第14話 俺は突然にすがりつく
唖然としたままのふたりはしばらく、何も言えずにいたが、ようやく、思い出したようにノゾミが言った。
「……たねもの屋はいつもああいう感じなの?」
その通りである。
「……ハイ」
「気になることを言ってたわね。あんたが幸せを感じたら、この子、種に戻るって?」
そんな説明を聞くのは、トオルも、初めてだった。
シイコが種に戻る。つまり……
「でも! 俺、いま、幸せとは思ってませんし……あー、でももうすぐ休み終わっちゃう……」
キリンの幻覚休みは一週間。実際、あと数日で終わってしまう。次の言い訳を考えるか、さもなくば本当に育児休暇を取るかしなくてはならない。
「そうなれば昼間はこの子ひとりになるわねえ」
「ああああだめだそんなの! ちっちゃい子ひとりにはしとけないですよ!」
「そんなこと言ってもうちの会社には託児所なんてないし……保育園……とか幼稚園、は、いまからじゃとても無理か、困ったわね」
ノゾミが本当に困ったように言うから、トオルは思わずすがってしまった。
「作ってください!!」
「無茶苦茶言うのやめなさいよ!」
強く言ったが怒ってはいないノゾミの口調に、しゅんとするトオル。場を取り繕うように、ノゾミは「会社戻んなきゃ」と慌てた。
「……すいません。ちょいちょい来てもらってて……」
「……別に。課長はあんたがキリンの幻覚見てるって信じてるからね。外回りのついでに様子見に行ってきます、で通用してんのよ、いまのとこ」
まさかの課長までキリンの幻覚を信じていた。まあ直接トオルの奇怪な笑い声を聞いたものだから無理もないところではあるだろうけれど、申し訳なかった。
「…………ありがとうございます」
「仕事はたくさんたまってるからね? タネコのこと、ちゃんと決めたら、連絡しなさい。あんた育ての親なんだから」
トオルはいろいろと何も言えなくなった。ようやく
「シイコです…………」
とだけ吐き出せたが、ノゾミはさっき見せた、困ったような顔でトオルの頭を軽く小突くと、仕事に戻っていった。
トオルは大きなため息をついたが、すぐ、シイコにねだられて絵本を読み聞かせてやるのだった。途中で眠くなってしまって、シンデレラが鬼退治に行ったり毒リンゴをつくったりとんでもない方向に話が飛躍してしまったが、シイコは楽しんでいたようだった。そのやりとりは、本当の親子のようだった。
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