第1話

「良し。とりあえず一区切りかな」


 俺は部屋中にある折り畳まれた段ボールを見て、そう呟いた。そしてベランダに続く窓から外の様子を見る。もう日が暮れていた。


 リビングにあるテーブルには写真が立てかけられている。俺はその写真を見る。写真には俺と母と、そして父が写っている。


「父さん、絶対に仇を討ってやるからな」


 俺は目を閉じる。そして此処ここに引っ越した理由を思い出す。


 二年前。東京に住んでいた久遠くおん家。その世帯主であった久遠 ひろし。父は刑事でもあり、訳あって此処に調査に向かった。


 やがて調査が終わって父が帰ってきた。それから父の様子が徐々におかしくなっていった。此処に帰らなきゃ、帰らなきゃと呻くようになり、やがて自殺してしまったのである。


 そしてある日。母が私に真剣な面持ちで話しかけてきた。


『あんたの友達だった相楽さがら たかし君。お父さんが自殺する前に、調査に行った場所に帰省したでしょ? 実はお父さんが調査しに行った日よりずっと前に、相楽一家が行方不明になっていたみたいなの』


 母はそして詳細を語った。母の東子とうこは記者である。彼女の情報網から、相楽家の行方不明事件を知ったらしい。


『私ね、あそこには何かあると思うの』


 そう言って母は力強い目で俺を見た。


『二人で、お父さんの死の真相を調査しない?』


 俺は刑事と記者の血を受け継いでいる。父の怪死に友人の失踪。謎がその血を存分にたぎらせる。


『ああ、分かった』


 俺は母の提案を承諾。此処、黒鱗こくりん村の付近に引っ越して来たという訳だ。



 引っ越しの後片付けを終えた俺は、付近のコンビニへ向かうことにした。


 部屋を出て廊下を進み、エレベーターのスイッチを押した。間も無くドアが開いたので中に入った。一階のボタンを押すとドアが閉まって、下に移動し始める。


 エレベーター内は薄暗くて不気味だ。背面にある大きな鏡が、何だか気になる。


 エレベーターが停まる。そしてドアが開く。そこには女性が一人立っている。腰付近まで伸びている長い黒髪。白のワンピース。そして熊のぬいぐるみの胴まわりを片手で鷲掴みしていた。


 そしてその女性はエレベーター内に入り、閉じるボタンを押下。すぐにドアが閉まり、再度下に移動し始める。


 なんて不気味な奴が乗って来たのだろう。よく見ると肌も真っ白だ。動揺の所為かも知れないが、その肌の白さがあまりにも不自然に思える。


 本当に血が通っているのだろうか。


 俺は見ているのも嫌になって、真横に顔を逸らした。真後ろでないのは、鏡があるからだ。


 やがてエレベーターは一階に着く。俺は少しホッとした。でも彼女から距離を置こうと、少し遅れて降りることにした。


 ドアが開いた。俺は彼女が降りるのを確認する為に、鏡越しに見た。


「……ひっ」


 鏡越しに彼女と目が合う。彼女はエレベーターから降りる最中で、しかし顔をこちらに向けていたのだ。


 目が合ったのは束の間だった。彼女はすぐにマンションの出入り口のドアへ進み、やがて姿を消した。


「……笑ってたよな」


 鏡越しに見た彼女は、確かに笑っていたのだった。

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