異世界に転移したら職業無職でした ~どうやら無職はチート職だったようです~
葉柚
第1話
異世界に転移したら無職でした。とか笑えない。
ほんと、あの幼女な女神様に騙されたとしか思えないんだけど。
よくよく考えれば生まれ持った職業によってその職業に相応しい適性を女神様から授かるのだから、職業無職のオレには生まれ持った適性というものが無いのだ。
しかも、この異世界では転職はできないそうだ。
ちなみに職業無職はこの世界ではオレだけのようだ。
オレは、この世界で無職として生きていけるのだろうか。
オレ、五十嵐奏ことカナタ・イガラシは日本とは違う異世界の町並みを見ながら大きなため息をついたのだった。
☆☆☆
「仕様変更が入った。今週中に頼む。」
そう言って営業の西村さんが手渡して来た一枚の仕様変更の紙は僕たちのチームをデスマーチに追い込むものとなった。
「無理です!なんですか、この機能変更は!?」
「表示内容を印刷できるようにしてほしいんだそうだ。」
「いいえ!それだけじゃありませんよね?ここに書いてあるのは確かに印刷したいと書いてありますが、印刷内容が追加されているじゃありませんかっ!?」
プロジェクトリーダーである林さんが、営業の西村さんに向かって吠えた。
普段おとなしい林さんが声を荒げている姿を初めて見る。
「ただ、金額を追加しただけだろう?それくらい一週間もあれば十分だろうが。予定通り一週間後に納品だ。」
「無理ですっ!一ヶ月は必要ですよ。だいたい金額の計算式は聞いてきているんですか?」
「はあ?式、なんだそれ?ただ、在庫の金額を出せばいいだけだろう?」
ああ・・・。在庫の金額を出力するように変更依頼が来たのか。
おかしいとは思っていたのだ。
受注を管理するシステムなのに在庫を持たなくていいとか、在庫の金額は不要だとか当初の仕様書に書いてあったから。
もちろん、そのことを不審に思った林さんは西村さんにかけあった。
しかし、西村さんは言われてないから不要な機能だと言ったのだ。
だから、在庫はこのシステムでは管理していない。
つまり、在庫の金額を出すということはこのシステムで在庫管理もしていかないといけないという訳だ。
在庫の金額を計算するのだって式がいろいろある。
先に仕入れた在庫の金額から計算するのか、それとも先に仕入れた在庫と後から仕入れた在庫の金額を平均して一つの金額を出すのか。
それはお客様の会社に決めてもらわなければいけない。なのに、それを聞いてこないということは、これからお客様に確認しなければいけないのだ。
「お客様と打ち合わせをして決めなければなりません。打ち合わせの日程を調整してください。それから納期を回答させていただきます。」
「金額の計算方法なんて適当に決めてしまえばいいだろう。よくある方式でいいだろう。別に打ち合わせをする内容でもあるまいし。それに、納期は一週間後。これはすでに決められているんだ。変えることはできない。」
「どうして勝手に納期を決めてくるんですか!?」
「うるさい!オレ達営業がいるから仕事がとってこれるんだろう!おまえたちはオレ達が取ってきた仕事を黙ってこなしていけばいいんだよ。楽でいいよな?おまえらは。オレ達営業はお客様のご機嫌取りで大変なんだからな!」
だんだんと西村さんと林さんがヒートアップしてきてしまった。
内容が内容だけにオレは何も言うことができない。
ただ、西村さんの言うとおりにしていたらこのプロジェクトは盛大に火を噴くことは間違いないだろう。
それだけは入社したばかりのオレでもわかった。
オレは五十嵐 奏。
とあるシステム会社に入社したばかりの新人プログラマーである。
この会社ではプログラミング経験のない営業が仕事を取ってくる仕組みとなっている。
そのため、プログラマーと営業との間で咀嚼の違いがあり、度々意見の衝突が見受けられるようだ。
そして、なぜだかこの会社の力関係ではプログラマーより営業の方が勝っている。
つまり、営業の言うことには逆らうことができないのだ。
そうして、案の定納期まで仕様が決まらずプロジェクトは炎上することになった。
