第3話 神様の仕業です。

「さてさてさてっ。そういう訳で、まずは部屋を片づけてしまいましょうか」


 優羽はぴんと立てた指先を揺らしながら、辺りに積み込まれた荷物を見回していた。

 引っ越しの荷物は積み上げられたが、荷物の整理はまだ完了していない。ただ荷物が届いただけの事だ。もっとも誠は殆ど物をもってきていないので、それほど長くは掛からないだろうとは思う。


「まぁ、そうだな。荷物を整理しないと」


 誠はぽりぽりとこめかみをかきながら、溜息を一つ漏らす。多くはないとはいえ、あまり荷物の整理といった事は得意ではない。乗り気がしないのは事実だ。

 それでも部屋にくる直前までは、さぁ引っ越しだと意気込んでいたから意欲もあったが、優羽と出会った事でその意志は完全に飛んでなくなっていた。

 とはいえ、何もしないという訳にはいかない。

 一つずつ荷をほどいて、片付けていく。


「何だか大変そうですねぇ」


 優羽がぽつりと呟く。優羽は相変わらず誠の側でふよふよと浮かんでいたが、かといって優羽に手伝ってもらうという訳にもいかないだろう。


「まぁ、確かに面倒くさいから大変っちゃ大変かもしれないけど」


「面倒ですか。なるほど、わかりました。じゃあ私も手伝いましょう、そうしましょうっ」


 優羽は再び指先を揺らして、それからその指をまっすぐに見つめる。かと思うと、指を荷物へと向けて、一心不乱に何かを念じていた。


「ていっ」


 かけ声と共に指先を振り上げる。それと同時においてあった段ボールが開き、中身が空中へと浮かび上がる。


「おおっ!?」


 誠は感嘆の声を上げると荷物の行く先をじっと見つめる。それと同時に、優羽が息を吐き出す音が聞こえた。


「むぅっ。疲れましたっ。終わりですっ」


 突然言い放つと同時に、浮かんでいた荷物達が力を失って地面へと落ちる。完全に部屋の中で散乱していた。


「疲れたじゃないし!? 余計に散らかってるんだけど、おいこらっ」


「いや、だってほら。もう限界と言う奴なんですっ。そうなんですっ」


 慌てた様子で言い訳すると、優羽はそのまま大きく手を振り上げていた。

 その瞬間、目覚まし時計が宙を舞って、誠の頭にぶち当たっていた。


「いてぇ!?」


「わ。ほら、いじわる言うから天罰が当たったんですよ。そうに違い有りません」


 悲鳴を上げる誠に、優羽は平然とした顔で言い放つ。どこからどう考えても、優羽の仕業に間違いなかったが、優羽は全くそんな態度はみせはしない。


「いや、お前がやったんだろ、お前がっ」


「そんなことはありません。これは神様の仕業です。そうに決まってます。そう決めました。はい、決定です」


 優羽はそういいながら、やや上半身を突きつけて、指先を大きく振るう。

 もはやおなじみとなった光景に、誠は溜息をつくことしか出来ない。


「はぁ。もういいよ。しかしお前、幽霊なのに物を動かしたり出来るんだな。いや、幽霊だから出来るのか」


 うなだれたまま告げる。いわゆるポルターガイストといった力なのだろうか。


「そりゃあ、物くらい動かせますよ。そうじゃないと私、使えないじゃないですか。って、そんな事より、私は幽霊じゃないって何度いったらわかるんですかっ。幽霊じゃありませんったら、ありませんっ」


 優羽は顔を思い切り誠に近づけて、眉をつりあげながら抗議の声を上げていた。どうやらどうあっても、自分が幽霊だとは認めたくないらしい。

 もっともそれも当然の事かもしれない。幽霊なんてものは、この世に未練があるからこそ残るものだろう。だとすれば自分がやり残した事があるのなら、自分が死んでいるとは認めたくないはずだ。


