第23話
私は崎守家を後にした。外を見ると、もう日は傾いていた。車に乗って、先ほど羽賀を置いてきた場所に向かった。付近に辿り着くと、羽賀がこちらを見つけて、手を振りながらやってきた。
「久遠さん! やりましたよ! ビッグニュースです!」
羽賀は車に乗らずに、運転席まで来て言った。
「そう。それは良かった。家でゆっくり聞かせて頂戴。私はちょっと疲れちゃった……か、ら……」
私はフロントガラス越しにある光景に、言葉を詰まらせた。
「ひぃっ! 何ですかあの子は!」
羽賀は私の視線に釣られてそれを見た。そして悲鳴を上げた。
田んぼ道に私たちの車は停車していた。その数十メートル先に、一人の少女が佇立していた。夕日が彼女の背中を照らしていて、彼女の顔は陰となっていた。腰まで伸びた長い髪。白いワンピース。片手で熊のぬいぐるみを鷲掴みしている。陰になっている為に分かり難いが、真っ白な肌をしていると思う。
そんな彼女の目は、真っ直ぐこの車を捉えていた。眼光はどことなく紅い。口角は釣り上がっている。ジメジメとした、不気味な微笑みをこちらに向けていた。
「多分、龍堂尊よ」
私は憶測を口にした。息子のノートによると、龍堂尊はまさにあんな感じの不気味さを放っていたという。私はそれが誇張された表現だと思っていたが、なるほど確かに。中々近寄り難い雰囲気である。
だが、丁度良い。私は彼女に、聞きたいことがあった。
「龍堂、尊ちゃんね」
私はそう言いながら、車を降りた。
「駄目ですっ! 久遠さんっ!」
羽賀が怒鳴った。私は羽賀らしからぬ大声に、思わず振り向いた。
「ど、どうしたの。羽賀」
私の言葉に羽賀は返事をせず、ただ黙って私の手を掴んだ。
「近づいちゃ、駄目です」
羽賀は怯えた様子で言った。
初めて見る羽賀の様子に、私はどうしたら良いか分からなかった。私が迷っている間に、龍堂はこちらへ歩いてくる。
「こ、来ないでっ!」
羽賀は叫んだ。しかし龍堂は歩みを止めない。
「そう、あなたは知ってるんだ」
鈴の音の様な声が響いた。龍堂だ。
「でも関係ない。私が近くにいなくとも、村に染み付いた匂いがあなた達を蝕む」
「どういうことよ」
私は尋ねた。
「そこの女に聞いてみたら? もう分かったみたいだし」
私は羽賀を見た。すると彼女と目が合う。酷く怯えた様子で、私にどうしたら良いか、判断を仰いでいるようだ。
「羽賀、説明して」
私は言った。すると羽賀は、恐る恐る口を開いた。
「龍の呪いの正体。それはこの村に充満している匂いです」
「でも、私は何も感じないけれど」
「はい。私も感じません。しかしこの村には、人間が感知出来ない匂いが充満しています。その匂いを長期間嗅ぎ続けると、人間は中毒状態になります。中毒状態になった者が村を離れると、その匂いが嗅げなくなり、禁断症状が発症する。これが龍の呪いです」
つまり、私の夫はその禁断症状が発生して自殺した、ということか。この村に帰りたい、帰りたい呟いていたのも、これなら納得できる。私の夫は、無意識に匂いを求めていたのだ。
「でも、それと龍堂に何の関係が?」
「匂いは村の土や草木から発生している訳ではありません。私は発生源を辿る為に、匂いが強くなっていく方向へ向かいました。するとやがて、龍堂家に辿り着いたのです」
「つまり、匂いの発生源は龍堂家ってこと?」
私が尋ねると、ふふ、と声が響いた。振り向くと、龍堂はより一層不気味に微笑んでいた。
「正確には、龍人よ」
そして龍堂は、羽賀の説明に補足を入れたのだった。
「そうか。龍人は龍に力を与えられた。これはつまり、その匂いを与えられたということだったのね」
私がそう言った瞬間だった。唐突に大地が揺れ始める。
「地震ですっ!」
羽賀が叫んだ。かなり大きい。私が乗っていた車が、左右にグラングランと揺れる。横転してしまうのではないかと、危惧してしまう程だ。
やがて揺れは止まった。羽賀と龍堂はあまりの揺れに座り込んでしまっていた。羽賀は車の真横に座っていたから、横転していたら危なかったかも知れない。
「うふふ」
龍堂は立ち上がりながら、不気味に笑った。
「あはははははははっ!」
そして高笑いをした。私たちはその様子をただ呆然と見ている。そんな私たちを、龍堂は横目で見た。
「龍人の力は、匂いだけじゃないんだから」
そう、不気味に言うのだった。
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