第71話 ジョセフという男


 しがない商人でしかなかったジョセフが、キャロラディッシュに気に入られたのは寡黙な男だったからだ。

 迂闊なことをしてしまったらしい前任者とは違って、余計なことを聞かず、言わず、外に漏らさず、淡々と仕事をこなすだけの男。


 それとジョセフが猫好きだったということもあってキャロラディッシュ家の御用商人という大任を仰せつかることになった。


 キャロラディッシュの屋敷に年数回、希望があればその都度、希望の品を運び……相応の金を受け取る。


 それ自体の儲けはとても少なく、それだけを見て御用商人なんて名ばかりだろうなんてことを言う輩もいたが……御用商人としてキャロラディッシュ名義で建てられた病院、学校、博物館などの施設に関する仕事が山のようにあり、数十人の従業員を雇わなければならない程に忙しく、忙しさに見合うだけの稼ぎを得ており……そうしてジョセフはすっかりと大商人といった貫禄を手に入れていた。


 その過程でジョセフは生まれつきの寡黙さを克服し、相応に饒舌になってもいたのだが、それでもキャロラディッシュがジョセフを雇い続けているのは、ジョセフが懸命な男でもあったからだろう。


 稼ごうと思えばもっと稼げるが、もう十分に稼いでいるからと欲を出さず、何かにつけて余計なことをせず、何かがあればすぐさまキャロラディッシュかビルにお伺いを立てる。


 猫が好きで好きでたまらず、喋る猫という、愛猫家として是非とも一緒に暮らしたい存在を前にしても、余計なことを言わず余計なことをせず……年に数回の機会にこれでもかと愛でるだけで満足もしている。


 本当は家に連れて帰りたいし、屋敷で飼っている猫達を喋れるようにして欲しいとも思っているのだが……それはどう考えても余計なことだと、ジョセフはぐっと我慢していた。


(余計なことをしないというのは最早我輩の人生哲学になりつつありますなぁ)


 そんなことを考えながら自慢のちょび髭を人差し指でちょんと撫でて……そうしてから屋敷の前に荷馬車を停めて御者台からそっと降り、馬達をねぎらい、車輪に輪留めをしっかりと噛ませる。


 そうこうしていると屋敷やその周囲から笑顔の猫達が「ジョセフさーん!」とそんな声を上げながら駆けてきて……ジョセフはその光景を見るなりふるふると身震いをする。


(ああ、猫だ、喋る猫だ。

 喋るだけじゃなくて二本の足で走ってもいる。

 それでいて猫らしさを失っておらず、確かに彼らは猫で……猫が、猫が喋っている!!)


 あまりのことに思考がまとまらず、堂々巡りをしてしまう。


 今すぐに駆け寄りたい、抱き上げたい、抱きしめたいと思いつつもジョセフは、それは余計なことだとぐっとこらえて……まずは馬達の馬具を外してやって、自由にしてやる。


 すると馬達は慣れた様子で牧場の方へと足を進めはじめ……一部の猫達がその世話をするぞと、馬の側へと駆け寄る。


 それ以外の猫達は荷馬車の方へと駆け寄ってきて……荷降ろしを手伝いますよと言わんばかりの表情をジョセフへと向けてくる。


 その光景をなんとも微笑ましく、何度見ても飽きない光景をじっくりと見やったジョセフは、荷馬車の荷台後方の戸を開けて、中から積荷を……猫達にも運べる軽く小さな積荷を一つずつ降ろし、猫達に手渡していく。


 その積み荷にはあらかじめどこに運べば良いのか……倉庫なのかキッチンなのか工房なのか、サンルームなのか、庭なのか、その用途に合わせての運び先が記してあり……猫達はそれを確認しながら手際よく積荷を運び始める。


 馬の世話や荷運びを手伝ったなら角砂糖をもらえる。

 別に手伝わなくてももらえるのだが、手伝ったなら何の後ろめたさもなく、気分よくあの甘味を楽しむことが出来る。


 そんな考えでもって猫達が懸命に働く中、ジョセフもまた猫達には任せられない大きく重い荷物を自ら運んでいく。


 とはいえ腰が抜ける程に重い品がある訳でもなく、疲れ果ててしまうような数がある訳でもなく、その作業は三往復ほどで完了となる。


 そうやって荷運びを終えたなら……猫達が待ちわびていたご褒美タイムだ。

 荷馬車の隅によけておいた上等な作りの木箱を手に取り……蓋をそっとあけて、これまた上等な薄紙包みを開く。


 するとその中には質の良い純白の、四角く固められた砂糖が詰まっており……それを一つ摘んでしゃがみこんだジョセフは、いつのまにかジョセフの前に行列を作り出している猫達に、一匹に一つだけ、決して二つ以上与えてしまわないようにとその顔と毛並みを覚えながら手渡していく。


 本来猫は甘味を必要としていない……というよりも、甘さを感じない生き物であるらしい。

 だがキャロラディッシュの魔術により、喋れるようになり色々なことを考えるようになると、甘味が欠かせなくなるのだそうで……その為、キャロラディッシュの屋敷の猫達は、ある程度の甘味を必要としているし、甘さを感じる事もできる。


(……必要な甘味は普段の食事で摂取しているそうですから、余計にあげる訳にはいきません。

 余計なことをしないよう、余計な甘味を与えてしまわないよう、気をつけませんとな)


 なんてことを考えながらジョセフは満面の笑みを浮かべながら角砂糖を手渡していく。


 すると猫達はジョセフ以上の満面の笑みを浮かべ、にゃぁんと甘い鳴き声を上げて……ジョセフに一言の礼をいってから、その角砂糖をお気に入りの場所で楽しもうと、屋敷や庭のそこかしこへと駆けていく。


(ああ、可愛い、愛らしい。

 抱きしめたい、連れて帰りたい……いやいや、いかんいかん。自重せねば自重せねば、欲を抑えば)


 そんなことを考えながら角砂糖を配り終えると、それを待っていてくれたのだろう、主であるキャロラディッシュ公が二人の少女を連れながら姿を見せて、こちらへとやってくる。


 それを受けてジョセフは、凄まじい勢いでさっと立ち上がり、居住まいを正した上で、キャロラディッシュ達へと挨拶の一礼をするのだった。

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