第18話 状況は突然に変化する
日曜日はよく晴れた。ノゾミの作った、サンドイッチとおにぎりと、たくさんのおかずの詰められたバスケットと、ミネラルウォーターをたくさん持って、三人は近くの公園へ向かった。
途中で疲れて眠ってしまったトオルと、青い草の上を駆け回るシイコと、それを見守るノゾミと、それは三者三様の「とてもいい休日」だった。
だから家に帰ってくるのは夕方近くになってからだった。眠ってしまったシイコを背中におぶったトオルと、荷物を抱えたノゾミは、帰途についていた。
「いやー、よかったですね、天気よくて!」
「そうね、空気もよかったし……タネコもずいぶん喜んでたし」
「主任! だからシイコですってば!!」
「いいじゃない、タネコって呼んでもなつくわよ。ねぇ、タネ……」
そう言いながらシイコの頭を撫でようとしたノゾミは、大変なことに気がついた。
「え!?」
ノゾミの青ざめた顔に、トオルはいきなりどうしたのか、と、不可解な顔をした。
「主任……?」
「幸野!! いつこの子、縮んだの!」
「えっ!?」
縮んだ!? いつの間に? トオルは背中のシイコが軽くなっていることに、いまさらながら気がついた。無理に背中を見ると、初めて会った頃のシイコに戻っている。
ふたりは急いでトオルの部屋まで走り、トオルの布団にシイコを寝かせた。
「なんで……!? なんで縮んでるんだ!?」
「幸野、すぐたねもの屋呼びなさい!!」
トオルは慌ててミヤコに電話をする。
最初こそ「あらららら、今日お留守だったからさみしかったんですよお」と能天気なことを言ったミヤコだったが、トオルから話を聞くと、急に深刻な雰囲気になり、その五分あとには神妙な顔つきで彼の家にいた。
ミヤコはシイコの様子を見るまでもなく、トオルの家に上がり込むなり、言った。
「結論から言いますけどね。……たぶん、戻る、前兆です」
わかってはいたが、なにか別の答えが欲しくて、トオルは必死だった。
「戻る? 何に?」
「種に、です」
トオルばかりではなく、ノゾミも絶句した。そうなのではないか、でもそうであってほしくない、思いが錯綜して、声に出ない。
「この一週間とすこし……あたし、あなたがたをずっと見てきましたけど、最初のころから比べて、おふたりともかなり満たされた感じがしますよ。この子は、それを、感じたんでしょう」
「……だから、種に戻るっていうの?」
「冗談だろ! どうしたらいい? 俺幸せじゃありませんて言えばいいのか?」
なんとかしたかった。その気持ちはトオルもノゾミも一緒だった。しかし、目の前のミヤコは、静かに首を振った。
「言ったでしょう。ハッピーシードは、育て主の気持ちに忠実だと。あなたがどんなに言葉で「幸せじゃない」と言っても……あなたの心は、幸せだと言っている」
トオルは何も言えなくなった。シイコが眠る布団に近づくと、そのままうなだれて、ただただシイコの顔を見つめた。
ノゾミはミヤコに向き直った。こみ上がるこの気持ちが怒りなのか、戸惑いなのか、もう彼女自身にもわからなくなっていたし、感情はいま、完全に露わになっていた。
「――ずいぶんと残酷な話じゃない。花がいること自体が幸せなひとは、どうすればいいのよ」
「あのひとのように?」
ふたりの瞳がうなだれるトオルを見つめた。
「…………ええ」
「どうすればいいかは、あなたならもうご存じなんじゃないですか?」
言われてノゾミははっとする。答えの代わりに、ノゾミは、静かにミヤコを見た。
「……、あんた、本当にたねもの屋?」
「そうですよ。あたしはただのたねもの屋です」
「――――そうね。たぶん、私は、知ってるわね」
どうすればいいか、その解答を。
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