『さよなら地球、ハローワールド:断片』

にゃ者丸

『既に終わった世界、そこで半魔は――――――』

 世界が崩れていった。


 大地が割れた。海が割れた。空が割れた。


 壊れかけの世界は、なんとも言えぬ美しさがあったが、これから遅くない終末を迎えるのかと思うと、いっそ哀れだ。


 そんな壊れかけの世界で、何をとち狂ったのか、二人に男女が子をした。


 願わくば、この子が世界を見届けますように。


 そう言って、子を生した二人の男女は逝った。


 もし、地獄というものがあったなら。間違いなく、この二人は想像を絶する地獄を味わう事だろう。


 なぜ、終わる事が確定し、そう遅くない時に崩壊する世界に、命を産み落としたのか。

 なぜ、もう未来の無い世界で命を育み、こんな世界に子供を産み、育てたのか。

 なぜ、彼らは先に終わりを迎えて、これから未来があろう子供を残して逝ったのか。


 ああ、なんと罪深い者達なのだろうか。


 ああ、こんな罪人を赦してやれる者など、彼らの子を置いて他にいないではないか。


 彼女はすくすくと育った。


 両親は彼女に勉学を施し、生きる術を与えた。


 宗教というものを、最後に教えて逝った。


 生まれ、ある程度まで育った彼女は、教えられた宗教に倣って、両親の死体を十字架にはりつけにし、骨まで焼いて土に埋めて弔った。


 それは、ほんの少しの、細やかな彼女の復讐だったのだろうか。


 未来が存在しない事が確定した世界に、自分一人を残して逝ってしまった事への、彼女の感情の現れだろうか。


 しかし、そんなことは彼女自身にとって一番、どうでもいいことだ。


 宗教に倣って。様々な方法で弔いの方法を他で試し、一番しっくり来るやり方で、両親を弔った。


 彼女にとって、それが真実であり、事実であった。


 もちろん、両親に対して思う事はある。だが、今の今まで育てて貰った事と、感情それは全くの別物だ。


 死んだら、その死を悼み、祈り、丁重に弔う。


 ただ、彼女がやったことはそれだけだった。


 例え、両親の死が彼女の手で為された事であろうとも。






◇◇◇






 彼女は丘の上に立っていた。特に意味も無く、両親を埋め・・・弔って建てた二つの墓の前で、ふうとため息を吐く。


「ああ、なんで私はここにいるのでしょうか?」


 物憂げな表情で、彼女は頬に手を置く。


 お姫様のような白いフリルのあしらわれた修道女シスターの衣服。それに合わせて喪服のようなゴシックなデザインが所々に見受けられる、見ようによってはつぎはぎのような衣服を、彼女は着ていた。


 もし、世界が終末を迎えるような時代でなければ、絶世の美女として、傾国と称されるだろう美貌を持ちながら、無意識に彼女は顔を爪でひっかく。


 つーっと、ひっかいた所に赤い線が浮かび上がる。だが、それはすぐに煙のように消え去り、彼女の肌は元の真珠のような傷の無い肌に戻っていた。


「・・・・ああ、そうでした、両親あなたがたにあの日の答えを言いに来たんでした」


 両の掌を合わせて、彼女は可愛らしく微笑んだ。


両親あなたがたはあの日・・・・私に『生きたいか?それとも死にたいか?』と聞きましたよね?それで私、考えて考えて考え抜いたんです。それでも、苛々しちゃって魔獣を殺して回ったんですが・・・・そしたら、簡単でしたね。答えなんて、最初から決まってたんですよ」


 どこか影のある表情で、しかし月光のように輝く瞳で、彼女は呟いた。


「生きたいから半分だけ堕天してでも生還したのに、死にたいかだなんて聞くほうがおかしいですよね?私は生きたいから地獄の苦しみが底なし沼のように広がる所から生還したのに、私は生きたいから頑張ったのに。私は生きたいから半分人間を病めてでも生還したのに。そんな私が死にたいと思う訳ないじゃないですか」