 優羽はふよふよと浮かんだまま、誠から少しだけ離れて背を向けていた。少しばかりすねてしまったのかもしれない。


 誠は今日何度目になるのかわからない溜息をもらして、再び部屋の中を片づけだした。




 次の日。


 何とか部屋の片づけも終わり、今日は外を歩いていた。優羽は一人では部屋の中から離れる事は出来ないようではあったが、誠と一緒であればどこにでもいけるようだった。

 また誠も初めは少し警戒していたのだが、やはり優羽は他の人には見えてはいない事もわかった。

 町中を歩いていても、誰一人として優羽を気にした様子を見せなかった。いくらなんでも宙に浮かんでいる女の子が見えれば、もっと驚くなり反応を見せてもいい。


「本当に見えるのは俺だけなんだな」


 もういちど息を大きく吐き出すと、誠はそばにいる優羽を見つめてみる。

 優羽は少し首を傾げて見せたが、すぐにまた上半身を乗り出して指先を立てていた。


「やっぱりそうみたいですねっ。声も届かないみたいだし。でも、今までそれが普通だったので、見える誠さんの方が変わっているんだと思いますけども。なんでしょうか。誠さんには、なんか不思議な力があるのでしょうか。これはもう興味津々ですね。驚きです」


 優羽は誠のすぐ斜め前で、後ろ向き、つまり誠の方に身体を向けて浮かんでいた。誠が前へと歩き出したとして、そのまま誠へと向かったままで、優羽も誠について動いていく。


「いや不思議な力とか何にもないから。俺は昔から霊感とかそういうのは、全く縁がなかったからな。どっちかというと昔からついてない方だったし。ってか、ついてないからこんな状況なのか」


 再び肩を落として、溜息をこぼす。昨日から溜息の数がものすごく増えたような気がするのは、誠の気のせいではないだろう。


「まぁまぁ、犬も歩けば棒に当たるといいますし。そのうち何かいい事ありますよ」


 優羽はさらりと言い放つと、誠の肩を軽く叩く。もちろん実際に触れた感触は無かったが。


「いや、不幸の元凶に言われてもな」


「えええっ。そんなっ、私が全て悪いみたいに言わないでくださいよっ。私、別に悪くないです。何もしてないですしっ」


 優羽は慌てた様子で指先を振るうと、少しだけ眉を寄せてみせた。


「いや、とりついてるだろ」


「それは不可抗力なんです。そう、仕方ないんですよっ」


 優羽は自分は全く悪くないとばかりに、勢いづけて話し始める。そんな様子に溜息を漏らす事しかできない。

 実際のところ優羽が何もしてないかと言われれば、そんな事もないのだが、誠はこれ以上追求するのはやめた。それで不幸な現状が変わる訳でもないし、実際それほど優羽が悪いという訳ではないのかもな、とは誠は思う。


「まぁ、何にしてもだ。お前の記憶を取り戻さない事には、この状況が変わる訳じゃないからな一つずつ手がかりを回っていくしかないだろうな」


「あ、はい。そうですねっ。そうしましょう。あ、でもそうはいっても手がかりなんて、全くないですし。誠さんは一体、どこにいこうとしてるんですか」


 優羽はきょとんと首を傾げて、それから誠の周りをくるくると回転していた。まるで主人の周りではしゃぎまわっている犬のようにも思えたが、その辺は敢えて口にはしない。


「手がかりがないって事もないさ」


 辺りの様子を伺いつつ、誠は溜息混じりに答える。

 何せ優羽の声は周りには聞こえない。そうなると気をつけなければ、一人で話し続けている危ない人に見えかねなかった。

 余計な気を使いながら歩くのは、少々骨が折れると誠は思う。しかしそれこそ口に出せば、一人で愚痴を言い続ける変人としか思われない。余計な事を言う訳にはいかなかったのだ。


