第45話 大イカ
持てる魔力の大半を込めて、キャロラディッシュが発動させた魔術は、複数の目的を持つ、複数の魔術だった。
一つは大樹から何本もの枝を広げ、この場から海まで伸ばし、海の中にいるはずのある生き物を探索する魔術。
一つはその生き物に対し言葉ではなく魔力でもって語りかけ、協力と賛同を求める魔術。
そしてもう一つはヘンリーやアルバートを今の状態に変化させた魔術であり……キャロラディッシュはその生き物を見つけて、賛同を得るなり、何の躊躇もなく最後の魔術を発動させる。
するとその生き物は確かな意思と知能と、海で暴れるイカにも負けない程の大きな身体を、魔力で膨れ上がらせることで獲得し……イカのすぐ側に海をかきわけながら出現する。
まず見えたのがいくつもの吸盤を構えた何本もの大足で、次に見えたのがその胴体で……そうして大きなタコがイカへと襲いかかる。
「お、おおおお!? おおおおおお!?」
その光景を見て最初に声を上げたのは、この町の代表者たるビートだった。
何某かの魔術でもって、一撃でイカを粉砕してくれることを期待していたビートは、まさかの二体目の化け物の出現に困惑する。
更に町の人々も……それぞれの家の窓から様子を見守っていた人々からも困惑の声が上がり……ソフィアとマリィとビルが目を丸くして驚き、ヘンリーが大きなため息を吐き出し、アルバートが自分もあの戦場で戦ってみたいと震える中、得意顔のキャロラディッシュへとシーがため息混じりの声をかける。
「えっと……アレは一体どういうつもりなんだい?
海を荒らす化け物を増やしちゃってどうするのさ? ああやってお互いを食わせ合うのかい?
それはなんというか……あまり良い趣味だとは言えないと思うんだけどね……」
その声に対しキャロラディッシュは、得意顔のまま杖を振り上げたまま言葉を返す。
「よりにもよって呪術の被害者であるお前がそんなことを言うとはな。
……ここでお前が口にすべきはあのイカも自分のように助けてやってくれと、そんな言葉ではないのか?
まぁ良い……文句を言いたいのであればことが終わってからにするが良い」
そう言ってキャロラディッシュは、護衛を馬車の側に待機させ、ソフィアとマリィの方へと見やり……ソフィアとマリィと、彼女たちを守らんとするヘンリー、アルバート、ビルを引き連れて港の方へと足を進める。
すると声を上げながら呆然としていたビートがそれに続き……憮然としていたシーも仕方ないかといった態度でそれに続いて……そうしてキャロラディッシュを先頭にした一行は、大タコと大イカがやり合う轟音と、水しぶきが全身にぶつかってくるすぐそこまで足を進める。
「……タコと呼ぶ訳にはいかんか。
そうだな……お前のことはクラークとでも呼ぶことにするか。
クラーク! そのイカをなんとしてでも抑え込め! その多脚と儂の魔力があれば出来るはずだ!」
水しぶきを浴びながらキャロラディッシュがそう言うと、一体何処から声を出しているのか、イカと格闘中の大ダコが大きな声を返してくる。
『お、抑え込めだなんて簡単に言ってくれますがね!?
こいつ理性がない分容赦が無いんスよ! 今も海の中で噛み付いてきてるし、そう簡単にはいかないッスよ!!』
「先程も伝えたがそやつは邪教の連中に操られているに過ぎん!
被害者でもあるそやつを殺してしまっては、この地に深い怨恨を残すことになるだろう!
そうなれば人にとっても海に住まう者達にとっても害があるばかりで良いことは一つも無い!
お主がそやつを鎮め次第に解呪の魔術を使ってやるから……さっさとそやつを鎮めい!!」
『だぁもう! いくら優れた知性をもらえるからって、アンタの誘いになんか乗らなければ良かったッスよ!
そもそも人間はオレ達の狩りの邪魔ばかりする―――』
「そんなに儂の魔力が気に食わんなら今すぐ与えた魔力を回収して、知性もその身体も何もかも、元通りにしてやっても良いのだぞ!」
『―――これだから人間はぁ!?
わーかったッスよ、やりますよ! やれば良いんでしょう!』
と、そう言ってクラークと名付けられた大ダコは、ぎしりとその脚をきしめながらその吸盤を大イカの身体と脚と、石積みの港へと張り付けて、強引に大イカの身体を拘束する。
『ぐぎぎぎぎ……ど、どうッスか! やってやったッスよ!
そ、そう長くは持たないッスから、は、早く解呪を……!』
「……クラークよ、物のついでだ、その体内に秘めたスミを全て吐き出せい。
そのスミが無いと解呪の魔術が使えんのでな」
『は、はぁぁ!?
吐き出せって簡単に言ってくれますがね!? アレは結構な体力を使うんスよ!?』
「そんなことは分かっておるからさっさとせい!」
そうキャロラディッシュに一括されて、クラークは仕方無しに漆黒のスミを一気に吐き出す。
するとキャロラディッシュの魔術が吐き出されたスミを一滴乗らずつかみ取り……そのスミでもって漆黒のカーテンを作り出す。
作り出したカーテンで周囲一帯を包み込み、ビートを含めた外からの視線の一切を遮って、そうしてからキャロラディッシュはソフィアとマリィへと視線を移し、二人に呪いすらも癒す、癒しの魔術を使うようにと促す。
事の次第を見守りながら覚悟を決めて、しっかりと準備を整えていたソフィアとマリィは、すぐさまに頷き、ビルとヘンリーとアルバートと、それとシーに守られながらイカへと近付き……その身にそっと振れて、シーの時と同様の魔術を発動させる。
『ま、ま、ま、まだッスか!?
きゅ、吸盤が限界なのもあるっすが、この石の地面……つ、造りが脆くていつまでもイカ野郎を押さえつけられそうにないっすよ!?
ああもう、人間はこれだから!? どうせならもっと頑丈に作れば良いのに!?』
大イカの身体が大きいせいなのか、それとも奪った命の数が多いせいで呪術がこびりついてしまっているのか……シーの時のように一瞬で癒すことは出来ず、ソフィアとマリィの表情に焦りの色が浮かぶ。
「……大丈夫、大丈夫だとも。
二人の魔術は順調に進んでおる。だからソフィア、マリィ、心を静かに、このイカを癒すだけ集中すれば良い。
クラーク! お主も黙って、ただ拘束だけをしておれば良い!!」
ソフィアとマリィには優しく、クラークには荒っぽい言葉をキャロラディッシュがかけて……その言葉に心をほぐし、小さな笑みを浮かべたソフィアとマリィは、一気に内なる魔力を放出する。
そうして柔らかな、暖かい光が周囲を包み込み……その光がスミのカーテンを溶かしていって……カーテンが解けて風に溶けて消え去ったのと同時に、大イカが本来の、イカらしい姿を取り戻す。
……そして。
『お、おぉぉぉぉ!?
い、イカ野郎がいきなりちっちゃく!?』
突然イカが小さくなってしまった為に、勢い余ったクラークは、その多脚でもって己の身体を……全力の力を込めた多脚でもって己の胴体や顔を、ばちんと強かに叩きつけてしまうのだった。
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