九の宝〜明の巻

水を打ったような静寂が続く。

その場の誰もが、何をどう言えば良いのか分からない様子だった。


神の生まれ変わり……


転生人まわりびととは時代を超えて生まれ変わった者を指すらしい。

伊邪那美仄いざなみ ほのか天照大神あまてらすおおかみの転生人……

そして神武時空じんむ ときは神武天皇の転生人……

何なんだそれは……

あまりに荒唐無稽過ぎて、思考が追いつかない……

どの顔もそんな表情だった。


にわかには信じがたいが……」

ようやく口を開いたのは時空だった。

「つまりお前は、その饒速日命にぎはやひのみことを追ってこの時代に転生してきたというんだな」

一言一句確かめるかのような口振りだ。

「そして饒速日命は、八握剣やつかのつるぎを元の姿に戻すために俺を狙っていると……つまりあの赤角や異形たちはだと」

時空の言葉に仄は黙って頷いた。

「それじゃ、赤角が言ってた【あの方】というのは、そのだったんですか」

柚羽が驚いた顔のまま問いかける。

仄は肩をすくめて肯定の意を示した。


「確かにこれまでの状況から判断しても、話の辻褄は合うわね」

今度は尊がまじまじと仄の顔を眺めて言った。

「私も何故あいつらが、神鏡そのものを奪おうとしないのか不審に思ってたの。奴らは必ず時空を闘いの場に引っ張り出して奪おうとした……やはりなのね」

納得したように頷く尊。


「……かと言って、今お前が話した内容を全て信じる訳にはいかない。お前は俺たちの命を奪おうとしたんだからな」

時空は射るような視線を仄に向け言い放った。

校舎屋上や伊邪那美邸での死闘が脳裏に蘇る。

「あら、私はあなたたちを殺そうなんて思った事ないわよ」

仄は心外だと言わんばかりに両手を広げた。

「馬鹿言うな。お前は自分でもはっきり言ったじゃないか……お前の目的はだと」

声を荒げる時空に向かって、仄は面白そうに目を細めた。

「それはあなたの誤解。私はこう言った筈よ……目的はだと……」 

「何っ……一体どういう意味だ!?」

悪びれた様子もなく言ってのける仄に、時空は激しく詰め寄った。


その顔を暫し眺めた後、仄はおもむろに口を開いた。

「私は神武天皇が崩御ほうぎょした時、とむらいの意も込め天皇のみが八握剣の封印を解けるようにした。その時はまさか転生人が現れるなんて思わなかったから……でもあなたが生まれ出る事と、饒速日命がそれを利用しようとしている事を知って、私はある決意をしたの」

仄の瞳が再び妖しい光を放ち出す。

「八握剣を元の姿に戻す事はあなたにしかできない。この封印はたとえ神でも解く事はできない……かと言って饒速日命の計略を阻止する為、あなたの命を奪う訳にもいかない。そんな事をすれば、アイツの行なった悪行と同じ事になってしまう……ならば残された手段は一つしか無い」

一呼吸置く仄の真剣な眼差しに、時空は何かとんでもない言葉が飛び出すと確信した。


「それは……


痛いほど張り詰めた空気が周囲を覆った。

「剣そのものがこの世から無くなれば、あなたと剣の間にある継承者という関係性も無くなる。ひいては剣が饒速日命の手に渡る事も無く、あやつの野望も絶たれる」

そこまで一気に話すと、仄は皆の顔を見回した。

「つまりそれが、という意味だと……」 

静まり返った室内に尊の声が響く。

「八握剣を……!?」

そう呟くと、時空は無意識に神鏡を取り出した。

薄青く輝く鏡面をじっと見つめる。

「一体そんな事が……」

「できるわ」

いぶかしげな時空の顔を見た仄が言い放つ。

「そしてそれができるのは、この世でただ一人……唯一、剣と繋がりを持つあなただけ。あなたがある条件さえ満たせば、剣をこの世から抹消する事ができる」


「……条件?」

そう言って、時空は鋭い視線を向ける。

「剣の全ての力を使いこなせるようになる事……つまり、事よ」

「俺が……剣の支配者に……」

時空の目が大きく見開く。

継承者だけでも苦痛のタネだと言うのに、今度は支配者になれだと……

その言葉の重圧に、時空の胸中は激しく締めつけられた。

「そう。あなたが八握剣の能力を全て覚醒させた時、剣はあなたを主と認める。そして剣の生死すら操れる存在となる」

淡々と話す仄の目には寸分の迷いも無い。

それは真実を語る者の目だった。


「ひょっとして……お前はそのために!?」

突如、時空はハッとしたように顔を上げた。

それを見て頷く仄。

「そ。あなたが剣の力を引き出すには、あなた自身が成長しパワーアップする必要があった。そしてそれは闘いという極限の状況下でしか得られない。だから私はえてをし、あなたを挑発したの」

