第14話 取引をしよう

「なんで……なんでこんなことに……」


「大丈夫ですよっ。誠さん、すごく似合っていますっ。とても可愛いです」


「ぜんぜんうれしくない……」


 優羽の慰めも全く頭に入ってこない。


 誠はがくりと頭を下げると、自分の姿が目に映って再び涙をこぼす。

 白いスカートで扮した看護師姿の自分の姿が、はっきりと視界に残る。


『さっきも説明したけど実は私の使ってる認識阻害の術っていうのは、けっこう難しい術なのよね。なのでなるべくそこにいても不思議でない姿をしてもらうっていうのは、術の成功度を増すってわけ』


 電話越しに美朱の声が聞こえる。


 今回の作戦は至極簡単だ。美朱の術をもって、ふたたび認識を阻害させる事でもういちど隠し部屋に進入して機械を壊して逃げる。それだけだ。


 ただ誠は明らかにそこにいる異物だ。病院の通常のエリアならともかく、隠し部屋ともなると、そう簡単には認識は阻害されないとの事だった。そのため少しでもそこにいて不思議でない姿形をする必要があるとの事だった。


 そして病院といえば看護師じゃの、という桜餅坊主の言葉で誠は看護師コスプレをする事になったのだ。


「死にたい……もう死なせてくれ」


『はいはい。ミッション終わったら死んでくれていいから、今はきびきび動きなさいよ』


「ひどい。あんまりだ。病院なら医者でもいいじゃないか」


『残念ながらその病院の医者にはあんたみたいな若いのはいないのよね。その点看護師ならまだごまかしがきくのだけど、男の看護師もいないのよね。そこ。それでいまどき全員がスカートなの。院長の趣味ってもっばらの噂よ』


「うう……。どうして、どうしてこんなことに」


「大丈夫ですよっ。誠さん、すごく似合っていますっ。とても可愛いです」


「それさっききいた……」


 嘆きをもらしながらも、誰かにとがめられる事もなく隠し部屋の前までたどり着く。

 だがあの時開いていた扉は今は閉じられていた。鍵もかかっているようだ。


 どうやら開くにはセキュリティカードのようなものが必要そうではあるが、もちろん誠は持ってはいない。


「鍵がかけられている。開きそうもない」


『予想の範囲内ではあるけれど、困ったわね』


 美朱はあまり困ってはいなそうな声で告げると、それからすぐにとんでもない事を言い出していた。


『仕方ない。破壊するわ』


「え、ちょ、まて。破壊するって」


『いいから黙ってあんたの指先を扉の鍵の近くに当てなさい』


「わ、わかった」


 有無を言わせぬ迫力に思わず言われた通りに扉に指先を当てる。

 それと同時に電話越しになにやら呪文めいた言葉が聞こえてくる。


けんしんそんかんごんこん龍手りゅうしゅ雷霆らいていをもって素を動かせ。しん!』


 不思議な言葉と共に誠の指先にびりっと静電気のようなものが走る。


「うおっ」


 思わず手をひこうとするがまるで扉に張り付いたように指先は動かない。


 かと思うと、カチャと鍵の開く音が響き、同時に手も自由に動くようになる。


「今のは」


『私の習得している八卦術はっけじゅつっていう易の力を利用した、まぁ魔法みたいなもんね。簡単にいえば、あんたを媒介にして鍵開けの術を使ったわけ』


 美朱の説明には理解出来ない言葉もあったが、とにかく術の力だと言う事は誠にもわかる。


 つい先日まで幽霊にも魔法にも縁の無い生活をしていたはずなのに、唐突に世界が変わってしまったようだと人ごとのように思う。


「なるほど。でもこんな術が使えるなら、美朱が直接きてくれてもいいんじゃないか」


『嫌よ。だって面倒くさいもの。夫婦の事は自分達で解決しなさいな』


「まて夫婦じゃねぇっつってんだろ」


「そーですよっ。まだ夫婦じゃありませんっ」


「このくだりそろそろしつこいっ」


 途中から優羽が割って入ってきたせいで、まさしく漫才のようになっているじゃないかと溜息をもらしながら、まったくもって夫婦めおとじゃないけどな、と誠は心の中で続ける。