 眼下に広がる、もう誰も存在しない滅びた国の都市を見て、彼女は両手を広げてくるくると踊るように回った。


「生きたいです、生きたいです、生きたいです。だって私は何も未来というものが何なのかを分かっていないもの。確定していない〝未来〟なんてものを、私は心底から信じられるほど馬鹿じゃないもの。誰にも分からない〝未来〟を生きるなんて、私は知らないもの」


 赤子が指をしゃぶるように、艶美な仕草で親指を噛む。そのまま指を噛み千切る。血がダラダラと流れる。

 自らの指を咀嚼し、地面に吐き捨てる。

 半ばから無くなった親指を眺めて、彼女は歪んだ笑みを浮かべた。


「痛みがなんなのかは知っているのに、私は未来は知らない」


 噛み千切られた親指から白煙が昇る。霧のように白煙が散った時、親指は元通りの状態に戻っていた。


 ゆらゆらと、クラゲのような動きで左右に身体を揺らして、彼女は先日殺した魔獣のことを思い浮かべた。


「生き物なら、死にたいとは思わないよ、だって本能だもの。魔獣だって生きてるんだもの。だったら生きたいと思うよ・・・・・・・・じゃあ、私はなんで魔獣を殺したんだろう?」


 ピタリと動きを止めて、彼女は暫くの間、グルグルと目を泳がせて思案していたが――――――唐突に、丘の上に腰かけた。


「ああ、思い出しました。私が殺されそうになったからでした。いけませんね、興味がない事はすぐに忘れてしまいます」


 プラプラと子供のように両足を揺らし、鼻歌を歌う。


 前兆はあった、予兆はあった、だったら必ず、この世界は単に終わりを迎えるのではなくなる。


「便利な権能ですよね、恩恵だった時に比べたら、遥かにこっちの方が使いやすいです・・・・・・ああ、まあ、破戒も使いやすい方ですがね」


 こちらには意味の分からない単語を喋りながらも、彼女は自己完結して、その時を待つ。


 そう遅くはない。いや、むしろ、もうすぐだ。


 だから彼女は両親の墓のある丘に来て、あの日の両親への返答を伝えに来たのだ。話す気も無かった返答を。


「ふ~んふ~ふふっふふ~ん♪」


 無邪気な子どものように、プレゼントを心待ちにする子どものように。

 彼女はじっと、その時を待ち続けた。









――――――――――――瞬間。




 ピシリッ




 世界に、空間に、亀裂が走った。





「ああ、ああ、来たんですね」




 勢いよく立ち上がり、彼女はその光景を目の当たりにする。




 それは・・・・・それは、なんと言えばいいのか。


 なんと称せばいいのか。



 世界に無数の裂け目が生まれた。



 外界の化け物が、大口を開けるが如く。



 無限の広がる闇しかない、裂け目。



 そこに、次々と世界の一部が切り取られ、吸い込まれていった。



 今度はちゃんと、舞いを奉納するように、様々な種類を掛け合わせた舞を踊る。



 もはや別物と化した、独特の独自の演舞。



 彼が立っている大地も、切り取られていた。



「ああ、私を産んだ両親よ、私は遂に〝未来〟を知ります」



 歓喜の表情で、彼女は踊る。



「ああ、今だけは感謝します、今だけは祈ります、神よ――――――」



 両親が弔われた墓が、大地ごと不可視の何かに抉り取られて。



「――――――この罪深き罪人に、愛しき憎き男女に、死をも超えた、罰を」



 跡形もなく、破裂した。



両親あなたがたは一緒に連れて行きません。そんな救いは私自身が赦しません。だから、せめてこの世界と終わりを共にして下さい」



 完全に裂け目に呑み込まれて、今、閉じようとしているその時に。



 ぽつりと、彼女にしか聞こえない声で、呟いた。



「さよなら、お父さん、お母さん」



 やがて、全ての裂け目が消え、そこには世界の殆どが抉り取られた、死にかけの世界だけが遺された。



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