第78話 精霊戦争


 ブラウニー達の働きっぷりをじっくりと見学し……その翌日は睡眠時間を正すことに使い、翌々日。


 キャロラディッシュは暖炉の間にて、ロッキングチェアに深く腰掛けて揺らし、かなり古い石の鏃を手にしながら精霊についてをソフィアとマリィに語り聞かせていた。


「人々が精霊……妖精のような存在に気付くきっかけとなったのが、以前見たクロムレックや、この石の鏃だ。

 井戸を作ろうとして地面を掘るとこういった石器が出土する訳だが、それを見て人々は混乱することになった。

 我々の中に石の鏃を使う者などいないのに、鏃と言えば鉄なのにどうしてこんなものが出土するのか? と。

 クロムレックも同様に、こんな石を並べて何の意味があるのかと混乱するのかと悩むようになり……そうして人々は石の鏃を使う精霊という存在が身近にいると、そういう答えを導き出したのだ。

 勿論今の時代の我々はこれがかつての古代文明……石器時代の人々の遺物だと知っている訳だが、当時の人々はそれを知らず、まさかそんな時代があったなどと考えが及ばず……そう考える他に無かったという訳だな。

 そうして魔術的な方法で調べてみたなら、本当に精霊がそこに存在し、我らの日々の中に溶け込んでいて……重ね世界という別世界の存在もあって人々は精霊が何者であるのか、どういった存在であるのかを理解し、その存在を改めて認めたという訳だ」


 そう言ってキャロラディッシュは手にしていた鏃を、側で話を聞いていたソフィアの手の上にそっと乗せる。

 

 順番に観察するように。


 そう言いたげなキャロラディッシュに対して頷き、じっくりと鏃を見て……そうしてからマリィに渡し、マリィもまたその鏃をじっと見つめる。


 その姿を静かに見守ったキャロラディッシュは、観察が一通りに終わったのを見て頷いて……言葉を続ける。


「勿論中にはそれを頑なに認めない連中もいて……それが今日の邪教勢力となった訳だが、それにもまた相応の理由があった。

 その理由こそが害なる精霊……エルフ達となる。

 ある重ね世界の住人であるエルフ達はいたずら好きで、その上不死の存在でもあり……生命の大切さを理解することが出来ない存在だった。

 それがゆえにエルフショット……石鏃の矢でもっていたずらにこちらの人々を襲撃し始めたのだ。

 魔術とはまた異なる魔力的な業……魔法で姿を隠し、矢の存在まで隠し、傷跡まで隠し、人々を次々に殺害。

 何故そんなことをするのかと言えば驚き惑う人々の姿を見たかったというたったそれだけの理由で……傷跡も無く病気でも無く、突然死が繰り返される現状に人々はパニックに陥ることになった。

 当然各国で調査が進むことになり……その原因がエルフを始めとする害なる精霊だと判明したことにより起こったのが精霊戦争という訳だ」


 精霊戦争、かつてこの世界全土で巻き起こった戦争で……人々は害なる精霊と戦うことになった。


 はるか東の国では角のある食人精霊との戦いが起こり、西の大陸では人よりも何よりも、人々を愛する乱神が激怒し、大陸全土に凄まじいまでの破壊の傷跡を残した。


 キャロラディッシュ達が住まうこの島でも、善なる精霊より聖剣を与えられた勇者が率いる聖なる戦士達が奮戦し……隣の島ではアースター、フェニアンと呼ばれる戦士達が奮戦した。


 大陸でもヴァースと名乗る神の戦士達や、ノルドの一族、古き英雄の王ベーオウルフが戦い……結果、最後の最後まで悪びれることなくイタズラくらいで何を怒っているんだという態度を崩さなかったエルフ達は……害なる精霊達は駆逐されることになった。


「不死の存在をどうやって駆逐したのかという疑問に対する答えは、その存在を正しく理解することにあった。

 何処にいるのか分からない、どんな姿をしているか分からない、どんな魔法を使っているか分からないから彼らは何者にも……老いにも病にも飢えにも乾きにも害されず、不死の存在だった訳だ。

 その存在が看破され、そこにいると見破られて、魔法を打ち破る方法が確立し……聖なる魔力や精霊の力を宿した剣を突き立てられたなら……血を流しながら息絶えたそうだ。

 そうして戦いが終わり世界が平和になるかと思いきや……その戦いによって巻き起こった治安の悪化や人々が抱える不安に付け込む連中が……邪教徒共が現れた。

 また害なる精霊が現れるかも、また戦争になるかもと、そんな不安を煽る言葉でもって連中は勢力を広げていって……結果が今の状況という訳だな。

 精霊戦争の是非については……色々な意見があるとは思うが、結局の所儂らは重ね世界とも、隣人達とも一緒に暮らしていくしかないこの世界に生きておるのだから、何処かで妥協点を見つけるべきだったと、儂はそう考えておる。

 駆逐までする必要は無かった、対話を模索すべきだったというのは……エルフ達の恐怖を知らぬ今の時代を生きる儂らだからこそ言えることなのかもしれんが……それでもエルフという存在や、魔法や文化がこの世界から失われたことは大きな痛手だったと言えよう」


 何より最悪なのがエルフが元々いた重ね世界との関係がこれ以上無い程に悪化したことで……その世界との行き来が再び可能になった時には、何らかのトラブルが……向こうの世界にいるエルフ達が、悪意をもってこちらにやってくる可能性が高い、という話はあえてせずに伏せるキャロラディッシュ。


 そんな話をしてもただ不安にさせるだけだとキャロラディッシュは……大きな咳払いを一度し、空気を切り替えてから話を続ける。


「難しくとも共存に向けた努力をするのが何よりだろう。

 お互いのことを理解し、尊重し……お互いに譲れないものを守り合う。

 ブラウニーを始めとした人の家に住まう精霊達とは、こちらの生活を手伝ってくれるという、ブラウニー達の大きな譲歩のおかげで共存が成り立っている。

 そのことにただ甘えるのではなく、深く感謝し敬意を示し、しかし依存しすぎずに……距離感を保つのが大切なのだと儂は考えておる」


 そんなキャロラディッシュの言葉を受けて、ソフィアとマリィは同時に頷き……再び手元の鏃へと視線を落とす。


 これは果たして本当に石器時代の人々が作った鏃なのか、エルフが使っていた石鏃という可能性もあるのではないか?


 そんな事を考えながらソフィアとマリィは……暖炉を見て天井を見て、そこから聞こえてくる家鳴に聞き入って……自分達なりに様々なことを考え、複雑な思いに耽るのだった。

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