第77話 ブラウニー
ブラウニーは家に住み着く精霊の一種である。
家に住み着き、住人に気付かれないようにこっそりと様々な家事を行い……住人達の生活が少しでも良くなることを何よりの喜びとしている。
たくさんの人が住まう家が、賑やかな家が大好きで、だけれども恥ずかしがり屋で……家事をしてくれたからと直接的なお礼をしようとすると、すぐに逃げ出し屋敷からいなくなってしまう。
ブラウニーにお礼をする場合はさり気なく、ブラウニーに勘付かれないようにちょっとしたパンやミルク、ビスケットなどを部屋の隅に置いておくと良い。
するとブラウニーはこっそりと……人目の無い所でそれらを食べて、そうしてまた家事に励んでくれるのである。
キャロラディッシュの屋敷の場合は、キッチンの一画……いつも猫達が料理に励んでいるキッチンの隅の方に、小さなテーブルが置かれていて……それがブラウニー用の食卓となっている。
夕食が終わり、一日が終わり、キッチンの役目が終わった段階で……そこにパンとミルクを置いておくと、翌日には綺麗さっぱりと消え失せているのだ。
たまにビスケットやハニーケーキ、木の実や果物なんかを置いてやると……翌日からしばらく、ギシギシと普段よりも激しく家鳴が響き渡ることになる。
天井や柱、壁などが突然きしむ家鳴は、ブラウニーのような屋敷に住まう精霊達の仕業とされている。
彼らが人には見えない何処かを走った足音や、家事をしている音がその正体で……家鳴がある度に、ブラウニーのことを知っている住人は静かに、ブラウニーに勘付かれないように、口元を隠しながら微笑むのである。
ある日の深夜。
キッチンの隅に置かれたテーブルの上には、パンとミルクと、今日の昼間に焼いたばかりのアップルパイが置かれていて……窓から注ぎ込む月の光がそれらを照らす中、一つの影がすすすと……周囲を見回しながら、物音を立てないようにと足をゆっくりと滑らせながら、そのテーブルへと近づいていく。
茶色のどんぐり帽子にピンクの三編み、ぷにぷにとした頬のその影は、テーブルの側まで近づいたなら、手にしていた小さな3つの木箱を、そっとテーブルの近くに置いて……片手を振り上げ、まるで誰かに合図を出すような仕草を取る。
すると、同じく茶色のどんぐり帽子を被った青髪の男性ブラウニーと……紫髪の小さな子供ブラウニーが姿を見せて、その木箱の上に座り……ピンク髪のブラウニーと共に、月光に向かっての祈りを捧げてから、そっとパンへと手をのばす。
小さなパンを更に小さくちぎって三人で分けて、懐に忍ばせていた木製カップにミルクを注いで……ゆっくりと、物音を立てずに静かにそれらを飲んで食べて……ピンク髪のブラウニーは、そうしながらもちょくちょくと、紫髪のブラウニーの口元をその手で優しく拭いてあげている。
(……親子なのかな?)
(しっ! 静かに)
何処からかそんな囁き声が響いてくるが、ブラウニー一家はそれに気付くことなく食事を進めて……そうしてからテーブルの上のアップルパイにも手を伸ばす。
今日はどうしたことかご飯が豪華だな?
そんなことを考えているのか、不思議そうな表情をする青髪のブラウニーに対し、ピンク髪のブラウニーは、
何でも良いじゃないですか、こんなに美味しそうなのですから。
住人達が起きないうちに食べちゃいましょうよ。
なんてことを話しかけているのか、小さな口で小さく囁いて……そうしてから懐から出したナイフとフォークで持ってアップルパイを器用に切り分けていく。
綺麗に三等分し、仲良く笑顔で三人同時に食べて……甘酸っぱいその味がたまらなかったのか、頬を上気させて。
そうして完食したなら口元や服についたパイ生地を手でぱんぱんと叩いて払い……夢心地といった様子で、しばらくその味の余韻に浸る。
何分か、十数分かそうしたなら……さっと立ち上がり、椅子にしていた木箱を持ち上げて……一体何がどうなっているのか、その木箱から明らかに木箱よりも大きいホウキやチリトリ、雑巾やバケツなどを引っ張りだす。
そうしたならまずは、今自分達が散らかしたばかりの食べかすの掃除だ。
ホウキで払い集め、チリトリで拾い上げ……木箱の中へと流し込む。
それでゴミは何処かにいってしまって、木箱の中を覗き込んでも何処にも見当たらない。
まさしく重ね世界の技、精霊だからこそ出来る不思議で、理屈に合わない現象で……またも、何処かからか……
(わぁ、すごい!)
(魔力を感じなかったから、魔術じゃない……?)
なんて声が響いてくる。
しかしブラウニー達は掃除に夢中で、ホウキが奏でるシャッシャという音に夢中で、それに気付くことなく掃除を続けていく。
床をホウキで掃除したなら、雑巾を手にして、壁を歩きながら……まるで床を歩いているかのように、なんとも自然な形で歩きながら綺麗に拭き上げていく。
天井も同様に雑巾で……竈などから上がった煤を綺麗に拭き取り、拭き取った雑巾はバケツで洗い……天井に逆さまに張り付くバケツの中の水は、バケツの中にとどまったまま、下に落ちることなく、雑巾を綺麗にしていく。
普通そうやって雑巾を洗ったなら、バケツの中の水は黒く汚れるはずなのだが、どうしてなのかブラウニー達のバケツの中の水は汚れることはなく、いつまでも綺麗な状態を保っている。
もしそこから下に……こちらに垂れてきたなら、そのまま飲めてしまいそうな程に綺麗だが……。
(仮にそうなっても、決して飲んではいかんぞ。
精霊達の食べ物も水も、儂らにとっては毒なのだからな)
(はい!)
(分かりました!)
なんて会話がキッチンの何処かでなされる。
その声の主はキャロラディッシュとソフィア、マリィ達となっていて……キャロラディッシュ達は今、魔術によってその姿を消し、気配を断って……ブラウニー達の様子を見守っている。
どうしてもまた会いたい、またあの可愛らしい精霊と会ってみたい。
そんなソフィア達の希望を受けてキャロラディッシュが一肌脱いだ結果だった。
そんな風にキャロラディッシュ達に見られているとはつゆ知らず、ブラウニー達は懸命にキッチンの中を掃除していく。
キッチンが終わったら食堂、廊下や暖炉の間、居間も綺麗にして……寝室はキャロラディッシュ達が寝ているはずなので、夜のうちは手を出さない。
手を出すのは昼間の、キャロラディッシュ達が外出している時だけ……ブラウニー達はそんな風に、毎日毎日この屋敷の掃除に励んでいたのだ。
まさかその姿をキャロラディッシュ達に見られているとは気付くことなく……そうしてブラウニー達は夜明けが来るまで……朝食の支度をしようとする猫達が目覚め動き出すまで、一生懸命に掃除をし続けるのだった。
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