第22話 決着の時

 優羽が母と呼んだ女性は優羽のようには金と銀と腕輪はしていない。そのためかはわからないが、どこかうつろな瞳をしており、優羽のような意思は感じさせない。


「こうした自体も想定はしていたからね。多少無理はしているが、U-01に登場願ったという訳だ。さぁ、いけ。U-01よ、焼き払え!」

「え……!?」


 優羽が慌てて身構えるが、何も起こりはしない。


「しまった。幽体兵器にはそんな機能はついてなかったわ」

「そのやりとりはもう一度やっただろっ。それよりも自分の娘だけじゃあきたらず、妻までも実験体か。なんて奴だよっ」


 誠はややいらいらとしながらも、ドクター中森をにらみつける。


「幽体兵器には攻撃方法がない。あるのは霊体から触れられる事を利用した束縛のみ。そうだろ」

「ほう。よく覚えておるな。その通りだよ。……U-02の場合はね」


 ドクター中森が言い放つと同時にU-01と呼んだ優羽の母の霊が大きく手を上げる。

 同時に頭上から稲光が放たれる。

 誠はあわてて身を翻すが、避けきれない。誠に稲光が激突する。


「ぐぅぅぅぅっ」


 まるで強い電気ショックを浴びたかのように衝撃が走る。


「誠さんっ。大丈夫ですかっ、誠さん!」


 優羽が慌てて駆け寄るが、誠は声を返さない。いや衝撃のために返せなかった。


「霊体と電気の関係は前に話しただろう。幽体とある種の電気の波は類似点がある。逆に言えば霊体は電気を操る事ができる。よくホラー映画などで突如電気が消えたりするだろう。あれもある意味では正しい話なのだよ」


 ドクター中森は淡々と言葉をつづる。その声は誠の耳にも何とか届いていた。


「う……く……そうかよ……」


 誠はなんとか声を絞り出すと、ドクター中森を再びにらみつける。


「もっとも電気も使いすぎればバッテリーから充電量が減るように、霊体も同じだ。使いすぎればその存在ごとは失われてしまう。だからU-02にはこの機能は持たせなかった。これでも娘の事を愛しく思っているからね」


 ドクター中森は平然とした顔で告げる。誠の体はしびれが残っているのか、まともには動かない。


「娘はダメでも、妻ならいいってわけ。呆れるわね」


「まぁ。そういうわけでもない。最初の実験体だけに加減が難しくてね。この力も本来は使うつもりはなかったが、この場を切り抜けるためにはやむを得まい。君達を取り押さえなくてはならないからね」


「お父さんっ……。もうやめて。いまならまだ戻れるよ。私、怒ってないから。もうやめよう。こんな研究やめて、またみんなで一緒に暮らそう。ねぇ、お父さん!」


 ドクター中森を見つめながら優羽が叫ぶ。

 しかしドクター中森はゆっくりと首を横に振るう。


「残念ながらその提案は首肯しゅこうできない。出来るものならそうしたかったがね。私はもうこの研究を続けるしか選択肢はないのだよ」

「どうしてなの、お父さんっ」


 優羽は父であるドクター中森を呼ぶが、しかしもはやドクター中森は優羽の声が聞こえていないかのように妻の霊体の方へと向き直る。


「さあ、U-01。後はあの娘を倒すのだ。あの娘さえいなくなれば、術を使えるものはいない。すなわちお前に抗えるものはいなくなる。さあ娘を取り押さえるのだ」


 ドクター中森の声に応えるかのように、優羽の母の霊体が美朱の元へと向かっていく。


「そうやすやすとやられる訳にはいかない。私だって術士の端くれなんだからっ」


 美朱は何やら両手で印を切り始める。


けんしんそんかんごんこん龍手りゅうしゅ雷霆らいていをもって素を動かせ。しん!」


 以前に使っていた八卦はっけ術とか言う術を唱える。

 だが今回は静電気どころではなく、その手に激しい雷が生まれ、雷撃と化してドクター中森へと向かう。

 だがその前に優羽の母の霊体が立ちふさがっていた。


「……しまっ!?」


 雷撃は霊体を打ち抜き、そして霊体はその威力の前に消滅――してはいなかった。


「残念だったね。U-01は霊体。ある種の電気のようなものだと言ったが、霊体兵器には雷、すなわち電気の術は効果がない。それどころかむしろエネルギーと化す事ができる」


「そんな……まさか……」


 美朱にとっては信じがたい事だったのかもしれない。さきほどの驚愕の声はどうみても優羽の母を傷つけてしまったと思って漏らしたものだった。つまり通常の霊であれば十分な効果を発揮したはずなのだ。

 だが霊体兵器である優羽の母の霊体には効果が無いどころか、逆にその力を増していた。


「……八卦術はまともに唱えれば、大抵の霊やらは消し去る力がある。今回はあの人を殺してしまう訳にはいかないから手加減したとはいえ、それでも平然としていられるものじゃない」