そう言って、仄は時空の顔を覗き込んだ。

「思惑通り、闘いの中であなたは目覚ましく成長した。八握剣の奥義も引き出した。あと少しで剣はあなたを支配者として認めるでしょう」

仄の瞳がキラリと輝く。

二人のやり取りに、その場の空気が張り詰める。

そこには、次第に明かされていく真相を聞き漏らすまいとする緊張感があった。


「それにしても、少し過激過ぎやしない?時空の傷はほとんど致命傷に近いし、加勢した私たちもかなりの深手を負ったわよ」

ふいに尊が憮然とした表情で抗議する。

他のメンバーもハッとした顔になり、ウンウンと首を振った。

「あら、それはごめんなさいね。力の覚醒は命ギリギリの状況じゃないと発動しないもんだから……それに神器の治癒力があるから、まあ死ぬ事は無いと思って」

あまりに呆気らかんと話すその様子に、さすがの尊もそれ以上はツッコめなかった。


「皆の神器も同じ。誰かを助けたいという強い思いが覚醒を促す。これについては、全員経験済みでしょ」

仄の言葉に、個々の脳裏に記憶が蘇る。


時空を助けたいという思い──

肉親を助けたいという思い──

仲間を助けたいという思い──

それぞれの強い思いが神器の変容を誘発し、継承者としての覚醒を促したのだ。


「私たちが手にした神器もあなたの仕業なの?」

尊が手にしたUSBをかざしながら質問する。

「おお、それそれ、それっすよ!アタイらが持ってる神器が、何であんな形をしているのか不思議だったんすよ」

晶が勢い込んで口を挟んできた。

仄はその方へ振り向くとニッコリ笑いかけた。

「元々、高天原たかまがはらには十個の神器がまつられていた。あなたたちが【十種神宝とくさのかんだから】と呼ぶものよ。その内の八握剣を除く九つの神器を、私は転生と共に体内に隠し持って来たの。時空が剣の支配者となるまで、彼女の身を守る手段としてね」

一人一人の顔を見ながら仄は続けた。


「この時代の女子高生に転生した私は、あなたたちも知ってる道返玉ちかえしのたまを使って時空が八握剣の継承者……つまり神武天皇の転生人である事を突き止めた。時空と同年代に生まれたのは、全く運が良かったとしか言えないわね。私は彼女の護衛役として同じ学園のあなたたちを選び、その身近に神器を配備したの。勿論そのままでは神器とバレてしまうので仮の姿を与えてね。デザインはあなたたち個々に縁のあるものとした。そうする事で自分の神器と邂逅し易くなるし、常に手元に置くだろうから……あなたたちの神器が現代風の姿をしているのはこのためよ。その後で、私は伊邪那美仄として学園に転入したの」

仄の説明に、皆の脳裏に神器と出会った時の場面が蘇る。

ある時は電気店の陳列で──

ある時は音楽教室の片隅で──

ある時は図書室の倉庫で──

それらは全て、単なる偶然とばかり考えていたのだ。


「……ち、ちょっと待ってください!少しおかしくないですか?」

仄の言葉尻をとらえた柚羽が慌てて口を挟む。

「私の神器生玉いくたまは、我が嵯峨家に代々伝わってきたもの。その起源は平安の世までさかのぼると聞いています。しかし今の話では、との事……どう考えても時期的に合いません」

「私も……ミョウを拾ったのは小学生の時だった……」

柚羽の疑問に同調するかのように凛も訴える。

全員の懐疑の視線が仄に降り注いだ。


「ああ、その事……それは、これを使ったのよ」

問題にならないといった口調で答えると、仄は自らの胸元に目を落とした。

それが合図であったかのように、唐突に心臓のあたりが白く発光し始める。

「九つ目の神器……実はまだ私の体内にあるの」

そう言って仄は、両手の掌を胸前にかざした。

光はさらに光度を増し、何かの形が浮き出てきた。


――


その中心で白い炎が揺れている。


「これは辺津鏡へつかがみ……なの」

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