第5話:皇太子

 さっきから熱い視線を感じて鳥肌が立っている。

 俺は今日ほど美少女に生まれた事を後悔した日はない。

 前世では美少年美少女を羨んだこともあるが、性同一性障害の人は、毎日これほどおぞましい気持ちに耐えていたのだと、初めて知った。

 相手が皇太子でなければ、徹底的にぶちのめして、二度と俺の事を見る気にならないようにしてやるのだが、大勢の近衛騎士の前ではそれもできない。


「そなたが私の婚約者のカトリーヌか?

 苦しゅうない、もっとちこうよれ」


 うんがぁあぁぁあぁ!

 気持ち悪すぎで吐き気がする、問答無用で殴りたい。

 相手が同じ八歳のいたいけない少年でも関係ない!

 皇太子が近くの来いと言えば、行かなければいけいなだろうが、嫌だ。

 絶対に嫌だから、遠慮するフリをする。

 全部俺を男の心のまま女に転生させた糞神のせいだ、この恨みは必ず晴らす!


「いえ、私ごとき身分のモノが御側近くに行くなど畏れ多い事です。

 どうか皇太子殿下のお力で、身分卑しい私との婚約を解消してください」


 うんがぁあぁぁあぁ!

 普段女言葉を使うことには何とか抵抗がなくなって来たが、俺の事を恋する眼で見たり、邪悪な欲望で見てくる連中には、虫唾が走るのだよ。

 特に邪悪な眼で見てくる獣心の男は、ぶち殺してやりたいと思うのだ。

 言葉巧みに近寄ってきて、子供を可愛がるように見せかけて、幼い子を撫でまわして欲望を満たそうとする者には、本気で殺意を覚えるのだよ。

 まあ、実際は、魔蟲を飛ばして失明させるだけにとどめているがな!


「何を言いだすのだ、私の愛する婚約者カトリーヌ嬢。

 カトリーヌ嬢との婚約は、皇帝陛下も承認されたことなのだ。

 私の一存で解消できるような事ではない。

 それ以前に、私はカトリーヌ嬢の事を愛しているんだよ」


 うんがぁあぁぁあぁ、気持ちが悪すぎる!

 こましゃくれたエロ餓鬼が、妙に知恵がついているようで、とても八歳とは思えん受け答えをしやがる、まさか俺と同じ転生者か?

 だとしたら迂闊な事はできん、下手な攻撃をしたら逆撃される。

 まあ、俺と同じ知識と経験をしていた転生者でなければ、負けるとは思えないし、そんな者はいないと思うが、油断するわけにはいかない。


 いかん、さっきから元自衛官とは思えない思考をしてしまっている。

 この世界の常識を優先して、元の世界の倫理観は忘れると覚悟は決めたが、先祖代々守って来たと曽祖父が言っていた、男の尊厳だけは守らなければいけない。

 泣き喚いたり罵りの言葉を口にするのは恥ずかし事だ。

 全ては心の中だけに納め、漢として生きていくのだ、女だけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る