第6話 夜はしっかり寝ないとね
森の入り口までスケートボードに乗って散歩して、高層ビルの前まで戻ってきた後は肉を焼きもしゃもしゃと食べる。
少し早いが、まだ部屋の準備を何もしていなかったのでビルの中に入ったわけなんだけど……。
「う、うーん」
広い。広すぎる!
333メートルは伊達じゃねえ。天井も壁の厚さがあるから少しは低くなっているけど4メートル近くあるし……こんなに広い空間で落ちつけるわけないだろうに。
分かっていたとはいえ……あ、すっかり忘れてた。明かり問題を解決しなきゃだったな。
ふ、ふふふ。それならもうすでにどうしたらいいのか、案がある。え? 忘れてたんじゃないかって。いやいや、そんなことは。
一度外に出て、新しいデザインとなった高層ビルのイメージを思い浮かべ、ビルを再構築する。
二度目は吹き飛ぶものが無かったからか、再構築しても静かなものだ。
『何をしたもきゃ?』
「中が暗かっただろ。あれって広すぎるからなんだよ。なので、形を変えてみたんだ」
『なるほどもきゃ』
あ、この返し方、ルルーの奴、絶対何も考えてない。
改めて中に入ると、横幅は変わらぬものの、縦が大きく変わっている。
明かりを取り込むために、中を開けたんだよ。正方形の中をくり抜いたようにビルを建て替えたんだ。
空からビルを見下ろすとロの字型になるようにね。外側から内側までの距離は50メートル。ロの内側の一辺は100メートル短くなる計算だ。
これなら、内側からも光が入るので昼間は明るいはず。当然だけど、夜はそもそも外からの光がないから暗い。
ランタンなら作り出せるから、夜はランタンの灯りで生活すればいいさ。
「んじゃま、お次は寝床の準備を」
『もきゃ』
多少狭くなったとはいえ、これでも全然落ち着かねえ。
妄想に花を咲かせ、三角錐になるように組まれた木の棒を創造する。
こいつに厚手の布……ターフを被せてっと。
よしできた。テントの完成だ!
もぞもそと中に入り、床一面を覆うくらいの大きさがあるクッションを作る。
「ふう。落ち着くう」
足を伸ばして少し余るくらいのサイズ。
さっそく寝ころび、ゴロゴロと三回転したらターフにぶつかった。
「にゃーん」
俺の後を追ってスレイプニルが中に入ってくる。
つられてルルーもよちよちとやってきた。
「スレイプニルにはこれでどうだ」
アジアン風の竹を編んだようなこげ茶色の籠とそれにちょうどハマるクッションを床に出す。
クッションを掴んで、籠に設置し完成だ。
気に入ってくれたのか、スレイプニルはさっそく籠の中へ入り寝そべる。
『オレサマのベッドはないもきゃ?』
「そうだな」
おもちゃのベッドを少し大きくしたようなルルーの大きさにあった天蓋付きのベッドを出してみた。
ふかふかの布団つきだぞ。
『もきゃー』
ベッドにダイブしようとして、天蓋から伸びたヴェールに引っかかるルルー。
しばらくもがいていたが、どすんと床に落ち今度はちゃんとヴェールを手で開き、ベッドへうずまる。
「ついでにこいつもどうだ?」
指をパチリと鳴らすと、ルルーの枕元に丸いぼんぼんがついた薄紫色のナイトキャップが現れた。
三角形で少し長めの作りをしているそいつルルーが両手で掴み上げ、頭に乗せる。
ちょいちょいと指先でナイトキャップの位置を調整して……お、サイズもピッタリだな。
「ふああ。キッチンやらは明日にでもやろうか」
寝ころんだら急速に眠くなってきた。
枕代わりのクッションを出して、薄いタオルケットを一枚用意してっと。
いそいそと寝る準備をしていたら、天蓋付きベッドからルルーが頭だけを出して大きく首を振る。
『待つもきゃ。まさか、そのまま寝るつもりじゃないもきゃ?』
「そうだけど。ベッドが気に入らなかったか?」
『ふかふかで良い感じもきゃ』
「んじゃ、おやすみい」
