第2話 邪神がきた
「ガリガリ……っぺ」
ひょっとしたらと思ったけど、やっぱり食べることはできない。
逆に口が乾燥してしまって、より酷いことになった。
乾いた木ってよく水を吸収するんだよねえ。
こんな時、ミネラルウォーターでもありゃすぐにゴクゴクと飲むんだけど。
ありし日のペットボトルに入ったミネラルウォーターを想像するも、いやいや、この世界だったら木桶一杯に入った水かなあと思いなおす。
ほら、こんな風に両手で抱えるほどの木桶にさ。
両手で抱える仕草をしても……虚しいな……。
その瞬間、手にズシリと重みが加わる。
「お、おっと」
い、いきなり木桶が出現したものだから、落としそうになった。
これ、俺が家で使っていた木桶にそっくりだ。
しかも、ちゃぷんちゃぷんと木桶いっぱいに水が入っている。
「ごくごく……うーん、うまい!」
疑うこともせず、そのまま水を飲んでしまった。
きっと天からの恵みだ。
なんて、おめでたいお花畑な考えをしているわけではないぞ。
鳥のもも肉の木彫りと木桶は「俺が」出したものなんじゃないか。
半ば確信をもって、お次は串に刺さり香ばしく焼き上がった「焼き鳥」を想像する。
場所はそうだな。俺の手の平の上にしよう。
出でよ。
念じるとすぐに手の平に重みが加わる。
「ふむ。焦げ目まで再現され、思わずそのままむしゃぶりつきたくなるな」
うん。重さですぐに分かったよ。
出て来たのは、木彫りの焼き鳥だった。
今度は木彫りの照り焼きと違って、精巧で緻密に更には色まで塗られている。
本物そっくりだ。
これは食べ物ではない。木だ。分かっている。だけど、ひょっとしたら本物かもしれない。
……。
…………。
「もしゃ……やっぱり木だ!」
思わずブンと木彫りの焼き鳥を放り投げた。
放り投げられた木彫りの焼き鳥は、思った以上に力を込めてしまっていたようで、木の幹に突き刺さる。
あれ、筋力もあがっているかもしれないな。
ガサリ。
突き刺さった木彫りの焼き鳥がある木の下にあった草むらが動く。
驚かせてしまったかな?
でも、野ウサギとかなら嬉しい。肉だ。肉。
『このクソ魔族! 何するもきゃ!』
きんきんとした甲高い声と共に、純白の毛皮を持った猫とその背に乗ったつぶらなお目目の小動物が姿を現す。
その小動物は、大きな耳に真ん丸の顔。目と口が大きく、こげ茶色と白の毛皮で覆われていた。
小さなピンク色の手と同じ色をした口、ヒクヒク震えた鼻が庇護欲を誘う。これ、どっかで見たことあるな。
あ、そうか。ペットショップだ。フクロモモンガってやつだよこれ。
猫もフクロモモンガも食用にはちょっと辛そうだな……。
「すまんな。驚かせるつもりはなかったんだ」
『完全に気配を消していたオレサマに気が付いたことは褒めてやるもきゃ。だが、当たったらどうするもきゃ!』
気配? そんなものに気が付いているわけないだろう。
まあいい。特に勘違いを訂正する必要もないか。
「特にどうこうしようというつもりはなかったんだって。すまんな」
話は終わりだとばかりにシッシと手を振る。
『スレイプニル。この低級魔族の男、オレサマに対して生意気だと思わんかもきゃ?』
「にゃーん」
白猫に語り掛けるフクロモモンガもどきは勝手に納得して、得意気? な顔をしていた。
白猫にご大そうな名前をつけたもんだ。スレイプニルといえば、六本足を持つ雄々しき馬型の神獣とか魔獣と呼ばれていたはず。
決して愛らしい小さな猫ではない。
「ちょっとばかし忙しいんだ。少し後にまたきてくれるか?」
『むきー。低級魔族めええ。無礼もきゃ。オレサマを邪神と心得てのことかもきゃー!』
「知らん。それより気になったんだけど、俺は人間だ。『低級魔族』なんかじゃないぞ」
『人間なわけないもきゃ。生意気にも上位魔族の真似をした「捻じれた角」もきゃ! でも、きっと低級魔族に違いないもきゃ。間抜けな顔をしているから」
間抜けな顔で悪かったな! 生まれつきなんだよ。
しかし、角ってなんだよ。人間に鬼のような角が生えているわけないだろうに。
さわさわ。
え?
