01.どこの虫だ?

 その報告が届けられたのは、ティオロード第一王子の学園卒業パーティより一年と三ヶ月前のことであった。ファーブレスト王国第一王女ローザティア、ティオロードの姉が父王から受け継いだ一部の政務に慣れてきた頃である。


「ティオロードに、変な虫がついているとな」

「そのようです」


 彼女の腹心であるガルガンダ公爵子息セヴリールからの口頭による報告と、詳細が記された書類と、そうして一通の手紙。それらにざっと目を通してローザティアは、一瞬だけめまいを起こしたのか軽く額に手を当てた。

 報告内容は現在、王立学園の上級クラスに所属しているティオロードについてだった。

 既に婚約者がおり、一年後に控えている学園卒業後にはいくばくかの期間を経て婚姻を結ぶこととなっているはずの彼に、同じ学園に通う女子生徒の一人がまとわりついている、というのだ。

 王立学園に通っているのはごく一部の例外を除いて王族や貴族の子女ばかりであり、ティオロードの同学年には例外は存在しない。当然、その生徒も貴族令嬢ということになる。

 貴族令嬢が相手を第一王子と知らずにまとわりつく、などということはあり得ない。同年代の王族や貴族の子女は一定の時期に顔合わせがあり、そのときに相手の名前や特徴を目にしているはずだからだ。

 もっとも例外の存在が生徒として入ってきたところで、数日のうちに周囲のクラスメートから王族については聞かされるはず。

 つまりその生徒は、意図的にティオロードの周辺にいるということになる。


「どこの虫だ?」

「フランネル公爵令嬢からのお手紙に、記されているのでは?」

「確認だ。私は知らん名前でな」

「なるほど。クラテリア・ツィパネット……ツィバネット男爵家の令嬢ですね」

「……間違えてはおらんな」


 セヴリールが伝えた名と書類に、ローザティアは首を傾げた。家名自体は当然、知っているものだが。

 ツィバネット男爵家といえばちょっとした商売と領地を通る小さな街道のおかげで程々の税を収めることができている、小さな家である。ただ、その家には後継者がいないのが悩みだった……というところまで思い起こして彼女は、小さく頷いた。


「そう言えば、養子の申請があったと聞いたな。それか」

「それです。ああ、当主の娘ではないそうですよ。ま、あの当主にそんな度胸はありませんが」

「確かにな」


 ローザティアの反応にいち早く気づいたセヴリールが、素早く言葉を挟んでくる。

 貴族が養子を取る場合、当主が外に作った子供であることがある。過去の恋人、元使用人、一夜の過ちなどなど……それでできていた子供を、家の存続のために引き取る。そういった申請書類は、ローザティアも何度か読んだことがある。

 しかしそうではないとセヴリールに指摘され、彼女はその他にいくつかある理由から思い当たる節に関する一つを選んだ。


「……ツィバネットの当主には、弟がいたな?」

「はい。既に亡くなっているそうですが、その忘れ形見を引き取ったようです」

「なるほど。姪であれば、養女としても問題はないか」


 ツィバネット男爵の現在の当主には年の近い弟がいたということを、ローザティアは知っていた。

 彼女の推測を肯定したセヴリールの説明によれば、ツィバネット家があまり大きくない家ということもあり、弟は分家を作る余裕もなく婿入りする先も見つからなかったために実家を出て行った。そのまま、ほとんど没交渉だったらしい。

 詳しいことはローザティアの政務の範疇外であったため、彼女がそう言った経緯を知ることはなかった。が、その弟の娘が見つかったのであれば現当主が養子として家に引き入れること自体に問題はない。弟にしてやれなかったことを、その娘にしてやればよいのだから。

 ……とはいえ。


「血縁でなくとも、能力の高い者を養子に取る事案もありますが……しかし、婚約者のおられるティオロード殿下にまとわりつく辺り、大した頭でもなさそうですね」

「まあ、能力のない者が地位の高い者にへばりつく事案もあるからな。男女問わず」


 セヴリールの発言は少々辛辣なものだが、ローザティアの言葉のほうが厳しい。

 現国王の第一子であるローザティアは、能力と人格を周囲に求められた。それは弟のティオロードにも求められていたはずだが、姉と弟では持ち得た能力にも、そして人格にも差が出てきてしまったようだ。おそらくは、それぞれが背負うことになる責任の重さ故だろうか。


「ところで、ティオロードは何をやっているのだ。ちゃんと追い払っているのか?」

「いえ、それが……」


 話を本題に戻したローザティアの問いに、セヴリールが口ごもる。ただそれだけで、王女は弟の状況を察することができた。

 もちろん、書類にはそういった状況も記されている。だが彼女は、腹心が報告の内容を理解しているかどうかの確認も兼ねてその質問を放ったらしい。

 それと、怒りを表に出す理由を作るために。


「……まったく……我が親友アルセイラをないがしろにするか、愚弟め」

「あまり私情を挟まぬほうがよろしいかと」

「ん、分かっている」


 思わず眉間にシワを寄せてしまった王女を、小さくため息をつきつつたしなめるセヴリール。おそらくは心の中で馬鹿王子、と吐き捨てているのだろう。声に出したところで、ローザティアが咎めることはないだろうが。

 ティオロード王子の婚約者として選ばれたアルセイラは、その関係で姉であるローザティアとも会う機会が多かった。その結果、年は違うが二人は親友と呼べる間柄になったのである。弟の妻と姉が仲良くなることを、当の弟も喜んでくれたはずだった、のに。


「とにかく、愚弟をどうにかせんといかんな。こまめに報告を上げてくれ、セヴリール」

「承知いたしました。両陛下には、いかがなされますか」

「私から報告するよ。何しろ」


 短い指示を与えた主に対し、セヴリールもまた短く問う。その答えをローザティアは、指先でつまみ上げた手紙を見つめながら吐き捨てるように言葉に紡いだ。


「アルセイラ当人から、相談の手紙が来ているわけだからな。これを放ってはおけまい」

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