02.事情は相分かった
セヴリールを伴い、ローザティアは父王の執務室へと向かった。そこにはちょうど王妃も居合わせており、ファーブレスト王国の頂点に立つ二人の手間をさほど取らせることなく第一王子の愚行は伝えられた。
「なるほど。事情は相分かった」
第二十三代国王ドラウン・ファーブレストは娘からの報告を聞き、シワの増えた顔を苦々しく歪めながら頷いた。
ティオロードが王立学園に入学した頃から王としての執務が増え、一部をローザティアに割り振ってはいるが多忙な日々を送るこの王が、息子の言動に気づかなかったのは致し方ないであろう。
それに学園は全寮制であり、王族と言えども寮生活を送ることになる。我が子の現状を把握することは、王でなくともなかなか難しいだろう。
「アルセイラ嬢のフォローも必要だけれど、まずはティオロードの考えを確認しないとね」
「はい。念のため、追加の『影』を入れて調査を行います」
「ええ、そうしてちょうだい」
王妃フロランサは、落ち着いた言葉とは裏腹に携えていた白檀の扇をめきり、と握りつぶしていた。息子の婚約者であり娘の友人であるアルセイラのことを、かなり気に入っているのだ。
そうして『影』を追加するというローザティアの言葉に頷いた彼女の笑顔は、それを見た国王の背筋を震え上がらせるものであった。
『影』、すなわち隠密裏に王族や重要人物を警護する特殊任務についた者たちのことだが、王立学園内には元から彼らが配置されている。生徒たちは全てが王族や貴族の子息、特殊な事情故入学を許された平民という重要人物にほかならないからだ。
最初にローザティアに示された報告書も、『影』の働きによって作られたものである。ただし、彼らは学園を全体的に警護する者であり、特定の者を調査するためにローザティアは追加派遣を行う、と表明したのだ。
……要するに、王子と婚約者、王子にまとわりつく貴族令嬢をこれよりがっつり監視する、というわけだ。
「ローザティア、セヴリール」
「はい」
「はっ」
不意にドラウン王が二人の名を呼ばわった。他人の見ていない場であることもあり、呼ばれた二人は軽く頭を下げるに留めた。
が、蓄えられた口髭をいじりながら王が続けた言葉にはっと顔を上げることとなる。
「この件に関しては、お前たちに任せようと思う。無論、全責任はわしが取るが」
「よろしいのですか?」
「わしらの古い考え方よりも、お前たちのほうが良い判断ができるだろうからな。悩むことがあればいつでも、話を持ってくるが良い」
セヴリールの問いかけに、王はゆったりと目を細めた。もっとも、言葉を選んではいるが要は二人に丸投げする気満々なのであろう。この後もまだ、王と王妃にはやらねばならぬ執務が山積みなのだから。
「ありがとうございます。王妃陛下も、それで」
「ええ、構わないわ。わたくしとしてはティオロードに考え直してほしいのだけれど、あなたもそうですけれど頑固なところがあるものねえ」
「……返す言葉もありません」
笑顔を浮かべながらの王妃の言葉に、ローザティアは思わず頭を下げる。とはいえ、子供たちの性格はおそらく国王夫妻譲りであろう、とローザティア自身、そしてセヴリールは確信しているが。優柔不断では、国を治めることはできないのだから。
「それに、ティオロードが愚かであるのならばアルセイラ嬢には早々に心を決めてもらったほうがいいものね。それにはローザティア、あなたからお話しするのが一番でしょう?」
「はい。近くお茶会を開きたく思います」
「そうしなさい。アルセイラ嬢を慰めてあげてね」
ただ、任務一辺倒な部分のあるローザティアが友人を慰めるためにお茶会を開く、という発言をしたためか王妃はほっと胸をなでおろす。……まあ、おそらくはアルセイラからティオロードに関する情報を得るため、だろうが。
母と娘の会話を聞いていた父が、ふと娘の側近に目を移した。
「ああ、セヴリール」
「はい、何でしょうか? 国王陛下」
「期限はどうする? いつまでもダラダラと抱える案件ではないだろう」
何の、とは言わない。彼らがこの執務室に来た理由を考えれば、言う必要がないからだ。
そうしてセヴリールは、当然のように答えてみせる。ローザティアも、王妃も会話に加わってみせた。
「そうですね……ティオロード殿下の学園卒業が期限、というところかと」
「まあ、そこだろうな。卒業パーティには王家より来賓を出すことになるし……ローザティア」
「もちろん、可愛い弟の卒業です故、私が出ようかと。両陛下にも、顔を出していただければ幸いですが」
「当然、スケジュールの調整は頼んであるわ。可愛い息子の卒業、ですものね」
「そうだな。あれの晴れ姿を、しっかりこの目に焼き付けようではないか」
後にセヴリールは、こう語る。
国王陛下、王妃陛下、王女殿下。お三方とも気落ちしておられましたがそれ以上に、静かな怒りに満ちておいででした。
せめて王子殿下が己の身をわきまえ、心を入れ替えてくださるようにと祈ったのですが……と。
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