第27話 新たな論文


 重ね世界の見学に行き、ドラゴンと邂逅したあの日から三日が過ぎて……ソフィアとマリィは、キャロラディッシュが驚愕し、驚愕の果てに呆れ果てる程の成長を遂げていた。


 ソフィアはその若木を立派な成木へと成長させていて、つい先日大樹の魔術を教えたばかりのマリィさえもがその芽を立派な若木へと成長させてしまっていたのだ。


 当初は例の贈り物が影響しているのかと疑ったキャロラディッシュだったが、二人の魔術の出来具合を確かめ、二人といくつかの言葉を交わし、そして二人のその心の樹を観察することで、二人の成長のきっかけが重ね世界の見学にあったと気付くことになる。


 キャロラディッシュが重ね世界をその目にしたのは、かなりの年齢を重ねてからの、それ相応の実力を身に付けてからのことだった。

 しっかりと魔術を学び、研鑽を積んで、自らの魔術の力でもって見に行くことが伝統であり、常識であり、良いことであるとされていたからだ。


 ……しかしその伝統はどうやら間違っていたようだ。


 間違った常識や伝統で凝り固まる前の、柔軟で伸びやかな心でもって重ね世界と触れあえば、その豊かで万能で無限の可能性すら秘めている想像力でもって、こんな世界があるのではないか、あんな世界があるのではないか……こんな世界があったら良いな、あんな世界があったら良いなと、いくらでも空想を広げることが出来る。


 そうやって空想を広げるうちに、二人の心の世界には様々な可能性が……凝り固まったキャロラディッシュの心では産み出せない様々な可能性が産み出されていって……結果、心の世界が大きく広がり、広がった世界から心の大樹へと溢れんばかりの力が注ぎ込まれたのだ。


 二人が元々もっていた才能もあってのことなのだろうが……伝統破りを趣味として、心の底から楽しんでいる節のあるキャロラディッシュが見せたあの光景が、二人の成長のきっかけとなったことは、キャロラディッシュにとってとても喜ばしいことであった。


(ふっはっはっは、見たか協会の老害共め!

 お前達が信奉している古臭い伝統は、魔術の発展にとって全くの逆効果の、ボロ布程度の価値しかないことがここに証明された!

 そしてその伝統を打ち破ったのはこの儂と、儂の弟子であるあの二人というのがまた痛快よ!)


 そんなことを思い、心の世界の中で思う存分に大笑いし……凄まじい形相をしながら、これまた凄まじい勢いで持ってペンを走らせるキャロラディッシュ。


 いつものサンルームのいつもの机で、彼は伝統を否定するための新たな論文の執筆に精を出していた。


 この論文を送ったところで、国立魔術協会の重鎮達はまともに取り合わないことだろう。

 それどころか、よくもこんな論文を書けたものだとキャロラディッシュを公然と批判し、愚弄するに違いない。


(老害共め! 老害共め! 老害共め!!

 お前達がいくら否定した所で、ここにある新世代の芽吹きは止められんぞ!!

 それだけでなく反骨心溢れる若者達は、この論文に惹かれて協会の意に反しての実験をするに違いない!

 そうやって次々と伝統破りの若芽達が台頭してきたのを見て、ようやくお前達は慌てふためきながら現実を認めるのだろうな!!

 それとも死ぬまでその頭を凝り固まらせたままでいるか……? どちらにしても痛快この上ないわい!)


 キャロラディッシュもまた老害の類に分類されるであろう立場なのだが、そんなことなど知ったことかと都合の良い思考の転換をし、協会の重鎮達をやり込めたいが一心でペンを走らせ続けるキャロラディッシュ。


 そんなキャロラディッシュの背後には、サンルームの入り口のドアを少しだけ開き、その向こうからキャロラディッシュの背中をじっと見つめるいくつかの顔が並んでいた。


(わっるい顔してるな~~)


 と、ヘンリー。


(ああ、まったく、子ども達を放ったらかしで何をやっているのかしら)


 と、グレース。


(キャロット様はあのお年になっても、勉学をあんなにも楽しそうに……)


 と、ソフィア。


(きっとあの行為にもソフィア達をさらなる高みへと導くための、いくつもの策謀が仕込まれているに違いない!)


 と、アルバート。


(あ~……お婆ちゃんも森の皆に嫌がらせをするときは、あんな顔をしてたな~)


 と、マリィ。


 そんな彼女達の視線に気付きもしないまま、キャロラディッシュは凄まじい気迫を放ちながら、凄まじいペン音を立てながら、論文を書き上げていく。



 そうして日が沈み始めた頃、サンルーム内に響き渡っていたペンの音が止み、キャロラディッシュに握りしめられ、軋みを上げていたペンが開放されて、ペン立てにカタンと収まる。


 次にキャロラディッシュが大きなため息を吐き出す音が周囲に響き……仕上がった論文が一つの紙束としてまとめられて、大きな封筒の中へと収められていく。


「……ロビン! ロビンは居るか!」


 そうするなりサンルームと外を繋ぐ戸を開けて、大きな声を上げるキャロラディッシュ。


 『ロビン』との名前を耳にして、ソフィアとマリィが青みがかった灰色の体と赤橙色の顔と胸を持つ庭師の友ガーデナーズ・フレンドとも呼ばれるコマドリの姿を思い浮かべていると、


「チュリー!」

 

 との鳴き声の後に、ソフィア達が想像した通りの色合いをしたコマドリがばっさばっさとの大きな羽音と共に飛来する。


 サンルームを覗き込む形で地面に降り立つ、その姿を見るなりソフィアとマリィとアルバートが言葉を失っての驚愕の表情を浮かべたのは……その姿全く想定外の大きさだったからだろう。


 鷹や鷲をも悠に上回るその大きさは、完全にコマドリのそれではなく……その姿を初めてみるソフィア達は、これもキャロラディッシュの魔術の為せる技なのかと感嘆する。


「……これをリンディンのビルの下へと届けておくれ。

 届けさえすれば後はビルが処理をしてくれるだろう。

 無事に届けてきてくれたなら、望む餌を好きなだけ用意してやろうではないか」


 そう言いながら、革製の鞄へと封筒を詰め込んで、その鞄の持ち手を、コマドリの首にかけるキャロラディッシュ。


 するとコマドリは、再度「チュリー!」となんとも嬉しそうに鳴いて……そうしてバサリと飛び上がり、リンディンへと……この国の首都の方へと向かって飛び去るのだった。

 

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