第48話 社会見学


 レストランでの食事を終えて、食後の茶を楽しみ……そうしてこれからどうするか、どう観光するかとキャロラディッシュとビルが話し合っていると、ソフィアがおずおずとした態度で声を上げる。


「あの、キャロット様……私、港の管理をしている所や、お役所にも行ってみたいです。

 あんなに大きな港と船の出入りをどう管理しているのかとか、こんなに賑やかな町や税の管理はどうしているとか、実際にこの目で見て学んでみたいんです」


 おずおずとしながらもその瞳には強い光が宿っていて……それを目にしたキャロラディッシュとビルはほぼ同時にこくりと頷く。


「確かにそういった場所であれば色々と学ぶことも多いだろう。

 ……折角屋敷の外に出たのだし、この機にそういった学びを得るのも良いかもしれんな」


 キャロラディッシュがそう言ってビルへと視線を送ると、すぐさまビルは立ち上がり、


「ソフィア様がそう望まれるのであれば、否と言える者はおりません。

 すぐさま手配いたします」


 と、そう言ってスーツを整え、髪を整えて……一人、スタスタとレストランの外へと歩いていく。


 その後ろ姿を何も言わずに見送ったキャロラディッシュは、手配が整うまではここで休ませてもらおうかとティーカップを手に取り、そっと口へと運ぶ。


 キャロラディッシュがそうやって寛ぎ、満腹となったヘンリーとアルバートがテーブルの下で丸くなってすやすやと眠る中……ソフィアとマリィは椅子にかけてあった鞄の中からノートを取り出し、特別にとキャロラディッシュが用意してくれた鉛筆を取り出し、学びの準備を整える。


 この島特産である黒鉛を使った作られたそれは、移動しながら、旅をしながら使うのにとても適していて……この旅の中でソフィアとマリィはすっかりとその書き味に魅了されてしまっていたのだ。


 とはいえ決して安いものではないので無駄に使うことは出来ない。

 落書きなどに使うのはもってのほか、魔術の研究や、二人にとって意味のある学びに使おうと決めていて……そして今まさにその時がやってきたという訳だ。


 その上ソフィアにとってはこれから学ぶ事柄は、将来自らが関わるかもしれない、自らが管理することになるかもしれない重大な事柄であり……ソフィアはいつも以上のやる気を漲らせながらぐっと鉛筆を握り込む。


 そんなソフィアの様子を片目で見やったキャロラディッシュは、誰にも聞こえないように「ふぅむ」と唸る。


 勉強をしようという態度、それ自体は悪いことではない。

 だがこういった町や税の管理などはビルやその後継者に任せておけば良いことであり……自分達のような人間が積極的に関わろうとするようなものではないものだ。


 積極的に関わろうとしたが最後、面倒事と面倒な人間が大挙して押し寄せてくるという厄介事と呼ぶにふさわしいことであり……再度小さく「ふぅむ」と唸ったキャロラディッシュは、どうしたものかと頭を悩ませる。


 折角ソフィア達がやる気になっているというのに、そんなことを言ってしまうのはどうにも憚られて……彼女たちのやる気に水を差したくなくて、キャロラディッシュは、喉から出かかっていた言葉を懸命に飲み込もうとする。


 全てはビル達に任せておけば良いだとか、面倒事にわざわざ首を突っ込むものではないだとか、そんなことは後で……旅が終わってからでも良いだろうと己を言い聞かせて、ぐっと言葉を飲み下して、言わなくても良い余計なことを言わないという、極普通のことをキャロラディッシュは、どうにかこうにか成功させる。


 そうしてキャロラディッシュは、ワクワクと楽しげに学びの機会を待つソフィアとマリィのことを見やりながら時を過ごし……それなりの時が流れた後に「手配が整いました」とそんな言葉を口にしながらビルが戻ってくる。


 すぐさま立ち上がり、鉛筆とノートを手に歩き始めるソフィアとマリィ。

 ヘンリーとアルバートは慌てて起き上がってそれを追いかけ……その後にキャロラディシュとビルが続く。


 まず一行が向かったのは、近くにある町役場だった。

 町の規模にふさわしい規模となっている、2階建てのその建物で働く職員達は、まさかの領主様御一行の訪問という名の監査が入ると聞いて戦々恐々とし、顔を青くしていたのだが……まっさきに鉛筆とノートを手にした少女達が駆けてきたのを見て、きょとんとした表情となる。


 監査にしては様子がおかしい。

 何故子供達が先頭を駆けているのか、ペットまで連れているのか。


 それから少女たちがあれこれと繰り出して来た、社会勉強と呼ぶに相応しい質問を受けて職員たちは……次第にその態度を柔らかくしていく。


 監査などではなかった、領主様のご息女の社会見学だった。

 全く一体誰が監査などと言い出したのか……と、職員達の気が緩んだその時。


 職員から様々な説明を受け、受けた説明を懸命にノートに書き込んでいるソフィアとマリィの背後から、二つの声が響いてくる。


「……ふむ?

 そんなことをこの町でしているなど、儂は全く聞いていなかったがな?

 一体いつの間に、誰が始めたのだ? まさか役所が先頭に立ってやっていることを報告しなかったのか?」


「……この書類、少し数字がおかしいですね。

 ざっと見て合計にズレがありますし、計算ミスにしては……どういうミスをしたらこの数字になるのやら。

 数学を知らない者による意図的なものでしょうか?」


 子供達の社会見学をニコニコとしながら、静かに見守っていたはずのキャロラディシュとビルの手には、何故だか書類の束が……ある職員が慌てて隠したはずの書類の束が握られていて、その職員は汗だくになりながら、隠し場所へと視線をやる。


 するとそこには子供達が連れて来たペット達の姿があり……運悪くペットにその場を荒らされてしまったと知った職員は、あまりのショックで血の気を一気に失って、そのまま卒倒してしまうのだった。

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