第2話 追放

「…………」


 ……どうするか……。


 宿に戻った俺達の誰も口を開かない。

 さっきの国王様の依頼、四天王の討伐。

 この意味の重大さ、そして難易度は今までの依頼を大きく超えている。


 俺達がパーティーで討伐出来る最強の魔物は、ドラゴンだ。

 ドラゴンまでなら、アレトを同行させても無傷で討伐することが出来る。


 だが、魔王軍四天王の実力はドラゴンを遥かに凌ぐ。

 特に四天王クアラバッハは、ドラゴンを使役するドラゴンライダーとして有名だ。



 そんな奴が、最初の敵……。



「……はっきりと言う。今回ばかりは、アレトを守りながら戦うのは無理。不可能だ」

「…………っ」


 アレトの顔が悔しそうに歪む。

 こればっかりは、隠しようのない事実だ。


「……は、はは。ごめんね、僕が弱いばっかりに……僕が強ければ、みんなと一緒に戦えるのになぁ……」


 …………。


「ぼ、僕、自分の部屋に戻るね」


 アレト……。


 部屋に残った俺達は、アレトの顔を見て同じことを感じていた。


「リーダー。アレトの奴、隠れてついて来る気満々だぜ」

「……ああ、分かってる」


 アレトは昔からそうだ。

 初めてドラゴンの討伐に行く時も、置いていったのに隠れてついて来た。しかも、一度や二度じゃない。



 理由は一つ。

 アレトは、怖いんだ。



 自分が置いていかれて、知らない間に、俺達が死ぬ事が。


 その気持ち、分かる。

 俺も、自分の目の届かない場所で、知らない場所で、知らない間にメンバーの誰かが死んだらと思うと……痛みと絶望で発狂するだろう。



 アレトは、それを怖がっている。

 だから無理をしてでも、俺達の側にいたがるんだ。



 だが……今回はそんなことをされちゃ、洒落にならない。俺達が死ねば、下手すると国……いや、世界が滅亡しかねない。


「どうするの、リーダー?」

「国王陛下の手を借りて王城に捕らえるとしても、アレト君は絶対抜け出します。過去にもあったように」


 ……リレーナの言う通り、一度は国王陛下にアイツを頼んだが、それでも王城を抜け出して俺達について来た事がある。


 だからと言って、アレトを鎖に繋いで監禁する訳にはいかない。

 理由は分からない。

 だけど、俺の本能が、そう言っている。



 なら……。



「……悪い、みんな。アレトに関しては俺に任せてくれ」

「……頼んだぜ、リーダー」

「あんたが決めることなら、ついて行くわ」

「何かあったら、相談して下さいね」



 みんなが俺に声をかけ、部屋を出て行く。

 誰もいなくなった部屋は、異様なまでに静かで……まるで、世界に俺だけが生き残ってるかのような錯覚を覚える。


 腰掛けている椅子の背もたれに寄りかかり、天井を見上げる。


 仲間を失いたくない。

 それは、誰しもが思ってることだろう。

 俺だって、失いたくない。

 死んで欲しくない。

 死にたくない。

 いつまでも生きて、生きて……ずっと、みんなと一緒に笑って行きたい。



 それでも、このハンターという職に就いてるのは……俺には、やるべき事があるからだ。

 そのやるべき事がなんなのか……分からない。

 ただ、俺の潜在意識が、ハンターであることを望み、そして生き延びろと叫んでいる。



 だから俺はハンターを辞めない。

 だが……それをみんなに……アレトに強制するのは、間違っている。



 …………。



 アレトの心に巣食う、仲間に死んで欲しくないという、恐怖心。


 それを無くす、唯一の手段。


 心臓の当たりを握り締め、目を閉じ、心臓に鍵を掛ける。


 …………。



「……よし……気張れよ、俺」



 俺は部屋を出ると、アレト用に取っていた部屋へ向かう。

 軽くノックして声を掛けると、アレトが心配そうな顔で出て来た。


「せ、セト兄さん、どうしたの?」

「……アレト、散歩行かないか?」

「え? ……うん、少し待ってて」


 アレトは部屋の中に戻ると、いつもの自分の鞄だけを持って出て来た。

 そんなアレトを伴い宿を出て、街を歩く。


「…………」

「…………」


 会話は、ない。

 俺の空気を察して、アレトも何も言わずについて来る。


 街の喧騒も、今の俺の耳には届かない。

 でも……そんな声がうるさく、煩わしく思い……気が付くと、俺は王都を出て荒野を歩いていた。


 既に日が傾き、茜色の夕日が俺達を燃やすように照らしている。


「……兄さん、こんな所までどうしたの?」

「……アレト、今回お前は連れていかない。分かってるな?」

「っ……わ、分かってるよ」


 顔は真っ直ぐに。でも目は背けるアレト。


 ……アレトは、本当に分かりやすい。

 嘘なのが見え見えだぞ。


 荒野の真ん中で振り返り、アレトを見る。


 俺の胸の当たりまでしかない身長。

 可愛らしく、幼い顔付き。

 猫のように柔らかいくせっ毛。


 誰よりも優しく。

 誰よりも仲間を想う……俺の、大切な仲間。



 そんな彼を、俺は、死なせたくない。



 俺は目を閉じ、自分の心臓に鍵を掛け直し……感情のない目で、アレトを見る。


「アレト・バンス。これは俺の独断だ。あいつらは関係なく……俺の思いを……お前に伝える」

「は、はいっ!?」




「今日をもって、お前をクビにする」




「──ぇ……?」


 アレトの目が見開かれる。

 そんなアレトを見ても、俺の心は揺らがない。


「今までご苦労だった。金は出す。どこにでも好きな場所へ行け」

「ま、待って……待ってよセト兄さん!」

「兄さんと呼ぶのは止めろッ!」


 俺は炎龍剣エクスと、星龍剣アークを召喚してアレトへ向ける。


 明らかに、俺から向けられた敵意。

 アレトの目に、絶望と失望の色が浮かんだ。




「お前のその甘ったれた態度にうんざりしていた」


 ──そんなことはない。


「お前の弱さに辟易していた」


 ──そんな訳ないだろう。


「俺達の強さに寄生し、それを当たり前とするお前に嫌気がさした」


 ──違う。アレトの力は俺達に必要だ。


「自分勝手で、弱く、俺達の手間を増やす存在。それがお前だ」


 ──自分勝手でいい、弱くていい。


「そんなお前が……!」


 ──言うな……言え……言うな……言え!




「ずっと……大っ嫌いだったよ!!!!」




 …………。


 俺も、アレトも、何も言わない。


 無人の荒野に吹く冷たい風が、俺の肌を撫でる。


 俺は今、どんな顔をしている?

 無表情を保てているか?

 嘲笑っているか?

 憎しみに歪んでいるか?

 悲しみに泣いているか?


 その答えは分からない。


 でも……俺からの完全な拒絶の言葉に、アレトの目から、一筋の涙が零れるのが見えた。


「…………僕は……僕、は……っ!」


 アレトが、俺の横を通り抜けて走り去る。


 王都とは正反対。

 俺達から、逃げるように。



 あぁ、アレト……生きてくれ。生き延びてくれ。


 俺のことを嫌ってもいい。

 俺のことを呪ってもいい。


 恨まれてもいい、憎まれてもいい。



 ──ただ君が生きていてくれるなら。

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