第18話 逮捕します。
「で、これは何なんだ。」
誠の問いに美朱は何事もないかのように答える。
「え、みてわかんない? 婦警さんと逮捕されて連行される犯人の図だけど」
なぜか婦警の格好をした美朱が手錠をつけた誠を連行していた。
「そうじゃねえよっ。なんでこんな格好しているんだよっ。どうみてもおかしいだろうがっ」
「だってもう認識阻害の術は通用しないから、どんな格好してても同じじゃない」
「んなわけあるかっ。んなわけあるかっ。大事な事だから二度いいました」
「乗りが悪いなぁ。せっかくわざわざ着替えてきたのに」
ぶつぶつと文句を言いながらも美朱は誠の手錠を外す。
「つか、そもそもお前もナース服やら婦警の服やら、なんでそんな服持っているんだよ」
「え、叔父さんの部屋からちょろまかしてきんだけど」
美朱の告白に誠と錯乱坊主が同時に吹き出す。
誠はジト目で錯乱坊主をにらみつけていた。
「あんたの趣味だったのか……」
「し、しらんっ。ワシのじゃない。ワシはしらんぞ」
「別に隠さなくてもいいじゃない。まぁおじさんもそういうお年頃よね」
「違うんじゃあああ。ああああああ」
錯乱坊主が文字通り錯乱していたが、とりあえず話を元に戻すため放っておく事にする。
「ま、手錠はただの冗談だけどね。婦警の格好をしてるのはちゃんと意味があるの」
「まさか警察のふりをするっていうのか」
「そう、ご名答。幸い私は今まで電話ごしでしか話していないから姿はばれていないはず。認識させない事はできないけど、逆に術の力を使って本物だと見せかける事はできる。だから私が警察のふりをして、通報があったとかなんとかいって取り調べている間に、誠が忍び込んで装置を破壊するってわけ」
「そんなにうまくいくか……。それ」
なぜかしっかり書かれた口ひげをぬぐいとりながら、誠は婦警の格好をしている美朱をじと目でにらみつける。どう考えても穴しかない作戦だと思う。むしろただコスプレしたいだけじゃないのかという疑惑もつきない。
「そうよね。まぁ、じゃあその案はおいておいて」
いいながら美朱はジャケットを脱ぎ捨てる。そろそろ飽きたようだった。
あ、やっぱりコスプレしたいだけだったと誠は心の内で思うが、顔には出さないでおく。
「でも提案内容は大きくは違わない。私やおじさんは幸い顔をしられていないからね。普通に患者のか見舞客の振りをして病院の中に入って、ドクター中森や優羽ちゃんの気配を探るの。ドクター中森はよくわからないけど、優羽ちゃんの気配なら私や叔父さんなら問題無く探し出せるから、いない場合はそのまま突入して機械を壊しちゃいましょう」
なかなか強行的な案ではあったが、誠には他に打つ手も思いつかない。この辺がとりうる妥当な作戦なのかもしれない。
「気配があった場合は?」
「そうね。いくつかあるけど一つは全員で突入して誰かがドクター中森と優羽ちゃんを抑えている間に機械を壊す。この場合は私と叔父さんが抑え役、誠が壊し役ね」
美朱の言葉に誠はうなづく。誠には術は使えないのだから、そうするしかないだろう。
「次の手は誠が中に踏み込んで、ドクター中森を誘い出す。その隙に私か叔父さんが機械を壊す」
「……かなり厳しいな。それは」
「まぁね。うまいこと誘い出されてくれるとは限らないし」
両手を広げて首を振るう。あまり美朱もこの手は乗り気ではないようだ。
「最後にもう一つ。壁の向こうから問答無用で術で部屋ごと破壊する」
「ちょ、お前それは」
あまりの強攻策に慌てて誠は言葉を挟むが、美朱は冷静な顔のまま首を振るう。
「実のところ事の成否だけ考えるならこの手が一番成功確率は高いのよ。まさか向こうもそこまでやってくるとは思っていないと思うし、そもそもそんな術が使えるとも思っていない。まぁ私には無理だけど、叔父さんなら部屋の一つくらいは破壊できるから」
「ふむ。まぁ術で破壊するのはやってやれんことはないがのう。それ、そのあとワシも逮捕されてしまうかと思うんじゃがのう」
「その時は留置所に差し入れしてあげるから安心してね」
美朱はウインクして錯乱坊主の方を見やる。
ひでぇ、と思うものの口に出すと後が面倒なので黙っておくことにした。
「前から思うておったが、美朱はワシの扱いがひどくないかの」
「そう思うなら、もう少しまともに行動してちょうだいね。私がおじさんにどれだけ迷惑かけられたか、ここで一から百までかたってさしあげましょうか」
美朱は口元に笑みを浮かべながら告げるが、その目はあまり笑っていない。
「……さて。まぁさすがに最後の策はとれんからの。まぁ最初の三人でつっこんでいって、機械を壊すというところが妥当じゃろうな。そこでの機械を壊すのどうのくらいなら、術の力でごまかせなくはないし、相手もそこを訴えてきたりはせぬじゃろう。研究内容自体非合法なもののようじゃし」
話をごまかすように錯乱坊主は告げるが、誠もそこには異論はない。美朱もそれ以上追求するつもりはないようで、その言葉に首を縦に振る。
「決まりだな。なら善は急げだ」
誠の言葉に二人も続いて立ち上がっていた。
