全力でする自己満足

冬木 論理

第1話 Oタクの悪ノリ/バカは三人でひとつ


「主人公が複数ってのはあまりない設定だよな」

 そろそろ高校の昼休みの賑やかさにも慣れてきた四月の終わり、いつものメンバーでいつものように昼食を囲んでいる。

「それはなんだ、統計でも取ったのか?あんまり適当なこと言うと叩かれるぞ。主に俺みたいな面倒な奴に」

「自覚してるなら突っ込まないでくれ……」

 教室の騒がしさに比べたら僅か三人の談義など大したうるささではないが、今日はいつもより少しだけ、喧騒の手伝いをしていた。

「でも確かにパッとこの作品ってのは思いつかないな」

「だろ?やっぱりちょっと新しいよな!」

「二人探偵バイク乗り」

「前言撤回で」

「手のひら返し早いよ……」

 男子が仲のいい者の対面に座って口を開けば、それは大方くだらない話題だ。加えてオタクが服を着たような俺たちのような連中の会話内容とくれば、一般認知では特にくだらない類の話題だ。いや、オタクも服は着るか。身に着けてないのはまともな金銭感覚くらいだな。

「なんだよもっと乗ってくれよお前ら。高校入ったらこういう話できるやつ増えると思ったのによー」

「そりゃお前がクラスに仲がいいやつがいないだけだろ」

「やめろ直哉、事実を教えることが必ずしも正しいとは限らない」

「フォローに見せかけたとどめを刺すな」

 苦笑いを浮かべながら新発田しばたはじめは言った。適当に言ったことだがどうやら当たっているらしい。

「でも!三人以上となるとそうはいかないだろ!」

「男子校生の日常的なやつ」

「もうだめだ……」

「勝った」

 直哉が下に『答 コロンビア』と表示されていそうなポーズをとっている。

 いつの間に戦いになっていたのか。それとあまり伏せ切れていない。

 創を論破した関川直哉せきかわなおやは笑いながら言った。

 今日も今日とて、目新しさの薄れた高校生活をオレンジジュースで流し込む。

メンバーも中学の頃からの付き合いなので余計平凡を助長させている。それに不満などは感じたことはないが、俺、阿賀あが真樹まさきという人間がどこかで刺激を求めているのも事実だ。



「あ、そういやさ」

 創が顔を上げて俺たちを見る。

「さっきの二人探偵で思い出したんだけどさ」

「お前の罪の数か?」

「ちょっと黙れ」

「それで?」

 これ以上直哉を自由にすると話が進まなそうなので創に続きを促す。

 創が仕切り直しと咳払いを一つ。


「……お前ら……ライダーになりたくはないか?」


 唐突に、脈絡もなく、それなりに神妙な顔で、創はそう言った。

 しばし沈黙。

 昼食を終えた生徒が数を増し、校内のデシベルがまた上がった。屋上前の踊り場というこの場所に生徒はあまり来ることはないが、廊下の騒がしさがダイレクトに響く。それがこのつかの間の静寂を余計孤立させている。

 先に口を開いたのは直哉だった。

「原付でも免許は十六からだぞ」

「ちっげえよ!ガチの話じゃねえよ」

「英霊になるにはちょっと功績が無さすぎじゃないか」

「もうお前ら嫌い……」

 俺たちは一体何回こいつの語尾を「……」にするのだろうか。……完全に他人事だが。

「悪かったって。それで?なんで急に?」

「いや、この前久しぶりに今のやつ見たのよ」

「ダウト。お前が月額払って特撮の配信視聴サービスに入会してるのは知ってる」

「……いつものように見てたんだ」

「言い直した……」

「そこで思ったわけよ。『あ、ライダーになりたい』って」


再びの沈黙。

「……説明を求めたのに説明されてないんだが?」

「しただろ説明」

「どの辺がだよ」

「いやだって、ライダーだぞ?なりたいだろ?変身ポーズ思いっきりしたいだろ?」

「高校生の発言としてはかなりマイノリティな自覚はあるか?」

「ある」

 堂々と言い切った。それも少し食い気味に。

「それで?俳優目指すのか?都会に行かなきゃスカウトもないぞ」

「いや、そんな公に晒せる顔面を持っている自信はない」

 なんとも悲しい断言だ。

「じゃあどうするんだよ」

「ふふん、ちゃんと考えてある」

 にやにやとしながら創はポケットからスマーフォンを取し、少し操作をしてこちらに向けた。

「これだ」

 画面にはどこの誰だか知らない男がどこだかわからない場所に立っている映像があった。ただ、一ヶ所だけ見覚えのある部分があった。男の腰に巻かれているベルト、数年前のヒーローものだ。

