13.良い婿を取りたいわけだ

「反乱の意思など、男爵にはないな」

「ないですね」


 ツィバネット男爵領内にて、内政や物資流通などを調査した結果を記した報告書。無事王城にいるローザティアのもとに届いたそれを確認して、彼女とセヴリールは同時に頷いた。

 反乱の意思がない、というよりはそれどころではない、というのが本当のところだったのだが。


「我が王家に歯向かうには、少なくともそれなりに武器と兵士の準備は必要だ。だがツィバネット男爵領にはどうやら、その余裕もなさそうだしな」

「クラテリア嬢の衣食住や教育に、かなりつぎ込んでますねえ」


 領内はほどほどに治められており、領民も多少不満はあるものの概ね平和に暮らしている。私兵はいくらか抱えているものの、彼らは街道沿いの領地を守るための守備隊として編成されており、何処かへの侵攻を目的とした部隊にはなっていない。

 そうして男爵家の収支報告書には、養女として迎え入れたクラテリアの生活費や教育費などに多額が使われていることが、はっきりと記されていた。

 男爵自身の生活費は貴族としてはつましいものであり、つまりこの報告書を鑑みる限り彼は新しくできた娘のために精一杯頑張っている親、ということになる。


「……私に婿の都合をつけてもらいに来たのは、本気だな。可愛い娘のために、良い婿を取りたいわけだ」

「跡取り娘ですからね。それも十三でしたか……その年まで平民として生きていたのですから、貴族として良い人物を婿に迎えたいのは分かります」


 先日、クラテリアのためにローザティアに目通りを願ったツィバネット男爵。どうやら彼は、義理の娘のために精一杯頑張っている父親と見てよいようだった。

 その父親が、学園における娘の言動についてどう動いたのかは今のところ、定かではない。良い方向に進めばよいが……と考えるローザティアに対して、セヴリールが示したのはもっと根本的な問題であった。


「ですが、ツィバネット家は続きますかね」

「クラテリア嬢が改心せねば、程なく破綻しそうだな」


 それに対する王女の答えもまた、ある意味根本的なものだった。ティオロードやその友人たちにばかりかまけていては、彼女のもとに入婿として来てくれるような男性はいなくなるだろう。


「まあ、ツィバネット領は街道が通っているからな。関所や貿易の取り扱いがうまい家の息子を送り込めれば何とかなる……かな?」

「いえ、私に向けて首を傾げられても」


 とはいえ、そういった問題は部外者である彼らが簡単にどうこうできるわけではない。何もかも、クラテリアの考え次第なのである。




「姉上」


 その日の午後、ローザティアの執務室をティオロードが訪れた。学園で寮生活を送っている弟と王城で執務に励んでいる姉とが対面するのは、クラテリアの問題が起きてからでは初めてとなる。


「おや、珍しいなティオロード」

「はい。姉上がしばらく城を離れられると伺いましたので、ご挨拶に」

「そうか」


 ここより数日後、ローザティアは王国内の貴族領を視察するために王城を離れることになっている。数度に分けて複数の領地を回ることが決まっており、このタイミングを逃すとティオロードが姉の顔を見る機会はほとんどない。


「何、ずっと出ているわけでもなし。だいたい、そなたらの卒業パーティには顔を出すからな。第一王子として恥ずかしくないようにせよ」

「はい、もちろんです!」


 姉の顔を弟が見に来てくれた。それがローザティアには喜ばしく、思わず顔をほころばせた。が、すぐに表情を引き締めて彼女は「あー、ところで」と言葉を続ける。


「アルセイラがな、最近そなたが冷たいと愚痴をこぼしておるのだが。喧嘩でもしたか?」

「うっ」

「心当たりがあるのだな?」


 じろり。ローザティアに睨みつけられて、ティオロードはビクリと背筋を震わせる。

 ここで彼がどう答えるか、それをローザティアは見ているのだが恐らく、ティオロードにはわからないだろう。


「ちょ、ちょっと後輩で、あまり学園に慣れないという者がおりますので、その者に付き添っております」

「……そうか」


 嘘はついていないが、真実ばかりとはいえないティオロードの言い訳。それを受け取り、ローザティアは小さくため息をついた。


「まあ、友人が増えるのは悪いことではないがな。婚約者のことも、きちんとかまってやらねばならんぞ?」

「…………は、はいっ」


 視察中も、情報収集を怠ってはならんな。焦る弟の顔を見ながらローザティアはそう、自身の胸のうちに言い聞かせた。

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