 美朱はその内心を思わず声に漏らしていた。それほど驚きであったのだろう。


「お母さん……無事でよかった……けど」


 優羽は安堵の息を漏らすが、しかし明らかに目の前の優羽の母はその力を増している。霊体に雷撃をまとわせ、今にもはち切れるといわんばかりに。


「まいったわね……私が使える術でまともに戦える術はあれだけ。しん、すなわち雷の術以外は会得してないの。これは、ピンチ、と言うしかないかしらね」


 美朱は言いながらも誠の前に立って、優羽の母と対峙する。

 優羽の母はゆらゆらとゆれ、ときおり電撃から漏れる火花をまき散らしながら、少しずつこちらへと向かってきている。


「美朱、優羽と一緒に逃げろ……! 俺は何とかする。お前はもともと巻き込まれただけだ。お前と優羽だけなら逃げられる……だから」


 誠が思わず声を上げる。

 しかしそれでも美朱は動こうとはしない。


「馬鹿言ってるんじゃない。そんな焼け焦げた体で何が出来るっていうの。いま私がいなくなれば、あんた間違いなく死ぬ。曲がりなりにも術を使えるのは私だけなんだから」


 美朱の言葉に誠は息を飲み込む。

 もちろん誠には美朱がいなくなればすぐにそうなるだろう事はわかっていた。わかっていたが、それでも美朱をこれ以上巻き込む訳にはいかない。そう思っていた。


「お母さんっ、もうやめて。思い出して。正気に戻って!」


 優羽が美朱の隣、誠の前へと歩み寄る。それからドクター中森の方へと向かって、大きな声で叫んでいた。


「……おとうさん、やめてっ。私が実験に必要だっていうなら使ってくれていいから、二人を巻き込まないで!」


「ふむ。優羽が戻ってくるというなら、それも考えてもいい」


 ドクター中森は少し思案をするかのように、あご先に拳をあてる。


「馬鹿いってんじゃない。優羽ちゃんが傷ついたら、そこの馬鹿が悲しむ。私はそんなのみたくないの」


「美朱さん……でもっ」


「私に使える術はもうない……けど。でもね」


 美朱は少しだけ口角をあげて、そして自信満々につぶやく。


「まだ奥の手を残してるのよね」


 告げたすぐ後だった。

 遠くから何かの音が響いてくる。その音は次第に大きくなって、近づいてきているのがわかった。


「何の音……いや、これはエンジン音か」


 ドクター中森が感心したように声を漏らす。

 同時に高らかに響く音を漏らしながら、一台のバイクが門をくぐりぬけて走り込んでくる。


「ナイスタイミング!」

「待たせたなっ」


 この声と共にフルフェイスのヘルメットの間から長い黒髪をなびかせながらバイクでドクター中森へと突っ込んでいく。


 急激な勢いにドクター中森も避けきれず、優羽の母のガードも間に合っていない。

 アクセルを全開にしたまま登場したライダースーツの女性が、ドクター中森を左腕でつかむ。


 そしてそのままバイクから飛び降りて、ドクター中森を取り押さえる。

 バイクが勢いのまま洋館の壁に激突して壁の一部を破壊していた。


「さぁ、ドクター中森。貸しは返してもらうぞ」


「その声は……佐由理くんか。君がここにくるのは想定していなかったな」


「貴方にはずいぶんと貸しがあるのでね。美朱くんから連絡をもらってからすぐに飛んできたよ。妹の件が貴方がしでかした事だったとは想像もしていなかったが、そうと知ったからには貴方をそのままにはしていられない」


 ライダースーツの女性、佐由理はドクター中森を取り押さえたまま誠達の方へと頭を向ける。


「美朱くん。U-01の霊体発生装置が館の中にあるはずだ。それを破壊してしまうんだ。そうすればもはやドクター中森には対抗手段はない」


「そうか。わかった。誠っ、優羽ちゃん、ここは私と佐由理さんに任せて急ぐのよ。私が優羽ちゃんのお母さんを何とか抑える。だから今のうちにはやくっ」


 美朱が叫ぶ。


「で、でもっ」

「優羽、いくぞっ。考えてる時間はない」


 誠は優羽の手をとって、館の方へ向かっていく。

 走るたびに体に痛みが響きわたったが、何とか歯を食いしばる。


 背中で美朱が何やら術を唱えているのがわかった。美朱にはドクター中森と優羽の母を一人で抑える事は難しかったのかもしれないが、いまはドクター中森は佐由理が押さえつけている。優羽の母だけであれば、何とか抑える術があるのかもしれない。