「おい、これ」

「まあいいから見てろって」

「いや、そうではなく……」

 直哉が言いかけた瞬間、画面の男は喋りだした。喋るというか語りだした。創が音量調節をミスしたのか、正直何と言っているかはわからなかった。


 男は喋り終えたのか口を閉じ、今度はポーズを取り始めた。そして創がボリュームを上げるが、それもまた適切とは言えない大きさの音量になった。

『変身!』

 男が叫ぶと、いつの間にか手に持っていた別の道具をベルトにはめ込んだ。

 装着面から少し浮いたエフェクトが散る。そして機械音の混じる声が流れると、カメラが被写体から距離をとった。

 一ヶ所、二ヶ所、三ヶ所とカメラの位置が動き、映像の質がちぐはぐな、いわゆるヒーロースーツを身に纏う。


 ――といったところで映像は終わった。これはいわゆる映像同士を合成させたもので、投稿者は変身した本人だろうが、肝心のヒーロースーツ装着の部分は劇中の映像から切り取ったものだ。

「な?」

 誇らしげに創がこっちを見てきた。

「なにが?」

 意味不明だという顔で創を見返した。

「だからさあ!」

 創が頭を抱えて体を反る。なんともオーバーリアクションな奴である。

「良くない!?」

 そして顔面を近づけて言った。高校生の語彙力ってこの程度のなのだろうか。

「良くない」

 そして相も変わらず直哉はドライだった。

「なんでだよ!すげえいいだろ!」

「いや、だめだ」

「何がダメなんだよ!」

 提案をことごとく葬られた創は流石に少し腹が立ったのか、直哉に詰め寄る。言葉にこそしてはいないが、俺も直哉と同じ意見だ。なぜなら――

「映像の無断使用は権利的にアウトだ」

「……え?」

 創が止まる。

「許可取んなきゃこういうのはダメだ。こんなデフォルトアイコンによくわからん名前のアカウントの低画質動画に公式が許可出すとも思えん」

「まあ二次創作って言い訳もできないだろうな。映像そのもの使ってるし」

 直哉の言葉に俺も頷く。

この手の話は毎度ネットでは議論になる。簡単に言えば、無断使用ダメ、絶対。

「……」

 論破された上に論破され、創はほぼ意気消沈していた。


 創の沈黙に俺たちも口をつぐむ。

昼休み終了ももうすぐだが、俺たち以外の生徒は静寂なぞ知らないらしい。

「……いいじゃんか、昔好きだったヒーローにもう一回憧れるくらい」

 創がぽつりと言った。

「確かに悪いことかもしれないけどさ……」

「『かも』ではない」

「流石に今追い打ちは勘弁してやれよ……」

 落ち込み気味の創にもブレない容赦のなさ。流石に少し創がかわいそうだ。

「……悪いことだけどさ」

 意外に冷静だし結構素直だ。

「『子供じゃないんだから』って無理やり取り上げられた夢をもう一回見たって……いいじゃんか」


 『子供じゃないんだから』

 それは、男子という存在が大人になるための通過儀礼のために存在しているかのような言葉。俺も言われたことがある。家族だったか友達だったか、その言葉を口にしたのは誰だったか。もしくは全員に言われたかもしれない。

 その時のあこがれや思い出をたった一言で否定された。

 社会とは得てしてそのように成り立っている。


「……悪いなんて言ってないだろ」

 直哉が言う。

 ――しかし、だから何だというのか。

「要は、許される範疇にしろってことだ」

 俺も言う。

 世論ごときが少年の楽しみを奪っていい理由があるだろうか、いや、ない。

「変身だあ?したくないわけねえだろうが」

直哉が立ち上がる。

「決め台詞も忘れんなよ?」

 俺も立ち上がる。


「いいかよく聞け創、個人で楽しむなら問題はない(多分)!」

「つまりネットに上げたりしなきゃセーフ(多分)!」

「お前ら……!」

 なんかエモい雰囲気でごまかしているが、割かし恥ずかしいのは内緒だ。

「変身したくない男がこの世に存在するわけないだろう」

「決め台詞も忘れちゃだめだからな」

 直哉と二人でだはははと笑う。こういうときに開き直らなきゃいつ開き直るというのか。

「散々権利がどうとか言って、実際はダメでしたとかだったらどうすんだよ!」

 創もいつもの元気を取り戻し、立ち上がった。

 その言葉に俺たちは顔を見合わせる。

 そして二人で「やれやれ」と鼻で笑い、直哉が言う。

「バカだなあお前。んなもんこうすりゃ解決だろうが」


 ※この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。


「お前天才かよ!」

「なんなら著作権なんて存在しない世界かもしれんしなあ!」

「いや、さすがにそれはやばいぞ」


 こうして俺たちの悪ノリ変身プロジェクトが始まった。

「やってやろうぜ!俺らの変身!」

「「っしゃあ!」」


 こうして、この日から俺たちの自己満足の日々は始まった。

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