第12話 なんかきた

――翌朝。


「ふああ」


 むくりと起き上がる。

 ラウラはまだすやすや眠っているようだった。いろいろあって、彼女も一緒に寝ることになったんだよね。

 それはまた後々語ることとして、決してやましい気持ちからこうなったわけではないことだけは、先に宣言しておこうと思う。

 

 一方、ラウラの枕元では丸くなったスレイプニルがぐっすりと休んでいた。

 ルルーは俺の角に張り付いて寝ていたから、起き上がった時にはたき落としたのだけど、うつ伏せになってまだ眠っている。

 

 このままぼーっとしているのもアレだし、朝食の準備でもしようかな。

 んーと伸びをしてから立ち上がる。

 

『行くもきゃ?』

「起きたのか。ルルーも行く?」


 答える代わりにルルーが俺の肩までスルスルと登ってくる。

 ラウラたちを起こさぬよう、そっとテントから外にでる俺とルルーであった。

 

 テントからほど近いビルの入り口脇に食糧保管用の箱がででーんと設置してある。

 中には燻製肉と昨日森で採集した山菜類とキノコ類が入っているのだ。

 朝だから、軽めにスープだけにしようか。あああ。米が食べたい。パンでもいい。炭水化物が食べたいいい。

 何て葛藤していても始まらねえ。

 

『ほう。低級魔族でもさすがに気にせず食事かもきゃ』

「ん?」


 聞き捨てならないことをさりげなく言ったな、ルルーのやつ。

 そういや、テントを出る前にも奴にしては神妙に「行くのか?」とか言っていた。

 何かあるのか?

 食材を選ぶ手を止め、ビルの外に出てみることにした。

 何も無くてもすぐ戻ることができるしさ。

 念には念をだ。彼が何かを感じ取ったのならそれでよし。何も無ければ杞憂に終わり特に問題なしだ。

 

 外に出て左右を見渡すが、特に変わった様子はない。


『こんなことでビビるのかもきゃ。やっぱり低級魔族もきゃ』

「ふむ」


 やっぱりルルーは何かを感じ取っているんだな。

 目では確認できないし、第六感なんてものも魔力を感じとる力もない俺には何も分からん。

 一応目を閉じ、何か聞こえないか耳を澄ませてみる。

 

 ……。

 …………ん。

 ハッキリとは感じ取れないのだけど、何となく嫌な予感がする。

 気のせいと言えば気のせいとしてしまえそうなほど、ほんのわずかなものだったけど。

 

「確認しよう」


 地面に腰を下ろしあぐらをかき、想像に花を咲かせる。


「出でよ」


 石柱がぐんぐんお尻の下から伸びてきて、30メートルくらいで動きが止まった。

 望遠鏡を持ってきていなかった……。

 

 そんなわけで望遠鏡を持ってきて再び、30メートルの石柱の上に。


「さてと、何事もなきゃいいんだけど」


 正面から少し右方向に人型の集団が見えた!

 集団は人間ではない。薄緑のゴツゴツした肌をした小柄な種族だ。

 口から二本の牙が生え、ずんぐりした体躯で背丈が俺の腰上くらいかな。

 手に持つ武器は様々だけど、錆が浮いたものや欠けたものが多数だった。ボロ布を身に纏ったこの姿を俺は知っている。

 あいつらはゴブリンだ。それなりの知能を持ち、集団で行動する。

 個々は戦闘の心得がある人間ならば撃退できるくらいの戦闘能力しか持たないが、群れでの戦闘に慣れており連携までしてくる厄介な奴らなのだ。

 群れでもせいぜい10体くらいまでと聞くが……この集団、軽く300体くらいはいそうだぞ。

 

 奴らは確実にこちら……おそらく高層ビルを目指して進んできている。

 

「どうしたもんかな。平和的に解決できるのがいいんだけど」

『いくら低級魔族のオマエでも、「外」の魔物に遅れはとらないもきゃ?』

「ゴブリンたちを舐めてかかると飲み込まれるぞ」

『あんな奴ら、「内」からしたら鼻くそみたいなものもきゃ』

「内、外って?」

『何を言っているもきゃ? オマエはしょっぱい低級魔族でも一応「内」の者もきゃ』


 内と外って、んーっと。

 ここってたぶん、元々魔境だったところだよな。

 ……モンスターがいることは覚悟していた。だけど、もきゃーの言う事が本当ならこの辺のモンスターって相当レベルが高いんじゃあ……。

 

「内のモンスターって」

『アビスの外と内もきゃ。アビスの三大種族なら、鼻くそくらい一人で倒してしまえる……たぶん。もきゃ、いや五人くらい……もきゃ』


 ルルーの言葉の途中で彼の目に望遠鏡を当てた。

 すると、途端に曖昧な発言になる。


「ゴブリンたちに気が付いていたことは素直にすごいと思った。だけど、あいつらの数にも気が付いていなかったよな?」

『……もきゃ』

  

 ルルーはゴブリンの気配に気が付いてはいた。だけど、数までは把握しきれていなかったようだ。


「まあ、何とかなるだろ。最初に言った通り、できれば平和的に解決したい」


 暴力的な解決はなるべく避けたい。行軍してきているのが、ゴブリン全てなら全滅させれば遺恨は残らないだろう。

 だけど、他にもいたら? 取り逃がしたら?

 後々厄介なことになりかねない。

 弱い奴らなんて侮る気は微塵もないからな。誰だって24時間ずっと警戒して起きているわけじゃあないからさ。

 

 ◇◇◇

 

 ラウラに書置きを残して、コブリンどもの元に向かう。

 奴らが来る方向は森と反対方向……つまり、俺がここまで来た道を通って来ている。

 俺の推測が正しければ、ここは元魔境だ。だけど、おそらく魔境に差し掛かった辺りに違いない。

 痛みに苦しむ前の記憶をたどってみると、黒い霧みたいな魔素がすんごい勢いで俺の元に向かってきたからな。

 魔境に入ったところで、俺の「魔力吸収能力」が魔素を呼び寄せたと考えるのが自然だ。

 

 なあんて考察をしつつも、ルルーを肩に乗せてスケートボードで走っている。

 もちろん、アスファルトの道も設置済みだからすいすい進む。

 

「いたいた……しっかし、近くで見ると威圧感が半端ねえな」

 

 整然と隊列を組む軍隊に比べれば、集団戦闘において劣るかもしれない。

 だけど、ちゃんと一団になっていて、ひしめき合っているゴブリンたちを見ると嫌でも圧倒されてしまう。

 大丈夫だ。俺なら問題ない。

 ビビらず、ちゃんとやることを確実にこなすだけでいい……と思いつつも心臓がバクバク鳴りっぱなしだ。

 ゴブリンって言葉が通じるんだっけ……。

 やるだけやってみないと分からないか。

 

 十分に距離を確保できる位置でスケートボードを止め、さっそうとゴブリンの集団の前に降り立つ。

 奴らが動き出す前に間髪おかず、大きく息を吸いこみ叫ぶ。

 

「俺の土地に何用だ?」


 いけしゃあしゃあと偉そうに自分の土地だと主張しているが、こういう時は偉そうにハッタリをかますに限る。

 さあて、鬼が出るか蛇が出るか。行き当たりばったりだ! 

 ゴブリンたちはどうでる?

 

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