 ただ美朱はその辺りは全く気にもとめずに、話を続けていた。


『だいたい術だってね、本当はあまり使いたくないのけど、あんた達のために特別サービスなんだからね。後で貸しは返してもらうけど』


「へいへい、わかってるよ」


 次は何をやらされるんだと内心恐々としながらも、開いた扉の方に意識を戻す。

 扉を開いてみると確かに鍵は外れているようだった。


 中は昨日みた時とほとんど変わっていない。ただもちろんベッドの上にはすでに優羽の体はない。


 好都合な事に中に人は誰もいないようだった。ただ機械の音だけが響いている。


「この機械を破壊すればいいのか」


 中森が幽体発生装置と呼んでいた機械を前に、ひとつ息を飲み込む。


 思っていたよりもずいぶんすんなりと事態が進んでいる事に拍子抜けの感もあったが、何事もないにこした事はない。


 ひとまず壊す前に中森のいっていたスイッチを切ろうとして腕を伸ばした瞬間だった。


「そこまでだ」


 するどい声が背後から投げかけられていた。

 振り返るとそこには、白衣をきた長い黒髪の女性が立っていた。


「悪いがこれ以上は見逃してやる訳にはいかないんでね」


 やや細身のその女性は黒髪を揺らしながら、目を細めて誠をにらみつける。


「せっかく見逃してあげたというのに、君はこりない人だね」


「あんたは俺を拉致したあの時の……」


「いやあの時言ったとおり拉致等はしていないよ。むしろ君を保護したといってもいい。なにせ君はすでに霊体にとりつかれてしまっていたからね。あのまま放置していれば、君は間違いなく肉体を乗っ取られていたはずだ」


 黒髪の女性は誠から優羽へと視線を移す。


「霊体兵器はまだ研究中なのでね。想定外の事もかなり起きる。U-02が実験中突然いなくなってしまった事もしかり、そうして君にとりついてしまった事もしかりだ」


 そうしながら黒髪の女性は懐から何かたばこの箱よりは少し大きいくらいの小型のバッテリーのような物を取り出していた。そのバッテリーの先には電極らしき物がついており、誠はドラマや漫画でしか見たことはなかったが、それが何なのかは理解できた。スタンガンだ。


「あの時はこの小型霊体発生装置を使った事で、幸い君とU-02を分離できたのだけどね。残念ながらまたとりついてしまったようだね。ドクター中森の不手際もあったとはいえ、ゆゆしき事態である事は間違いない」


「小型霊体発生装置……?」


 女性が手にしているスタンガンの事だろうか。誠は首をひねるが、今は彼女から目を離す訳にはいかなかった。あれをもう一度受ければ、また気を失ってしまうだろう。


「そう。最高150万ボルトほど出せる高性能品だよ。市販品の中では最高級クラスだと思う」


「って、何が小型霊体発生装置だよっ。やっぱりスタンガンじゃねぇかっ」


 思わずつっこみを入れてしまうが、くだんの彼女は全く気にもとめていない。


「そうともいうね。まぁ、でも霊体発生装置の原理はスタンガンとほぼ同様だからね。強制的に高い電圧をかけることで、霊体と肉体の分離を促すんだ。もっともそれだけではただの電気ショックに過ぎない。霊体を分離するためには少しばかり術式も必要になるのだけれど」


 黒髪の女性は言いながらもスタンガンを握りしめて、じわじわと誠との距離を詰めてくる。


「正直私はこの案件にはあまり突っ込みたくないんだ。とはいえ、君がそうしてU-02と一緒にいるところを見てしまった事には、立場上何もしないという訳にもいかなくてね。再び君とU-02が分離できるか試してみた上で、処理するしかあるまい」


