第46話 これからが……


 大タコが強かに打ち付けた痛みに悶える中、呪術から解放されて本来の姿に戻ったイカがするりと海を泳いでいく。


 本来の住処へと戻ろうとしているのだろう、海の中へと消えていくイカを見守ってからキャロラディッシュは杖を振るって、壊れかけていたスミのカーテンを完全に解除し、ビートへと向かって頷いて見せて、全てが終わったと伝える。

 

 するとビートは港町の人々に、そのことを伝える為にと駆け出していって……キャロラディッシュが静かにそれを見守る中、ソフィアとマリィ達は新たな仲間であるタコの側へと駆け寄っていき……ビルが渋い顔でキャロラディッシュの下へとやってくる。


「キャロラディッシュ様、あんな大タコを作ってしまわれて……一体どうするおつもりなのですか?」


 冷や汗で濡れてズレてしまったメガネを直しながらそう言ってくるビルに対し、キャロラディッシュは得意顔で言葉を返す。


「どうもこうもない。このままここに住まわせ、この港の守役とするだけのこと。

 奴が居る限りはこの港も安全だろうし、儂がいちいち呼び出されるということも無くなるだろう。

 次にまた呪術の被害者が出たなら、あのタコに拘束させて、どこぞの魔術師に解呪の魔術を使わせれば良い。

 ……まさに一石二鳥、これ以上無い案と言えよう」


「……そんなことをしてしまっては余計な注目を集めてしまうのでは……?」


「そんなことは知ったことではない。

 そもそもあの程度の相手に負ける国軍が悪いのだから連中も文句を言えまい。

 国軍が来たということは王宮の魔術師連中も来たのだろう? それで対処が出来んとは……解呪も排除すらも出来んでどうすると言うのだ。

 ……あの大タコを見て、あれを儂が作ったと聞いて、己の未熟さと下等さを思い知れば良いのだ。

 思い知り、打ちのめされながら儂が送った論文を慌てて確認する姿が目に浮かんでくるというもの……ああ、全く愉快愉快」


「……その点に関しては了解しました。

 次に気になる点として……あのタコ、食事についてはどうなっているのですか?

 あの大きさで海の中を食い荒らされたら漁獲量にかなりの影響が出るかと思うのですが?」


「それについても問題は無い。

 確かに食事量は増えることになるが、せいぜい元の二倍か三倍か、その程度で済むだろう。

 あの体の維持は魔力で行っているからな、海中の魔力を吸い集めておれば食事量にそれほどの影響はない。

 ……ただし、守役として何らかの魔物と戦わせた際には、町からの感謝の印として相応の食料を渡してやるようにと、さっきのビートに伝えておけ」


 キャロラディッシュのその言葉を、一字一句逃すことなくメモ帳に記したビルは……眼鏡を再度直しながら質問を投げかける。


「……ちなみに繁殖についてはどうなっていますか?

 あの大きさのタコが次々と増えたら大問題になる可能性があるのですが」


「それも問題は無い。

 あやつにかけた変化は、血によって引き継がぬ類のものだ、繁殖をしたとして子に受け継がれることはない。

 ……まぁ、そもそもあの大きさで繁殖が可能なのかという問題があるが……それはそれ、あやつが判断することだろう。

 魔力を吸うのをやめれば自然と身体が縮み、元のタコに戻ることが出来るからな」


 そう言ってキャロラディッシュは踵を返し、町の入口で待たせている馬車へと戻ろうとする。


 ……が、いつの間にやってきていたのか、護衛と馬車達がすぐ側までやってきていて……ビルの指示を受けるなり、近くにある白石造りの大きな建物……宿と思われる建物へと足を向けていく。


「問題が解消されたから、それですぐ帰れるというものではありませんよ。

 護衛は勿論のこと、馬達も休ませる必要がありますし、物資の積み込みもありますから、最低一日はここで宿を取る必要があります。

 ……何故『最低一日』なんて言い方をするのかと言いたげですので、あえてご説明いたしますが、キャロラディッシュ様はソフィア様とマリィ様に今回の旅は『旅行』であると、そう説明されたのでしょう?

 ならばまずは身体をゆっくりと休めて、それからお二人と共に遊覧し、お二人のレクリエイションに付き合う必要があるでしょう。

 ヘンリーとアルバートも新鮮な魚介を楽しみにしているようですし……領主としてのお役目が終わったこれからこそが、旅行の本番ということになります。

 そういう訳ですので最低一日……最大で一週間は滞在することを覚悟しておいてください」


 ビルにそう言われてキャロラディッシュは「ぐむぅ」と唸る。


 唸りながらタコのクラークの側に居るソフィア達の方へと視線を向けると、仲間と言うべきか一門と言うべきか……新たな家族となったクラークと、笑顔で握手を交わしているソフィア達の姿があり……その笑顔を見たキャロラディッシュは再度「ぐむぅ」と唸る。


 それを了承の合図として受け取ったらしいビルは、恭しい態度での一礼をし、宿の方へと足を向けて、宿の準備がしっかりと整っているかの確認をし始める。


 人の出入りの激しい港町だけあって立派な造りとなっているその宿は、ビルが今日の為にと前後一週間程を貸し切りとしており、寝具や食事の準備なども事前に手配してあり……手配通りに問題なく整っているはずなのだが、それでもビルは厳しい目でもって宿の中……隅々までと従業員の態度一つ一つを確かめていく。


 キャロラディッシュ一行が思う存分に旅行を楽しめるように。


 そんな想いを抱くビルにとってもこれからの一週間が本番といえるようで、素早く動きしっかりと宿の様子を確かめながら……眼鏡の奥でその瞳を強く輝かせるのだった。

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