嘘の怪物~剣聖に拷問と愛で創り出されたのは、物理最強の狼少年だった~

かずなし のなめ@「AI転生」2巻発売中

第1話 親愛なる剣聖であり、最高の幼馴染であり、最高の家族だったあなたに捧ぐ

「何弱音を吐いているの! そんな軟弱じゃどこに行っても殺されるだけよ! 私はライ、あなたの為を想って言っているの!」


 あなたの為を想っていているの。

 それが俺の幼馴染であり、恋人でもあるエルーシャの口癖だった。

 常套句を並べながら、上級魔術の衝撃波で吹き飛んだ俺に喝を入れてくる。

 体中の痣も、額からの血もそんな魔法の言葉で許させるのだ。


「ほら立ちなさいよ! もっと、もっと、あなたには私を超越して強くなってもらわないと……!」


 回復魔術。エルーシャの得意魔術の一つだ。どんな傷でも回復できる。

 癒されていく俺の体。しかし体中に纏わりつく激痛の記憶は消えないし、鍛錬は終わらない。


 そして俺はエルーシャの得意魔術の一つである火球を見上げる。

 隕石に例えても何ら不思議でない巨大な火球が、何百個も降り注ぐ。

 俺に向かって。

 

「ほらほら! 戦闘中に立ち止まらない! 今すぐ対抗魔術を放ちなさいよ!」

 

 そう、これはエルーシャがライと言う凡人な俺を鍛えているだけなのだ。

 しかも、若干17歳にして救国の剣聖と呼ばれた少女エルーシャの手解きを受けているだけなのだ。

 少なくともこの国で戦闘力に関して彼女の右に出る者はいないだろう。

 

 だがこれは訓練じゃない。手合わせという名の拷問だ。

 燃やされ、凍らされ、斬られ、刻まれ、殴られ、吹き飛ばされ、弾かれ、千切られる。

 幼馴染だった俺と恋人になり、救国の剣聖と呼ばれる戦いを繰り広げて帰ってからずっとこの調子だ。

 

 今日もまた、火球に体中がかき混ぜられる様な大火傷と大怪我を纏う。

 大の字になって倒れていた俺は、また回復魔術の光を浴びていた。


 気づいたら両手両足が折れていた。回復された。

 気づいたら全身火傷だった。回復された。

 気づいたら心臓以外蜂の巣だった。回復された。

 気づいたら両足が吹き飛んでいた。回復された。

 気づいたら原型を留めてなかった。回復した。

 

「……ライ。お願いだから強くなって。私を超えるくらい強くなって」


 しかしこれだけの鍛錬を続けても、俺は魔術も剣術も腕が上がらない。

 剣裁きも、一向にエルーシャに近づける気がしない。

 代わりに俺の傷が増えて、エルーシャが回復する機会が増えるだけだった。


「いい? これを食べて10分後にまた鍛錬再開よ」


 俺とエルーシャは一緒に住んでいる。恋人というか、もう家族だった。

 しかし俺の時間は管理されていた。

 就寝時間、食事内容に至るまで、全てエルーシャに管理されていた。

 それもこれも全て愛故の過酷なのは分かっている。

 俺にエルーシャを超える強い人間になって欲しいから。

 俺もエルーシャの心情を理解してしまっているからこそ、この拷問のような毎日に耐えていた。


 だから今日も更にこの後、戦闘訓練で滅茶苦茶にされた。

 

 こんな日が、2年気付けば続いていた。

 地獄の毎日に、俺の髪はとうとう真っ白になる。

 

 しかし魔術は一向に強くならない。

 剣の腕は上がらない。

 不思議と受ける傷が浅く、体がすぐ回復するようになっていたが、まあ変化はそのくらいだ。


「何度声を荒げればいいの! 何で出来ないの!」


 ヒステリーを起こす幼馴染。

 馬乗りになって親から平手打ちを受ける子供の心境も、こんな感じなのだろうか。

 

 そして回復しては、また傷だらけになって、回復しては、傷だらけになって。

 その度に、何故か俺よりもつらそうな顔になっていくエルーシャ。

 

「もうやめよう」


 あの日俺がついに切り出した途端、驟雨が俺達を飾った。

 ずぶ濡れになったエルーシャの顔が、心臓を刃で穿たれたような顔になっている。

 トドメを刺すように言ってやった。

 

「俺達、もう終わりにしよう」


 幼馴染という縁も、恋人という関係も。

 

「ただ互いが互いを傷つけている。こんなの正常じゃない」


「何を言ってるの……、冗談言わないでよ。この鍛錬は全てあなたの為なの!」


「いいや。どちらの為にもならない。だから俺は君の下から去ることにするよ」


「……嫌だ、嫌だあああああ!!」


 心のダムが決壊したかのように、豪雨に擬態して溢れるエルーシャの涙。

 だが覚悟の上だ。俺の決心は揺らがない。

 

「お願い! あなたまでいなくならないで!!」


「すまない、これが俺の最後の我儘だ……」


「……!?」


 エルーシャの体が突然崩れ落ちる。

 先程仕込んでいた眠り薬がようやく作用したようだな。

 

「どうして……ライ……」


「……」


 眠りについたエルーシャを家まで運んで横たえる。

 

「……ライ」


 本当に心の底から愛してくれてた幼馴染の譫言は、聞かないふりをする。

 そして用意していた荷物と、馬車で村から出る。


 馬車が走る頃には、大粒の雨雲は嘘の様に消え去っていて、虹が走っていた。

 だが俺はそんな自然の奇跡よりも、俺の視界には流れていく村の景色しか映らなかった。

 柔らかな日差しが差す村が遠くなり、俺は最後に一つの草原を見た。

 

 もう俺とエルーシャしか知る人がいない、遊び場だ。

 三人の子供が駆けまわっている、そんな幻覚を見た。

 もう完結した思い出の、お話だ。

 あの頃に戻る事も、この村に戻る事ももうない。

 

「さよなら」


 俺はぽつり、と呟いていた。

 騎主は多分、聞かないふりをしていた。

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