一行はふたたび聖エルモ病院に戻ってきていた。
「どうだ。優羽やドクター中森の気配を感じられるか」
「いまのところ特に感じないわね。誰もいないのかしら。まぁ少し離れているからかもしれないし、その例のフロアにいってみましょう」
いぶかしげに眉を寄せる美朱だったが、病院の待合室は人通りも多い。それらの気配が紛れていても不思議ではないだろう。
「わかった」
エレベーターにのり例のフロアに向かう。ただし直接フロアに止まれば誰かに見とがめられる可能性もある。念のため一つ下のフロアで降りて階段をのぼる。
その途中で看護師などにも目撃されてはいたが、幸いなことに見舞客と思われたのか特に反応はなかった。
「……やっぱり最初の時も別に認識阻害の術をかけなくても良かったんじゃないか」
「それは結果論ね。どこまでの人間が事情を知っていて、研究に携わっているかはわからないじゃない。あのときは場合によっては病院の人間全員ぐるだって事だって考えられたのだから、術をかけて関係者だって思い込ませるのには意味があったわ」
美朱は平然とした顔で言い放つと、それからすぐに口元に笑みを浮かべる。
「それに誠の女装姿なんて、滅多にみられるものじゃないもの」
言いながらスマホの画面を尽きだしてきたため、誠は画面をのぞき込む。
そこには看護師姿の誠がはっきりと映し出されていた。
「ちょ、おま。いつの間に。消せっ、いますぐ消せっ」
「消してもいいけど。もう中学時代の友達の間にライムでばらまいたから遅いと思うわよ」
「なん……だと……」
愕然として肩を落とす。美朱はぽんと誠の肩に手を乗せる。
「大丈夫。ちゃんとこの子は誠子ちゃんですって言っておいたから」
「お前な。世界にはしてもいいこととわるいことがあるんだぞ」
「あら。だったらまずはちゃんと貸しを返してもらおうかしら」
「ぐっ……」
美朱の言葉に声が詰まる。実際美朱には多大な借りがある。美朱がいなければ、誠は今頃は何もする事はできなかっただろう。
「ま、ライムで送ったっていうのは嘘だけどね」
「ちょ……。はぁ。もういい」
ぺろっと舌をだしつつ言う美朱に、やりきれない怒りを覚えながらも誠は階段を登る。どうやらそんな話をしているうちにも例のフロアに到着したようだった。
「んー。ここまで来ても誰の気配も感じないわね。ここには誰もいないってことかしら。それとも気配を消しているの」
「ふむ。ドクター中森は幾ばくかの術は使えるようじゃが、あくまで科学者じゃ。それでここまで完全に気配が消せるものかのう。ここにはいない可能性の方が高いとは思うが、どうしたものかの」
錯乱坊主が一人ごちる。
「何にしても研究室までいってみるしかないな。もしかしたら機械も含めて撤収した後なのかもしれないが」
「そうね。いってみましょう」
美朱の言葉に誠はうなづいて、それから隠し部屋まで向かってみる。特に閉鎖されていたりはせずに、何の問題も無く研究室にたどり着いていた。
誠が美朱に視線を送るが、美朱は首を横に振るう。気配は感じられないようだ。
とりあえずセキュリティには佐由理にもらったIDカードをかざしてみる。しかし開かない事も懸念していたものの、鍵は難なく開いていた。
扉に手をかけようとした瞬間、しかしその手を美朱がつかむ。
さらに声を出しそうになる誠の口を反対の手でいちどふさいで、そのあとにそのまま口元に人差し指を当てる。
どうやら静かにという事らしい。確かにこの先に何があるかはわからない。確かに警戒するに越したことはない。
なにやら小声で術を唱えていたようだ。その後に美朱が扉をゆっくりと開ける。
しかし特に何事もなく、ただ部屋の中が見えただけだ。
「何も変わっていない……か」
声には出さずに口の中でつぶやく。
ドクター中森がいっていた霊体発生装置もそのままおかれている。しかしドクター中森の姿はここには見えない。
「誰もいない……みたいね」
美朱は辺りを見回しながらも息を吐き出す。
その瞬間だった。
『やーやー。君たちを待っていたよ』
「ドクター中森!?」
その声はどこからともなく響いた。
『見ての通り私はここにはいない、が。君たちの望みである霊体発生装置はまだそこにあるよ。いやー、ははは。移動させたかったんだけどね。これちょっと重すぎて移動させるのは無理だったんだよねぇ。まー、そんな訳で仕方ないので、君たちをおびき寄せる撒き餌として使うことにしたんだけどねぇ。実のところ壊されたらダメっていうのはその通りなんだよねー。こりゃ困ったわー。ははははは。いやー、とんでもない事になりましたよ。これはー』
笑いながら話すが、どこかその声の中に何か挑むような空気をまとわせていた。
『まぁでも完成した幽体兵器のテストにちょうどいいって事でもあるかな。さぁU-02よ。彼らを片付けるのだ』
ドクター中森が告げると共に部屋の中に優羽の姿が浮かび上がる。
優羽はまぶたを閉じたまま、ただそこにあった。
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