「わかりました……! 美朱さん、お願いしますっ。すぐに戻ってきますから」


 優羽は大きな声で答えると、誠と共に館の中へと向かっていく。

 さきほどドクター中森が出てきた玄関をくぐり、そして中を見回してみる。

 サイズは大きいものの建物としては特別な事はない、ごく普通の家だ。


「優羽っ。霊体発生装置はそれなりに大きなサイズがある。それを配置出来るような部屋を覚えているか」


「あ、はいっ。使っていない部屋が一階に沢山ありましたから、おそらくはそのどれかだと思いますっ」


「よしっ。案内してくれ」


 廊下を駆け出して、そして片っ端から部屋の扉をあけていく。

 どの部屋も鍵はかかっておらず、中はただの空き部屋だった。


「ここも違うか。次だっ」


 いくつかの部屋をたどり、そしてある部屋のドアを開けようとした時、その部屋にだけは鍵がかけられていた。


「開かねぇっ、この部屋か!?」


「はいっ。ここも使っていなかったはずなので、可能性は高いと思いますっ」


「鍵は……ないよな。仕方ない力尽くで開けるしかねぇ!」


 誠は思い切り部屋の扉を蹴り飛ばす。たが扉が開く様子はない。


「なら、これでどうだっ」


 思い切り体当たりをかます。

 雷撃の残した傷のせいで体中に激痛が走ったが、しかし扉はびくともしなかった。


「くそっ……ひらかねぇ……!?」


 何度も体当たりをするが、しかし扉は開こうとしない。

 同時に庭の方で何やら強烈な光が放たれていた。


『きゃぁぁぁぁ!?』


 美朱の悲鳴が響き渡る。


「っ……!? 美朱!?」


 美朱は優羽の母を抑えられなかったのかもしれない。

 そうなると佐由理も一人ではドクター中森と優羽の母を抑える事はできないだろう。

 やがて階段を上る音が響いてくる。


「……手こずらせてくれたが、ここまで……だな」


 息も絶え絶えではあったが、ドクター中森が廊下のむこう側に現れていた。

 そしてその後ろに優羽の母の姿もあった。やはり抑えきれはしなかったのだろう。


「くそ……ここまできて諦められるかよっ」


 体当たりを続けるが、まだ扉は開かない。

 そしてやがてドクター中森が近づこうとした瞬間だった。


 突然窓ガラスが大きな音を立てて割れ砕けていた。

 いや窓ガラスから何かが飛び込んできていたのだ。


「ひょーっほっほっほっ。名を清四郎。姓を道明寺。誰が呼んだか、桜餅坊主ここに推参っ」


「な、なに!?」


 派手な登場と共に錯乱坊主がドクター中森に向けて、何かを投げつけていた。

 同時にそれはドクター中森へと絡みつき、拘束していく。


「我が力は術のみにあらず。様々な術具もあるっ。術の力が残っておらずとも、拘束数珠を使えばしばらくの間、身動きを止める程度の事は出来る。そしてこの程度の扉、ワシにとっては障害のうちに入らぬっ」


 言いながら誠の方へと振り返り、懐から何やら一本の針金のようなものを取り出していた。


「ピッキングかぁぁぁぁぁ!?」

「何を言う。神仏の加護じゃ。ありがたやありがたや」


 言いながらも鍵穴へ針金を突っ込んでしばらく動かすと、すぐにかちゃりと音を立てて開く。


「さぁ、行くが良い。装置を壊すのじゃ。あとはワシが引き受けよう」

「わかった。優羽、いくぞっ」


 錯乱坊主の言葉に頷くと、誠はすぐに優羽と共に部屋の中に入る。

 そこには優羽が捕らえられていたのと同じような装置が据え付けられていた。

 そして優羽と同じように四十代くらいに見える女性が眠っていた。さきほどみた優羽の母の姿だ。


「霊体発生装置に間違い無い。これを壊せばすべては終わる」


 誠は辺りを見回してみる。さすがに素手で破壊するのは難しい。


「誠さんっ、これを使いましょう」


 優羽が部屋の奥においてあった大きな壺を指し示す。


「よしっ。わかったって、重いぞ、これ」

「私も抱えますっ。誠さんはそちらをもってくださいっ」

「わかった! いくぞ、せーのっ」


 声を上げて二人で大きな壺を抱え上げる。


「させるかぁぁぁぁ!」


 同時にドアの奥からドクター中森の声が響く。

 そのむこうがわに倒れている錯乱坊主の姿が見えた。さすがの錯乱坊主ももともと力を使い果たしていたため、抑えきれなかったのかもしれない。


 だがもうすでに優羽と装置へ向かって駆けだしていた。このままの勢いでぶつければ装置は確実に破壊出来るはずだ。


「せーーーのっ」


 装置に向かって壺を投げ落とす。

 その間にドクター中森が飛び込んでくる。

 そして。

 がん!! と鈍い音が響いた。

 ドクター中森の頭に壺がぶつかって。


「「あ……」」


 優羽と声が重なっていた。

 ドクター中森の体がふらふらと揺れる。

 そしておぼつかない足取りのままこちらに向かってきて、そしてそのままぱったりと倒れ気を失っていた。


「……まぁ、この間に壊しちまうか」


 誠はどこかやり場のない空気の中で呟いていた。

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