびら。
つる性で、葉はない。
すべてが灰桜に染められている花。
たった一輪しか咲かせない、花。
私が食んでしまったのは、見つけにくい円形の、一枚だけの、花びらだったらしい。
私は頭上と右腕、また、頭上と左腕につるを這わせている人間たちに説明を受けた。
ふと視線を下げれば、私の小さき朽葉羽にも、つるが這っていた。
朽ちているものが増えたところで、何も変わりはしなかった。
右腕につるを這わせている人間は、堕天使だと紹介された。
左腕につるを這わせている人間は、堕天使が天界から落ちた時にたまたまぶつかった人間だと紹介された。
「悪魔に惚れたくらいで天使の職をはく奪するなんてひどくない?」
「たまたま、天使にぶつかったくらいで、お寿司を食べられなくなるなんてひどくない?」
一輪の花が枯れるまで、もしくは、七枚の花びらがすべてなくなるまで、天使は天界に戻れず、人間はお寿司を食べられないという状態らしい。
まずは、手っ取り早く、自身の、次には互いの花びらを引っ張って取ろうとしたが無理だったようだ。
「あなたが一枚奪い取った時はやったと思ったんだけど、寄生するんじゃ、ちょっとねー」
「いやいや、ちょっとねー。どころか、大騒ぎなんですけど。取られた私の花が増えたんですけど!」
ほら、と、見せられたのは、人間の後頭部。
近づいてよくよく見れば、髪の間に花が一輪隠れていた。
左腕にも一輪。
計、二輪。
「申し訳ない!」
私は深く、地にのめりこむ勢いで、深く、ふかく陳謝した。
「そうだよ申し訳ないんだよだから私たちで早く花を枯らすか、花びらを取らなきゃいけないんだよ!」
「まあまあまあ、お寿司くらいで大袈裟にならないで。代替物を探しなさいよ」
「莫迦もの!お寿司はな、私の生きる糧なんだよ!私はお寿司を食べる為に生きているといっても過言じゃないんだよ!あんただって、悪魔のほかに好きな相手を探せって言われても無理だろうが!」
「恋と食じゃ次元が違うっていうか」
「生きる糧という意味では同次元!」
あんたもそう思うでしょうと、同意を激しく求められたが、答えられなかった。
生きる糧を持たない私には、
閉口する私に、人間は詰め寄った。
太陽に勝るとも劣らない熱量を持って。
私にはないものを持って。
「生きたいって。私の花びら取る時、口にこそしなかったけど、あんた、絶対そう思ってた。そう訴えてた。あんたの糧が何かは知らないけど、私にとっての糧はお寿司なの。だからお寿司を取り戻す為に、行くぞ!」
返事を聞かずに爆走する人間を呆然と見ていると、堕天使に話しかけられた。
「烏天狗さんが奪われたのは、漆黒の色かしら?」
「いや、」
朽葉色に小さき羽を見る。
幼き頃より、共にあった羽である。
「奪われたものなど、ないと思うが、人間には悪い事をした。協力させてもらう」
「ええ、お願い。私は別に、天界に帰れなくても構わないんだけど、あの子は、ね。可哀想だから」
これからよろしくと、差し伸べられた手に軽く手を添えた。
そして、小さくなっていく人間の後を追ったのであった。
生きる理由は、生まれてからずっと、見つけられなかった。
ずっと、ずっと、見つけられないまま、ただ、生きていくものだとばかり思っていた。
これからもそうなのかは、まだ私にもわからない。
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