頭に角らしきものが二本も生えている?
姿鏡を想像し、目の前に出現させた。
「え、ええええええ!」
冴えない顔はそのままに、髪の毛が派手派手な銀髪に。
銀髪になったのは理解できる。あまりの痛みの連続が原因で真っ白けになったのだろう。
他は何でそうなったのか理解できない。目の色は血のような赤色になっているし、それよりなにより角だよ、角。
フクロモモンガもどきが言った通り、ご立派な螺旋状の角が生えているじゃあないか。
何じゃこれ、俺は人間だったんじゃないのか。魔素吸収の影響が体にまで変化をもたらした?
手で握りしめることができるほどの大きさがあるから、帽子で隠すなんてこともできないなこれ……。
まあいいや。俺は死んだことになっているだろうし、街に戻ることはできない。
できたとしても、戻る気なんてないけどな!
処刑同然に俺を魔境へ送り出しやがった領主のところでなんて暮らしていけるわけないだろ。
俺はここでそのまま暮らしていく所存である。
幸い、新たに得た……そうだな「創造」スキルとでも名付けるか。我ながら安直だけど……。
創造スキルによって食糧はともかく、生活に必要なものは全て揃えることができるしさ。
ここで快適に暮らせるように生活環境を整えて、ゆっくりのんびり隠居生活を送っていけばいい。
「そんなわけで、角は見なかったことにしよう。うん」
『オマエ。低級とはいえ魔族だろうもきゃ。角は魔族の誇りもきゃ』
「本気でどうでもいい……。さっきも言ったが俺は忙しいんだ。また後で来てくれ」
『魔族のくせに、邪神「ストゥルルソン」を知らないもきゃ! なんという不敬な』
察するに、こいつがストゥなんとかって魔物なのかな。
見た所、魔力もそれほどじゃあないし、フクロモモンガもどきのくせに喋ることに対しては「おおー」と感心するけど。
帰れ帰れと先ほどから言っているのだが、こいつ動こうとしない。
それどころか、勝手に俺が作り出した姿鏡にペタペタと触れ、猫が姿鏡に頭を打ち付けて――。
ガシャーン。
姿鏡が勢いよく倒れ、割れてしまった。
『オ、オマエ。これを創造したもきゃ?』
「一応な。これからいろいろ作らなきゃならないから、後でって言ったんだよ」
『オマエ、名前は?』
「俺か……俺は
転生した俺はマンフレートと名付けられたのだけど、もう街にいた頃の俺じゃない。
だったら、前世の名を使うことにするか。
『魔素を全てお前が持っていったもきゃ?』
「たぶん。死ぬかと思ったぞ」
あの痛みを思い出し、ブルリと体が震える。
もう二度と体験したくないよ。アレは。髪の毛が真っ白になるくらいだしさ。
猫から降り、俺の体に張り付いたフクロモモンガもどきがするすると俺の肩まで登ってくる。
ピンク色の鼻を俺の頬に近づけ、奴にしては神妙な態度で俺に問いかけてきた。
『何をするつもりもきゃ?』
「ここで静かに快適に暮らして行こうと思っている。衣食住のうち食以外はすぐに何とかなりそうだしな」
『……真意は見せぬということかもきゃ。まあよい。そのうち暴いてみせるもきゃ』
「そのまま居座るつもりかよ」
『監視もきゃ』
物は言いようだな。
俺の生活に支障がなければ、こいつらと一緒でも別に構わないか。
俺、猫好きだし。
「分かった分かった。ストル……ルルー。あとスレイプニル。よろしくな」
『もきゃ!』
「にゃーん」
猫は癒し。話し相手にルルー。
孤独に暮らすよりは悪くないよな。うん。
でも、変な事をしたらすぐにつまみ出すけどな!
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