【βρυκόλακας -ヴリコラカス- 】
山猫芸妓
第1話
[ 【βρυκόλακας -ヴリコラカス- 】1 ]
─────鉄塔の上。
血にまみれ、女は、頬を撫でる夜風に身を委ね、街を照らすネオンを冷めた瞳で見つめていた。
「.....順調ね」
そう呟き僅かに口の端を歪め、夜の帳に飛び降りていった。
────────────────────
「........はァ....」
爆音でロックを掻き鳴らすイヤホンで雑音をシャットアウトし、溜め息をつきながら夜道を淡々と歩く青年、吾立 湊(あがた そう)は、刺激に飢えていた。
彼はどこにでもいる凡庸な高校生で、持ち合わせる特徴といったら、剣道の経験と少しばかり大きな体格と態度くらいのものである。
そんな彼は、いつものようにバイトを上がり、家路につこうと路地を歩いている。
ふと、見慣れない自動販売機が目に留まった。最近置いたのだろうか。
少しでもこの飽和した平和な日常を脱したい思いが、購入へと足を動かした。
財布を開き、真っ先に目についた五百円玉を投入する、と、その時。
「あッ、やべ」
疲れからか目測を誤り、自販機の下に五百円玉を落としてしまう。
思いがけないミス。こんなことなら端から近寄るんじゃなかった。と腰を曲げ、自販機の下を覗き込むが、そこには何もない。
確かにこの中に落としたと思ったのだが、全く見当たらない。
「....クソ、ツイてねぇな今日は...」
ふっ、と背筋に何かが走る。
気配、それとはまた違うような、何かが全身を這いずり回る。
身体が全く動かせない。これが巷に言う金縛りだろうか。
瞬間、何者かに頭を掴まれ、閉まったシャッターへと勢いよく投げ込まれる。
感じたことのない浮遊感。固まった身体は為すすべもなく宙を舞った。
「うォオォぉおおォッ!!??」
ガシャーンという快音が夜の路地に響き渡り、頭を打ち朦朧とする意識の中、自身を放り投げた人影を目撃した。
『落とし物は、これカな?』
「ゴホッ...なんだ...俺の、五百円玉...!?」
その人影の声は不自然にトーンが高く、変声器か何かしらの手段を介していることがわかる。
顔は覆面で覆われ、表情は確認できない。
『これは、お代として貰っていくよ』
「何言ってんだ...お前...!」
『君が知る必要は無いよ。それじゃ、死ンじゃおっカ』
首を掴まれ、ギリギリと持ち上げられる。
明らかに、人間の力の範疇ではない。
なんでこんな所で、訳もわからないまま得体の知れない化け物に殺されなきゃならないんだ。
そう考えるとなんだか腹が立ってきた。
歯を食い縛り全霊の力を振り絞り、鳩尾目掛けて膝蹴りを打ち込む。
『.......ッッ』
ソイツは呻き声を上げ怯むが、代わりに此方に憎悪の眼差しを向ける。
素早く体勢を立て直しこちらに貫手を放とうとするが、失敗に終わった。
横から割って入った何者かに、ソイツは激しく吹き飛ばされた。
昔読んだ漫画みたく、地面と平行に。
人間ならまず不可能だろう。そんな俺の考えは、即座に覆された。
「.....あんたが誰かは知らないけど、感謝するつもりなら間違ってるわよ」
そこに現れたのは、うちの学校の制服を着た女の子だった。
こんな女子いたっけ。この状況でもそんな思考が出来るぐらいに、彼女は綺麗だった。
「....これを渡しておく」
彼女が差し出したのは、血のように赤い液体が入ったアンプルだった。
「私の血。私だけじゃアレを倒せないし、万が一倒せた時は、私は口封じにあんたを殺すから。生き残りたいなら、飲んで」
血を飲む?吸血鬼じゃあるまいし、そんなこと出来るわけがない。
放っておいたら、この子に俺は殺されるのか。
そして何より、これを飲むと俺はどうなる?
巡る思考の中、俺はとっくにアンプルの封を切っていた。
「賢明ね。じゃ、先に行ってるから」
先程突っ込んできたような猛スピードで、彼女は遥か彼方へと吹き飛ばしたソイツへ攻撃を仕掛ける。
手中にあるアンプルを見る。
直感的に、手段はこれしかないと思った。
血を口に含むと、存外悪い気分はせず、寧ろ感じたのは幸福のそれであった。
血であると宣いながら甘美な香りが鼻腔を擽り、全身に力が漲るのがわかる。
傍らに転がる錆びた鉄パイプを拾い上げ、彼女が向かっていった方へ駆け出す。
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