 そんな誠の苦悩を知ってか知らずか、優羽は大きく目を開いて誠へと迫る。


「わっ。どうしてですかっ。なんですかっ。私は全然何も覚えていないのに、なぜゆえ誠さんはわかるんですかっ。そこんとこ、ちょっと詳しく教えてくださいっ」


 優羽は慌てて誠の周囲をぐるぐると回る。かなりうざったく感じたのだけれど、誠は眉を寄せただけで気にしない事にした。いちいち優羽のやる事につっこんでいては、話が進まない事は昨日のやりとりだけでもはっきりと理解したからだ。


「まず第一に、お前が幽霊だとしてだな」


「幽霊じゃないです」


 誠の告げた前提条件に、間髪入れずに否定されていた。そこはどうしても譲れないらしい。


「いや、まぁ、いいからきけ。そうだとしてな」

「ぶー」


 優羽は口を膨らませて、その後はずっとぶーぶー言い続けている。豚か、こいつはと内心で思うが、とにかく話を進める事を最優先にして言葉を続ける。


「だとすれば何らかの原因で死んだって事だから、事故現場とか病院とか、そういうところに直前までいた可能性が高い」


「へぇぇ、なるほどですねー。でも幽霊じゃないですから」


 優羽は指先を立てて振るいながら、上半身を乗り出してくる。顔がすぐそばに近づいてきていたが、構うそぶりは見せない。


「それはわかったよ。じゃあもう一つ、手がかりがある」


「わ。まだあるんですか。すごいですねっ。そっちは私が幽霊でないっていう前提での話ですよね?」


 優羽は両のてのひらを合わせて、嬉しそうに誠を見つめていた。

 誠は正直こちらの手がかりから捜索を始めた方が何かをつかみやすそうだけどな、と内心思いながらも、もう一つの手がかりについて話し始める。


「お前との会話の間で、何度か神様って言葉が出てきていた。そしてイエス様、マリア様なんて言っていただろ。思わず言葉に出るくらいだから、熱心なキリスト教徒だったのかもしれない。教会とか回ってみれば、何か思い出すかもしれないだろ。あるいはキリスト教系の学校にでも通っていたのかもしれない。そういう学校は多くないから、近くに行ってみれば何か手がかりがあるかもしれないし、何か思い出すかもしれない」


 誠はやや優羽から距離をとるようにしながら告げると、坂の上に見える十字をじっと見つめていた。

 誠が向かっていたのは、この先にある小さな教会だった。この街には他に教会のような建物はない。今いった事で手がかりがあるとしたら、ここの他には考えつかない。


 もっとも優羽がこの街の住人だという保証も無かったから、完全に当てになる訳ではなかった。しかし今の情報で誠が思い浮かべられるのは、ここの他にはない。

 行ってみたからとしてそれほど損をする訳でも無かったから、駄目でもともと手がかりの一つとして回ってみるのは悪くはない。

 遠目に見える教会をじっと見つめ、それから優羽へと振り返る。

 しかし優羽はその場で完全に動きを止めて、今までと少し違った目で誠を見つめていた。


「どうした?」


 とりあえず問いかけてみる。優羽とはつきあいが長い訳ではないし、何を考えているのかはわからない。

 しかし次の瞬間、まるで止まっていた時間が動き出したかのように、堰を切って優羽は話し始める。


「すごい。すごいですっ。びっくりましたっ。私が無意識に喋っていた言葉の中から、そこまで考えられるだなんて。すごい洞察力ですねっ。驚きです。驚愕です」


 優羽は本当に感心したらしく、一瞬にして誠を見る目が変わっていた。


「そんないうほどの事か」


 大げさな奴だと誠は、少し眉を寄せて溜息を漏らす。


 しかし確かに優羽は大げさではあったが、誠の洞察力は人よりも優れているのかもしれなかった。言い合いをしていた最中に、ほんの少し口にしただけの言葉だ。聞き流していても不思議ではないだろう。

 だが誠はそれをきちんと手がかりとして結びつけられていた。それはやはり常人よりも優れた観察力と記憶力があるからだ。

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