「た、立場ってなんなんですかっ。あなたもドクター中森さんと同じように私を実験台にしているんですかっ。いたいけな少女をもてあそんでいるんですかっ」


 今まで黙っていた優羽が唐突に女性へと避難の声をあげる。どうやらドクター中森の事は思い出した優羽ではあったが、この女性の事は記憶にないようだ。


「いちおう私もこの研究所ラボラトリーのメンバーという事になっているんでね。私が直接君に対して何かをした事はないが、間接的にはそうともいえるね」


「も、もてあそばれてしまいました……っ。もう私、お嫁にいけませんっ。誠さん、責任とってください」


「なんで俺なんだよっ」


「なんとなくですっ。そういう気分でしたっ」


「気分ですませるんじゃねぇっ。って、訳わからない事いってる場合じゃない。この場を何とか切り抜けないと」


 夫婦漫才を途中で切り上げて、黒髪の女性の方へと向き直る。


『何が起こってるの。報告して』


 電話越しに美朱の声が聞こえてくる。


「みつかった。それも話していたドクター中森ではなく、もう少しまともそうな奴だ」


「おしゃべりはそのくらいにしてもらおう。いい加減他のメンバーがくる前には終わらせておきたいんでね。おっとその前に一つだけ聞いておきたい」


 女性はいぶかしげな瞳で誠を見つめて、それから小さく溜息をもらした。


「どうして君は看護師の、それもスカート姿なのか。きいてもいいかね」

「……死にたい。もう死にたい。誰か殺してくれ……」


 思ってもみなかった質問に誠は頭を抱える。


「まぁ他人の趣味にとやかくいうつもりはないが、潜入するためなら、せめて医師か理学療法士の姿にはなれなかったのか」


「うう、俺だってしたくてそうしている訳じゃ……。いくら認識阻害の術のためとはいえ、こんな格好をして、結局は誰かに見つかって……。もう俺はダメだ……」


「大丈夫ですっ。私は似合っていると思います!」


 優羽が励ましの言葉を向けてくれるが、誠にとってはもちろん全く励ましにはなっていない。

 そこに再び電話越しで声が響く。


『あ、理学療法士。その手があったか』


 だめ押しのように美朱の声が突きつけてきていた。


「俺は……何のために女装を……」


『受けをとるため?』


「違うっ。そもそもお前がやらせたんだろーがっ」


 誠のつっこみの言葉に、女性は溜息を漏らす。


「まぁそれはおいておいて、だ。いま認識阻害の術といったね。君はU-02の霊体を普通に認識しているようだし、電話の相手先の子も自体を把握していると見える。普通の人であれば姿を認識する事すら出来ないはずなのに、ここまでこれた。つまり君達は常人ではなく、法術ほうじゅつの使い手だという事だね」


「……」


 女性の問いに誠は何と答えて良いかわからず沈黙を保つ。けれど女性はそれを肯定と受け取ったのか、再び言葉を紡ぐ。


「なら取引をしないか。私は君達の事を見なかった事にする。それどころか君達の目的である霊体発生装置の破壊に手を貸してもいい。私の目的さえ叶うのであれば、この研究には頓着しない」


「取引とはなんだ」


 警戒しながらも誠は女性へと問いを投げかける。


「私の妹の呪いを解くこと。君達にそれが出来るなら、私は何でも力を貸そう」


「妹の呪い……!?」


「そうだ。私の妹はある時からずっと眠りについたまま目を覚まさない。ドクター中森が言うにはそれは呪いなんだそうだ。眠ったままなのは霊体を強制的に排出する呪いがかかっており、そのため霊体が肉体から離れているためなのだと。あんな男だが能力だけは確かだ。科学的に霊体を操作する事が出来るのは、日本広しといえども彼だけだろう。私は妹の呪いを解くのに、彼の力を借りる事にし、そのために研究に力を貸している」


 やや熱が入った様子で語りながら、女性は誠の方へと向き直る。


「ただその中で少々倫理に欠ける研究がある事も確かだ。U-02の身元が誰なのかは私は知らないが、あまりまっとうな方法で連れてきたのではあるまい。正直にいえば、あまりこの研究に関わり合いたくはない。妹の呪いさえとけるのであれば、この研究に用はないんだ」


「呪いか……。正直俺にはよくわからないが、知り合いの坊主なら解けるのかもしれない」


「錯乱坊主さんならたぶん解けそうです。私もあやうく天国に送られるところでしたから、他のお坊さんよりかは力があるんじゃないかと」


 優羽が答える。その声は一応は女性にも届いているようで、満足そうにうなずく。


「やはりな。U-02の幽体が現れたところは私も何度も目にしたが、こんな風に話すところは見た事が無かった。私の妹と同じようにただ眠っていただけだ。だが君達はこうしてU-02を自由に解放している。なら私の妹も何とか出来るはずだ。だから取引といこうじゃないか。私は妹の呪いがとけ、君達はU-02を完全に解放できる。お互い損はあるまい」


 女性は得心がいったような笑顔で誠へと手を伸ばしていくる。


「あんた名前は?」


「ああ、そういえば名乗っていなかったか。私は佐藤。佐藤佐由理さゆりだ」


「……佐藤レンジャー新隊員か……」


 ぼそりとした声でつぶやく。


『一回殺す』


 電話の向こうから物騒な声が漏れ聞こえてくる。

 地獄耳め、と内心毒づきながらも聞こえなかった事にして、佐由理と名乗った女性の方へと手を伸ばす。


「わかった。それでいい。俺は誠。三原誠だ。ただ術を使えるのは俺じゃなくて、知り合いの坊主だ。坊主が直接見なければその呪いが解けるかどうかは保証できないぞ」


「いいだろう。ではこうしよう。呪いがとけなかったとしても、私はこの場は見逃す。だが呪いが解ければ、再びこの部屋に招待し機器の破壊を手引きしよう」


 握手を交わしながら、誠は佐由理の顔をちらりと横目でみる。

 嘘をいってそうな顔ではなさそうだった。


「では他のメンバーにみつかる前に一度ここを去ろう。ドクター中森はああいう人だから今のところ騒ぎにはなってはいないが、U-02がいなくなった事は皆知っている。変に顔を合わせると面倒なことになるからな」


 言いながら佐由理はすでに外へと歩き始めていた。

 誠はその後ろについていく。


 ただこの時、誠は自分が看護師のコスプレをしている事を完全に忘れてしまっていた。

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