第7話 閑話 強欲領主と晴れ上がり

 報告はすぐにコルネーの街へ届く。

 最も早く気が付いた者は街から東方面に出ていた者たちだった。

 

 例えば、魔力吸収の体質を持つからと疎まれ、最終的に魔境へ処刑同然送られた哀れな者を護送した一団などである。

 彼らは特に罪を犯したわけでもなかった哀れな若者を捨て置いてきたことで鬱屈した空気の中、夜を過ごす。

 食事中も誰もが口を閉ざし、渋面を浮かべ酒を煽る。

 酒の力を借りて交代で眠り、夜が明けた。

 

「あいつ……もう……え、な、何だあれ?」


 最後に鎖をほどいてやった兵士の男が何気なく東の方角へ目をやる。

 そこで、目を見開き固まってしまった彼に同僚の男が声をかけた。 


「ヨハンネス、もうあいつのことは。どうした?」

「黒い雲が……無くなって」

「ほ、本当だ! どういうことだこれ?」


 二人の様子に他の兵士も東の空を凝視し、拳を震わせる。

 何がどうなったのか、なぜ、黒い雲が突然消えたのか、彼らにはとんと分からない。

 

「あの、山……なんだろう」

「何が何だか分からない。領主様に報告をしよう」

「だな。できれば、これ以上魔境に関わりたくないが……」

「そこは領主様次第ってやつだ。嫌になってくるが、仕方ない」


 突然起こった出来事に兵士たちは驚愕するも、そのまま街へ帰還する。

 これ以上の厄介事はよしてくれと願いながら……。

 

 ◇◇◇

 

 兵士たちがコルネーの街へ帰還すると、すぐに彼らのリーダーが領主に呼び出される。

 

「魔境が縮小したと報告が入っている。カラリアが動き出す前に我らが動くべき、そう思わんか? 旅団長」


 開口一番、玉座でふんぞり返った領主が兵士のリーダー――旅団長に向けそんなことを口にした。

 でっぷりと肥え太り似合わない口髭を伸ばした領主は、権益に目が無い。

 急に晴れ上がった魔境が策源地となるかもしれないと期待に胸を膨らませている様子だった。

 

「は、はあ……」

 

 旅団長が思わず気の無い返事をしてしまう。

 彼としては、まだ任務の報告さえしていない中、次の話をした領主に呆れる思いがある。

 

「そうだったな。すまんすまん。あいつは無事放置してきたのか?」

「はい。任務は完了いたしました」

「本当にそうか?」


 嫌らしい笑みを浮かべ、ぱんぱんに張った腹をポンと叩く領主。

 

「と、言いますと?」

「奴が本当に魔境に入ったか、逃げだしていないのか確認できていないわけだろう?」

「確かにそうではありますが。ご命令の通り、魔境の手前で彼をおいてまいりました」

「うむうむ。そうだな。お前たちに非はない。だが、奴のその後が気になるではないか。そうだろうそうだろう」

「は、はあ……」

「よって。奴の様子を確かめに行きたまえ。ごく潰しの奴を今まで街に置いてやったのだからな。戻ってこられてはまた問題を起こす」


 ガハハハと愉快そうに笑う領主に対し、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる兵士。

 対称的な二人であったが、領主の決定となると彼に覆すことはできない。

 

「了解いたしました。準備に三日ください」

「二日だ。二日で何とかしたまえ」

「……護送と異なりますので、私ともう一人で調査に向かいます。よろしいですね」

「……う、うむ」


 有無を言わさぬ眼光にたらりと冷や汗を流した領主は、三重顎を縦に動かす。

 

 兵士のリーダーが領主の館を出たところで追放劇を共にした兵士たちが駆け寄ってくる。


「やはり……ですか?」

「そうだ。私とあと一人にすることはできたが……」

「旅団長が行かれることはありません。私とこいつで」


 旅団長にそう提案したのは、ヨハンネスと会話を交わしていた同僚だった。

 

「責任者たる俺がいかねばならぬだろう」

「責任者だからこそです。旅団長がいなければ兵士を纏めることは難しいでしょう。私とヨハンネスにお任せください!」

「ダメだ。お前かヨハンネス。どちらか一人だけ俺についてこい」


 押し問答が続き、結局、ヨハンネスと彼の同僚が晴れ上がった元魔境に調査へ向かうことになる。

 名目は追放刑を受けた「マンフレート」の所在確認で、彼が街に戻ってくることがないようにとのことだった。

 

 そもそもマンフレートが生きているなど誰も思っていない。とんだ茶番ではあるが、何事も物は言いようである。

 名目さえ整えば、兵士たちを死地に向かわせることができるのだから。

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