第36話 友達ごっこ
プリンスさんとビートルさんにから事前に告げられた副頭領についての情報。
スーツ姿の黒髪パーマという、一見何の変哲もない外見を取り繕っている。
本人自身の戦闘力は良くてAランク相当のものしかないけれど、特筆するべきは彼の特殊魔術にある。
その特殊魔術を思い出しながら、レアルの後ろで傍観を決め込んでいるパチを睨みつける。
「てめえがこの髑髏の天秤の副頭領である、洗脳野郎か」
「やだなぁ……洗脳とか催眠だなんて、まるで自由じゃない」
センスがないなぁ、という声が聞こえる様だ。
小さく嘲ながら、教えてあげるかのように語りだす。
「僕の魔術は“
まるで遊びの様に言いながら、猿のポーズをとる。
同時にレアルも猿のポーズをとり、なんとパチとハイタッチをするのだった。
「レアル……」
俺の中に沸々と怒りが込み上げた。
成程、確かに友達が遊んだ時の様に、ハイタッチをして見せた。
だがその目には、一切レアルの意志が映ってなかったからだ。
「じゃあレアル。あそこに群れから孤立した狼がいる。痛めつけて遊んであげて」
パチの言うがまま、思うがままにレアルは剣を取り出して俺に向ける。
まるで魔物を見るような、作業的な眼。
レアルは俺やトゥルーの様に、何かを失った訳じゃない。
基本家を空けているとはいえ家族は存命だし、不自由な事も無い。
だからこそ俺達を光として導いていた。
モルタヴァを活性化させるという夢に満ち溢れていた。
そんな彼女から嘘の友情で縛り付けて光を奪いやがった。
夢に満ちた感情を強奪し、愚弄するにやけ面がただただ腹立たしい。
だがその前に俺には一つだけ、喜ぶ事があった。
「そうか、だが生きていてくれたんだな。レアル」
「が、が、ら、ら……」
戦っている。レアルも自分と戦っている。
どうやら完全な催眠とまではいっていないようだ。
腕に震えが走っている。体の構えがぎこちない。
しかしパチは茶番でも見ているかのように。
「やだなぁ、優しいなぁ、レアルは」
ぱちん、と指を鳴らす音がした途端電撃が走った様にレアルの単身矮躯な体が仰け反る。
レアルの人格を、記憶を催眠がかき混ぜていく。
「おい」
警告はしない。これ以上レアルの頭を気持ち悪い事にさせない。
全力疾走で、パチの虫唾が走る顔に向かっていく。
だが直ぐ近くにいたレアルが塞ぐように俺とパチの間に割って入った。
「倒させない……パチ……」
さっきの“
人形を思わせる表情で、大きく目を見開きながら俺の射線上に立ちはだかる。
手を伸ばせば届く距離に、パチがいるのに。
「レアル……眼を覚ませ。お前が愛したモルタヴァは、こんなホスト野郎なんて目じゃないくらいにかっこいい所だろう」
「モル、タヴァ……」
「……一緒に地方創生したいって。手紙、めっちゃ嬉しかった。一緒にモルタヴァ盛り上げていくんだろう?」
「……私は……」
壊れた魔術の様にぶつぶつと呟くレアル。
俺からパチを守るという指示だけは忠実に守ろうとしながらも、微細な抵抗は終わらない。
「無駄だよ。もう彼女は君の事を知らない。モルタヴァの事も知らない。僕の唯一にして無二の親友だ」
「……俺にはそうは見えねえよ」
本当に見えるならお前、病気だよ。
「やりたくもない事を無理やりやらされて、苦痛がってんじゃねえか」
「優しい子だ。見知らぬ人とはいえ、刃で傷をつけるのを嫌がっているんだね」
俺が動こうとすると、レアルが動く。
万が一俺の攻撃がレアルに当たったらと思うと、攻撃は出来ない。
「もう一つ言うとね。今、天使ちゃんは頭領の所にいる……居場所は僕しか知らない」
まるで俺をレアルの壁じゃなく、トゥルーの状態という真実によっても縛り付ける様に、パチは言った。
パチを今ここで殺したら、トゥルーの下には永遠にたどり着けない。
だが催眠魔術を解く方法としては術者から一定以上の距離を離れるか、術者そのものを殺すしかない。
しかしパチのこの余裕の笑み。
これだけのでかい本拠地だ。モグラでも掘り出せない様な隠れ蓑ならどこにでもある。
「今狼の覆面の下で、君はどんな表情しているかな? 友達を取られて悔しい? ねえ、今どんな気持ち……?」
「……」
「でも僕の“
「なん……だと」
命という概念が貪りつくされる?
死? テルースの様に?
否、破滅の未来に立っていたトゥルーは、確かに生きていた。
「かつて古代の時代を終わらせた天使。確かに彼女達は友として隣に置くものじゃない――最強の魔物として、前で飾るものだ」
「お前ら……」
トゥルーの色んな顔が、サブリミナルの様にいっぱいになる。
あの子が、誰よりも優しいあの子が、魔物になる?
破滅の未来の彼女は、そんな心さえ失った魔物だというのか。
……なんであの子がそんな役割を背負わなきゃいけないんだ。
なんであの子があんな未来の先端にいるっていうんだ。
あの子は皆と同じで、マーガレットアイスが大好きで、俺の腕に引っ付くのが大好きで、誰かのためになら心を鬼にして戦えて、人間が大好きな子なんだぞ。
どれだけ日常を心に描いていると思っているんだ。
どれだけ平和を常に願っていると思っているんだ。
どれだけ家族を切に憂いていると思っているんだ。
傷ついても問題がないのに、自分の事の様に泣いて。
落ちても問題がないのに、一緒に空を飛んで落ちて。
一人で食べるよりも、一緒に食べる事が好きで。
俺はそんなあの子に。
まだなにもしてやれていないんだぞ。
「隙あり」
トゥルーの苦しむ顔が俺の視界全てを埋め尽くした瞬間、パチの眼に魔法陣を見た。
「僕はね、君も友達として欲しいんだよ。“狼少年”君――“
その瞬間、俺はシチューのおかずの様にかき混ぜられる脳内で、一つの過去に行きついていた。
ここに来る前の、プリンスさんとビートルさんの発言だ。
『ここから先は私を愛して信じて……としか言えないけれど。催眠魔術にはある弱点がある』
『お前にしか突けない、弱点だ。何故ならお前は――』
ああ、そうか。
確かに、俺にしか突けない弱点だ。
俺は今から、嘘をつく。
レアルも、トゥルーも救う為に。
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