2019.5.
やねよりたかいこいのぼり 竜の化身
あまいちまき。
しろのこしあんかしわもち。
よもぎのつぶあんかしわもち。
よろいかぶとのむしゃにんぎょう。
かごだま。
やぐるま。
ごしょくのふきながし。
まごい。
ひごい。
こごい。
こいはりゅうもんのたきをさかのぼってりゅうにけしんする。
ならば、
りゅうはりゅうもんのたきをながれおちればこいにもどるのか。
こいになれるのか。
縁を切って形を整えた水色のごみ袋に、真っ赤な目と黒の鱗を書いた、自分だけのこいのぼり。
両腕を高く上げて、こいのぼりを泳がせる。
現在、無風。
全力で走らなければ、こいのぼりは泳がない。
こいのぼりは泳ぐ。
全身をくねらせて、思いっきり泳ぐ。
発着は、わがや。
到着は、近所で一番高い位置にある柏木。
新葉が芽吹き、雄花は薄い黄緑色の稲穂のように枝から垂れ下がって咲き、雌花は葉と茎の付け根に赤やピンクの花をつける。
はしる、はしる、はしる。
およぐ、およぐ、およぐ。
うでがつかれた。
おなかがいたい。
全力で走っているから。
全力で笑っているから。
辿り着いた柏木。
こいのぼりの目に負けないくらい、真っ赤になっただろう顔を木陰で冷やす事なく、こいのぼりを身体と布の間に入れ込んで登り始める。
登れると判断できるところまで、登り続ける。
慎重に。けれど、恐怖も停止も一切なく。
柏木の半分の高さで、足を止める。
足を止めた枝に、腰を落ち着かせて、こいのぼりを出して、片手で持って泳がせる。
現在、風はなかなかの強さ。
走らなくても、こいのぼりは泳ぐ。
こごいは泳ぎ続ける。
見えているか。
唐突に問いたくなって大きく開いた口はただ、大きな空気の塊を呑み込んだだけ。
笑気でも含んでいたのか。
おかしくて、おかしくて、たまらない。
大声で笑う。
腹の底から笑う。
飛ばしてしまおう。
自由になってしまおう。
あの子が望まなくても、
「………わたしに言う事はありますか?」
「勝手に動いてごめんなさい?」
「疑問形ですし。もういいですよ」
こどもは鎧兜を被るこどもに、先程作ったばかりの紙人形を手渡した。
厄の身代わりになるべき自分に、紙人形を手渡してどうするのか。
眠っている間、寂しくないようにですよ。
口に出さずとも気付いたのか。
こどもは言葉を紡ぐ。
ならばと、自分も言葉を贈る。
手作りのこいのぼりと一緒に。
こんどこそ、ともに、
「今はまだ。でも、約束」
受け取ったこいのぼりを丁寧に畳んでは胸元に収め、己を呼ぶ者の元へといざ参らん。
今はまだ自由の身にはなれないが、
なろうとも思わないが、
いつの日かは、
「地上に戻りましょう」
竜門の滝を遡って龍に化身した鯉は、もう二度と鯉に戻る事はなかったという。
鯉は喜んだだろう。
水でも空でも自由自在に泳げるのだから。
鯉は少しだけ悲しんだだろう。
水にも空にも身を委ねられなくなったのだから。
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