鉄路2,400キロ!! 「奥の細道」を巡る旅
新庄皓裕
プロローグ
――そうだ、「奥の細道」を鉄道を使って巡礼しよう――
そう思い立ったのは、今年(令和2年)の5月のことです。
大学の講義はオンライン、不要不急の外出は周りからの視線が気になる......
そんな、コロナ騒動で自粛を強いられている中でした。
私は旅に出るのが好きです。
しかし、コロナ騒動で旅に出るのは憚られる......
仕方なく時刻表を眺めながら、「情勢が落ち着いたらどこに行こうか」と気を紛らしていました。
そんな折、目に入ってきたのが「陸羽西線(奥の細道最上川ライン)」という文字列でした。陸羽西線は山形の新庄駅から日本海側の余目駅を結ぶ路線です。陸羽西線というくらいなので陸羽東線も存在します。こちらも、陸羽西線と同様に「奥の細道湯けむりライン」という愛称がついています。これらの愛称は公募によって決ったものだそうですが、それだけ沿線の風景が豊かなのだと推測されます。
「乗ってみたい。」
そう思うと共に、
「折角『奥の細道』を冠する路線に乗りに行くならこの際、芭蕉が『奥の細道』で辿ったルートを鉄道で巡礼してしまおう。」
そうも思ったのです。
幸いにも日本の鉄道路線は、かつての街道に沿って整備されていることが多いのです。東海道本線はその例の筆頭です。
鉄道を使って「奥の細道」の行程に即した旅をすることが出来るのではないか。
そう考えたのです。
思い立ったが吉日、芭蕉の「奥の細道」を少しずつ読み解いていきました。
読み進めていく中で感心したことは、“旅に命をかけていた”芭蕉さんの情熱です。
「命をかける」というと少々大げさに聞こえるかもしれません。
しかし、実際の芭蕉さんの行程の中には、途中で命に危険をきたすような難所もあったのです。それも一カ所ではありません。
そのような旅は、到底現代の我々には真似することができません。
しかし幸運なことに、現代の土木技術を持ってすれば、かつての難所をいとも簡単に通れるようになっています。旅自体に命をかけることなんて到底できない現代の我々でも、芭蕉さんの訪れた地を比較的容易に巡礼することができる世の中なのです。
コロナ騒動が続き、海外への渡航は制限がかかっている現在(令和2年8月現在)、逆に日本国内の素晴らしさを見直すには良い機会でもあります。
「かつて芭蕉が訪れた日本の素晴らしい景色を訪れたい――
――そしてその様子を読者の皆さんにも可能な限り追体験してもらいたい」
そのようなコンセプトでこの紀行文を執筆していこうと思います。
コロナ騒動が続く中での長期間にわたる旅行。
懸念を抱く読者の方もおいでになるかもしれません。
しかし、このウイルスへの感染者をゼロに収束させることは至難の業であり、その間に観光業に従事する方々が深刻な経済的損失を受けていることもまた事実なのであります。
ウイルスへのワクチンが完成する頃には、日本の観光業は軒並み倒産しているかもしれません。
それを防ぐためにこそ、
「旅や旅行の良さを余すところなく発信し、観光業を少しでも応援する」
ということも必要だと考えます。
「感染は怖い」
しかし一生引きこもって家で過ごすということは人間の生き方に反しているのではないでしょうか。
その発想のもと、効果的な感染対策について、免疫学の専門家の方にも伺いつつ、感染リスクをできるだけ減らした上で「奥の細道」の旅を決行することにいたしました。
今回は時間の都合上、「奥の細道」で取り上げられたすべての場所で立ち止まることはできませんが、最大限、日本の美しさを発信していこうと思います。
動画や写真と違って、見た物を文章だけで表現するのは難しいことです。
勿論、最大限表現していく所存ではありますが、文章を追うのが億劫になるという方もおいでになることと思います。
しかし、安心してください。
今回の旅の様子はYouTubeにも動画作品としてアップロードしております。
ぜひ、動画の方でも気軽に見ていただければ幸いです。
「白衣鉄道 奥の細道」などと調べていただければ動画が出て参ります。
それでは、前置きが一通り済んだところで、私もソゾロガミに取り憑かれたように、そろそろ前途2400kmにわたる旅をはじめていきたいと思います。
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