ルルーから背を向け、目を閉じ――。
『待つもきゃあああ!』
「な、何だよ」
耳がキンキンしただろ。
さっきから一体何だってんだよ。
無視して寝ようとしたのだが、ピンク色の手をめいいっぱい広げて俺の髪の毛を掴んでくるルルー。
『魔素を吸収せし魔王候補ともあろう者が夜に活動しないとは何事もぎゃああ』
「そんなものに立候補したつもりはない。なので、寝る」
『夜の闇が魔素を活性化させ、存分に力を振るえるもきゃ』
「存分に振るわなくても高層ビルを建てちゃったし、夜は暗いだろ。狩りにも向いていない。人間やっぱり明るい太陽の光を浴びてこそだって。それにスレイプニルは既にお休みしている」
『むきいい。もういいもきゃー』
ぷんぷんと天蓋付きのベッドに戻るルルーであった。
でもすぐに、ベッドをぽよんぽよんさせてはしゃいでいるし……。
俺の方はもう眠さが限界だ。おやすみ。ルルー、スレイプニル。
◇◇◇
翌朝――。
眠気眼をこすり、ふああとあくびをする。
ええっと、水道って作れるんだっけ……。
のそのそと起きて、ビルの外に出る。ちゅんちゅんと鳴く鳥の声はしないけど、雲一つない晴天が目に痛い。
水が満タンに入った木桶を想像し、顔をばしゃばしゃと洗う。
そうそう、水は出せるのだけどどばどばと湧き続ける水を創造することはできない。
創造スキルは創造した時の静止画みたいなものだから、水を流すことはできても流れ続ける水流を作ることは不可能だった。
といっても特に困ることは無いんだけどね。
蛇口を捻ってじゃーっと水を出して顔を洗うってのはあくまで前世の習慣に過ぎない。今世だと井戸から水を汲んできてだったけど、それにも自然と慣れた。
どこでも顔を洗うことができるんだから、前世より便利になっているはずなのだ。
あとは慣れだけだな、うん。
使った木桶を消し、んーっと伸びをする。
あ、スレイプニルとルルーも水を使うか。
小さめの水を張った木桶を二つ出して、地面に置く。その時ちょうど俺を追って外に出て来たスレイプニルとルルーが、さっそく木桶に顔をうずめた。
並んで水を飲んでいる姿を見ると、なんだか心がほっこりするな。うん。
「ルルー。スレイプニル。朝食は現地調達しないか?」
『構わないもきゃ。おまぬけなリヒトに獲物を発見できるかもきゃ?』
「……スレイプニルもいるし、何とかなるだろ。俺だって狩りが初めてってわけじゃあないし」
そうなんだ。街で暮らしていたのだけど、秋は狩りにいそしんでいたりしたんだよ。
魔力吸収能力が枷になり、街はずれで暮らしていたわけなんだけど……まともな職につくことができなかったんだ。
何しろ俺がいると一切の魔道具が動作しなくなってしまうんだから、業務の邪魔ってもんじゃない。
街はずれは土地だけならある。そこで畑を耕し、野菜を売って生計を立てていたんだ。
だけど、冬場は農業ができなくなってしまう。なので、秋口に街から少し行ったところにある野山で狩りをして肉は保管、角とかは市場で売って生活の足しにしていた。
そんなわけで狩りには慣れてるってわけさ。
だが、あくまで動物相手であって、モンスターを狩っていたわけじゃあない。
未踏の地であるこの辺りは、モンスターが討伐されていることもないので……。
『行かないのかもきゃ?』
「すまん。すぐに行こう」
なあに、今の俺なら何が来ようが問題ない。俺がビビッて固まりでもしない限りは。
「見せてやるぜ。創造スキルの戦い方ってやつを」
『誰に宣言しているもきゃ?』
「……そこは何も突っ込まず黙っていて欲しかった……」
スケートボードに片足をかけ、カッコよく宣言したものの恥ずかしくなってしまった。
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