「はぁ・・・。疲れた。なんでこんなに忙しいんだよ。プログラマーってお給料が良い仕事だと思ってたのになぁ。残業代でお給料良いだけじゃないか。」
毎日毎日、終電まで仕事をする日々が続いている。
だが、オレはまだマシな方だ。
プロジェクトリーダーの林さんなんて毎日会社で寝泊まりをしているらしい。
それなのに、残業代は全額でない。
月40時間までしか残業代はでないというのだ。
とんだブラック企業に努めてしまったようだ。
慣れない社会人生活と毎日の残業でオレの心も身体も疲弊していた。
だから注意力も散漫になっていた。
信号を見落としたのだ。
気がついたのは
「プップーーーーーーーーーッ!!!!」
というけたたましい車のクラクションが聞こえた瞬間だ。
「えっ?」
音のした方を見ると、そこには一台の青い車がこちらに向かってきていた。
その距離はもう5mもない。
気づいた時には顔にヘッドライトがあたり、まぶしくて右手で顔を覆った。
その瞬間、身体に今まで経験したことのない衝撃を感じ、身体が宙を舞う。
声なんかでなかった。
ただ、頭の中が真っ白になった。
そうして、オレの身体は硬い道路の上に叩きつけられたのだった。
☆☆☆
「・・・なのかの?・・・のぉ・・・ぬのか?」
「・・・んぅ?」
甲高い女性の声が耳元で聞こえる。
女性というか幼い少女の声だろうか。
「のぉ。起きぬのか?」
「んうぅ?」
「起きぬのならいいのじゃ。妾はお主のことなどなかったことにするのじゃ。」
声は幼いのに、なんだか威圧感のある重々しい空気がオレの周りを包み込んでくる。
っていうか、なかったことにってどういうことだろうか。
だんだんと思考が覚醒してくるにあたり、少女の言葉に不安を覚える。
確か、オレは車にはねられたような気がする。
連日の激務で疲れていてぼーっとしていたために車道をふらふらと歩いていたのだ。
そこに、確か青いスポーツカーが走ってきたような気がする。
「オレは・・・死んだのか?」
「うむ。死んだのじゃ。それはわかっておるのか。優秀じゃな。お主は。」
「・・・そっか、オレ、死んだんだ。」
なんとか大学を卒業して、就職したばかりだったのに、オレもう死んじゃったんだ。
彼女だっていなかったのに。
死ぬ前に一度でいいから彼女欲しかったなぁ。
就職してから良いことなんもなかったな。
やりたいことまだまだいっぱいあったのになぁ。
やっぱり母さんの反対を押し切って今の会社を選んだことは失敗だったなぁ。
ごめんな。母さん。
母さんより先に死ぬことになっちゃって。
「・・・?なにを悲観しておるのじゃ?」
自分の死を実感して感傷に浸っていると少女の声が聞こえた。
悲観してたらいけないのだろうか?
だって。オレ、死んじゃったんだよ?
「オレ、死んだんでしょ?悲観したらいけないのか?」
「今度は怒っておるのじゃ。お主はいそがしいのぉ。」
「へ・・・おかっぱ?幼女?」
反射的に顔を上げれば、そこには銀髪のおかっぱ頭の幼女がいた。
まん丸な目があどけなさを感じる。
しかし、ずいぶん変なしゃべり方をする幼女だなぁ。
「失礼なっ!妾は幼女などではないのじゃ!女神様なのじゃ!さあ!崇めるがよいのじゃ!」
「へ?女神様・・・?うそだろ?」
目の前の幼女は女神様だと言う。
こんなちっこいちんちくりんの女神様がいてたまるか。
女神様っていうのはこうもっと胸がバーンッとしてて、ウエストがキュッとしまっててプロポーションのいい女性というイメージだ。
しかも、見た目も極上っていうのが女神様だろう。
こんな・・・こんな、まないたつるっペタのウエストもなにもない幼女が女神様だなんてあり得ないだろう。
どう考えたってあり得ない。
オレ、車にはねられた時に頭でも打ったかな・・・?
だから、こんな幼女が女神様だなんて妄想でもしているのだろうか。
って、ああ。
はねられて吹っ飛んだから頭思いっきり打ってるよな。
っていうか、死んでるし。
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