第14話 しゅうごー
ごぶの話はぶつ切り過ぎて咀嚼するのに時間がかかったが、何度か聞き返すことでようやく概要が理解できた。
俺の住んでいた街から不本意ではあるが元魔境だった高層ビルがあるここまでの間には、広大な平原地帯がある。荒地といったほうが適切か。
荒地といっても草一本ないゴツゴツした荒涼とした場所ばかりでなく、林もあれば池や川だってある。
噂に聞いていた程度だったけど、この地にはゴブリンだけでなく他のモンスターたちもひしめき合っていた。
その中で群れで行動している種族が権勢を誇っていたそうだ。
一つはゴ・ザー率いるゴブリン。残りの二つはオークとオーガとのこと。うん、どれも俺が知っているモンスターだ。
確かここに来る前、いっそゴブリンやオーガにやられた方がましだとか考えてよな……あの時、先走らずにいてよかった。
話を戻すと、荒地の三種族は食糧を確保するため激しく争っている。
個体能力が一番弱いが数が多いゴブリンに対し、数は少ないが個体の能力が一番高いオーガ。大食漢でタフなオークたち。
どれも一長一短あるが、数が多いとまだ幼い子供や非戦闘員を多く抱えることになる。それ故、ゴブリンたちは一番の苦境に立たされていた。
彼らは数で押すしか他の二種族に対抗できなかったため、傷つく者も多く300体を抱えるだけで精一杯だったのだ。
しかし、300の内、戦闘員となるものは半分にも満たない。
一度に産まれる子供の数、成長速度においてゴブリンたちは他の二種族を遥かに凌駕していたので、数さえ増やせば相手を圧倒できる。
しかし、増やせないのだ。逆に増え過ぎたゴブリンたちを断腸の思いで間引いていたという。
何故か。
それは、成長するまでの食糧を一定以上確保することができなかったから。
傷付く者が増え、じりじりと勢力を弱めていくゴブリンたち。
そこに天啓が降りた。
そう「天国の階段」である。
あの約束の地ならば、豊富な食糧があると彼らは妄信し一直線にここへ向かってきた。
本当に考え無しだなと呆れる気持ちを抱くが、何とかしたいという切実な思いは本物だ。
「事情は分かった。それで俺の土地で暮らしたいというわけだな」
『そうごぶ。大魔王一人なら、食べきれないほど食べても食糧は余るごぶ?』
この動物的考え方。嫌いじゃあない。
そうだよな。ライオンだってお腹一杯だったら目の前をとことこシマウマが通っても襲わないからな。
「まあそうだけど……なら一つ、取引がしたい」
『ごぶ?』
「俺の土地に入ることを認める。それに、雨風を凌げる建物も提供しよう。そうしたら子供たちだって震えずに済むだろ」
『ほんとごぶか!』
「うん。その代わり、俺だけじゃ手が足りないから作業を手伝ってもらう。農業もしたいからな」
『農業?』
「そうだ。土を耕し、種を植える。育てたら食糧が収穫できるんだぞ。食糧を安定的に確保するためにも農業は必須だ」
『すごいごぶ! いっぱい作るごぶ!』
「そうかそうか。他にも作業をしてもらうが、建物代と考えてくれ」
『分かったごぶ!』
何とか話がまとまり、ほっと胸を撫でおろす。
ゴ・ザーと握手を交わすとゴブリンたちから歓声があがる。
『ゴ・ザーさま、ばんざーいこぶ』
『大魔王さま、ばんざーいごぶ』
これだけの数がいれば、作業分担を行っていろんなことができそうだ。
さっき戦った相手をいきなり引き入れ信用していいものかと思う気持ちはあった。
彼らは安定的に食糧を得たい。それが為される限りは協力してくれるだろう。
いや、違うな。俺が彼らを信じたい。誰がどうこうじゃなく俺が、だ。
ゴブリンたちが掌を返すかもしれないなんて思いながら彼らと暮らしたくなんてない。最低限の区切りはつけるけど。それはあくまでプライベート空間の確保が目的だ。
「黒い道に沿って歩いてこい。俺は先に戻る」
『承知ごぶ』
一緒に行く方が安全面からも絶対よいとはわかっている。だけど、俺なりの信頼の表れだと思ってくれ。
今後も監視はせず自由に行動させるつもりだから、その第一歩だな。
スケートボードに乗り、後ろに向け右手をひらひらさせると、ゴブリンの騒ぐ声がいっそう大きくなった。
「よっし」
勢いよく踏み出し、両足をすけーボードに乗せる。
ぐんぐんスピードが増していき、額に当たる風がとても気持ちいい。
「ふう」
心地よさから思わず声が出たところで、ルルーがピンク色の小さな手を俺の首に当て顔を上に向ける。
『心配だったのかもきゃ。それとも、早く会いたいのかもきゃ?』
「そ、そんなわけないだろ!」
いきなり何を言うんだよ。
早く帰ったのは決してそんなつもりじゃあなかった。
『図星もきゃー。ゴブリンたちを放っておくほどだったもきゃー』
「違うって言ってるだろ! べ、別にラウラが心配だったわけじゃない。いや全く心配していないってことじゃないんだけど」
言われてみると、ラウラに何も告げずに放置してきてしまったものなあ。
もし、書置きを彼女が読めなかったらどうしよう。突然いないくなった俺を探しに出たかもしれない。
ゴブリンで頭がいっぱいになってて、肝心なところが抜けていた。
『ラウラ? あのラーテルが心配なのかもきゃ?』
「え?」
や、やばい。ひょっとして俺、墓穴を掘った?
まん丸の目でじとーっと見られても困る。
「スレイプニルはしっかりしているから、大丈夫だろ? だって、ルルーの相棒なんだろ?」
『分かっているじゃないもきゃ。スレイプニルはオレサマほどじゃあないが、なかなかのものもきゃ』
途端に上機嫌になるちょろいルルーなのであった。
ふんふんピンク色の鼻を引く付かせるルルーが面白可愛くて、あと少しでアスファルトの道から出そうになってしまう。
「あぶねえー」
『もきゃー』
こっちは冷や冷やしてるってのに、ルルーはきゃっきゃと喜ぶ。
ジェットコースターとかじゃないんだからな、スケートボードは。
「スピードを上げるぞー」
『もっきゃー!』
見よ、俺の脚力をおお。
なんて謎なテンションで地面を蹴って、蹴って、加速をつける。
ひゃっはー。速い速い!
やっぱり魔素吸収の効果で身体能力もあがっていることは間違いない。
そうだ。ソフトボールでも出して遠投をしてみよう。
新たな俺の力を試すのも悪くない。
よおっし、ルルーと遊んでいるうちにいつの間にかビルの入り口が見えてくるところまで進んでいた。
お、ビルの前に人影が見えるな。
「ラウラ―。すまんー」
勢いを落とさず、手を振り叫ぶ。
そうこうしているうちに、米粒ほどだった彼女の姿がハッキリと見えてきた。
スレイプニルを胸に抱き、こちらににこりと微笑んでいる。
「よっと」
「急にいないくなるから、どうしたらいいのか迷っちゃった」
「ごめんごめん。緊急事態でラウラたちまで危険に晒したくなかったんだ」
「何があったの?」
「ご飯でも食べながら話をしよう」
「うん!」
野外に置いたままのテーブルセットに向かう俺たちであった。
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