七の宝〜神の巻

対峙たいじする黒甲冑くろかっちゅうの人物は、一言も発しなかった。


「顔は隠せても、技は誤魔化せないぞ……一体どういうつもりだ。朱雀幽巳すざく ゆみ!」


問い詰めるも返答は無い。

それどころか右腕を腰に添えると、後屈こうくつ立ちで構え直した。

さらなる攻撃を仕掛ける気だ。


「仕方ない」


時空は神鏡を取り出すと、眼前に差し出した。


我はを待ち、は我を待つ──

今再び一つにならん──


神鏡からほとばしった青藍せいらんの光が、八握剣やつかのつるぎへと変貌を遂げる。

時空の全身が、闘気に覆われた。


「ていっ!」


鋭い気合いと共に、黒甲冑が間合いを詰めた。


断続的に繰り出される突きが、時空の顔面、胸元、腹部を狙い打ちする。

急所への神速の攻撃は、驚くべき正確さだ。

だが神器により身体能力の向上した時空は、難なくかわした。

相手の突きのリズムを見切ると、今度は攻撃に転ずる。


「しゃあっ!」


掛け声一閃、八握剣の袈裟けさ切りが相手の正面を薙ぎ払う。

瞬時に飛び退く黒甲冑の肩口から血が舞った。


「ちいっ!」


状況不利と見た黒甲冑は、その場で両腕を交差させると身を低く落とした。

先程とは比べ物にならないほどの闘気が、全身からほとばしる。


鳴動拳めいどうけん!!」


地表に打ち下ろされた正拳突きにより、地面に亀裂が走った。

亀裂は、そのまま真っ直ぐ時空に向かってくる。

反射的に後方へ回避する時空。


のがさん!」


黒甲冑が叫ぶと同時に、裂け目から岩石の欠片かけらが噴出した。

数え切れぬほどの石礫いしつぶてが、鋭利な飛弾となって襲い掛かる。

あまりの多さに、さすがの時空も避け切れなかった。


「くっ……!」


着地した時空の体は、無数の裂傷に覆われていた。

瞼に流れる血で片目が見えない。


「これで最後だ!」


絶好の好機とばかりに、再び正拳突きを放つべく詰め寄る黒甲冑。

片方の視力が無い状態では、迎え撃ってもかわされる公算が大きい。

時空は、迷わず剣を地面に突き立てた。


霊鶏れいけい蒼炎そうえん!!」


新しく修得した奥義を、地表に向かって放つ。

たちまち、時空の周囲に青い火柱が噴き上がった。


「きゃあぁぁ!!」


悲鳴が轟き、黒甲冑の体が炎に包まれる。

全身火だるまになりながら、地面を転げ回った。


「無駄だ。その炎は水でも消せない」


その言葉が聴こえたか、黒甲冑はよろめきながら立ち上がると一瞬時空を睨みつけた。

そして炎をまとったまま、境内奥の林中へと姿を消した。

その後ろ姿を目で追いながら、時空もまた片膝から崩れ落ちた。




「ホントに大丈夫なの!?」


翌日、頭に包帯を巻いた時空を見て尊が声をかける。


「ああ。おかげさんで致命傷は受けていない。まあ、神器持ってるからすぐ治るだろ」

「ご無事で何よりです……あ、お茶いれますね」

「渋いの頼む」

「あんたらねぇ……」

最早お約束としか思えない柚羽と時空のやり取りに、尊は肩をすくめるしかなかった。


「……すいません。私を送ってもらったばかりに、こんな……」

鈴が、申し訳無さそうに頭を下げる。

「よしてくれ!お前のせいじゃない……どのみち、奴は待ち伏せていたんだ。狙いはこの俺だからな」

時空は、慌てて手を振って否定した。

「それにしても先輩に怪我を負わせるとは、その黒甲冑の奴って相当の腕っすね」

晶が、珍しく真剣な口調で言った。

「相手に心当たりはないんすか?」

それには答えず、時空は尊の方を向くと神宝図を見せてくれと頼んだ。

尊は黙って頷くと、携帯を操作し時空の方に向けた。

それを眺めていた時空の目が光る。

「やはりそうか……」

時空は納得したように呟くと、皆の顔を見回した。


「俺を襲ったあの黒い甲冑……あれは神器だ」

それを聴いた全員の顔に緊張が走る。

「確かなの?」

思わず尊が眉をしかめる。

「ああ。奴に袈裟切りを仕掛けた際、一瞬だが甲冑の胸元にある紋様が見えた」

そう言って、時空は神宝図の一つを指差した。


黒い逆さ卍の紋様――


「……蜂比礼はちひれ?」


神器名を読み上げる凛の声に、その場の全員が息を呑んだ。


「どうやら見つかったようだな……七つ目の神器」


だが時空のその言葉に、誰一人安堵する者はいなかった。



「見つけたって言っても……敵じゃない!」

尊の語気が荒くなる。

「相手はどう見ても、あなたの命を狙ったんでしょ」

「そうです。もしそれが七つ目の神器だとしても、私たちの仲間になってもらえるとは思えません」

珍しく意見の合った尊と柚羽が、顔を見合わせ頷き合う。

「確かに、あの鳴動拳とかいう技は凄かったなぁ……一瞬、もうダメかと思った」

「ほら、やっぱりあなたを殺そうと……」

「……だが」

追い討ちをかけようとする尊を、時空は片手を上げて制した。


「奴が最後に放った正拳突きには、僅かに躊躇ためらいがあった。俺には、奴が好んで俺を倒そうとしたとはどうしても思えないんだ」

その言葉には、反論を許さぬ強い響きがあった。

時空は剣道部の剣士であると同時に、一流の武芸者でもある。

日々の鍛錬によってつちかわれた直感と、多くの闘いの中で養った人を見る目は確かなものがある。

その時空が、相手を敵と認識していないのだ。

彼女の性格を熟知する尊を始め、誰も異論を唱える事が出来なかった。


「それじゃ何……そいつがあなたを襲った理由は他にあると……」

「……恐らく」

尊の問いに、時空が静かに言い切る。

「そいつさえ分かれば、奴と通じ合えるチャンスはあると思うんだ」

宙を見つめる時空の瞳には、決意の輝きがあった。


「でも……一体どうやって?」

不安そうな柚羽の問いに、晶と凛も同時に首を振った。

「ゴチャゴチャ考えるのは性に合わないんでね……正攻法でいくさ」

「正攻法?」

晶と凛の驚く声が、またも重なる。

。人と仲良くなるための基本だ」

「お、お話しって……」

あきれ顔の尊の後ろで、鈴が思わずプッと噴き出した。

「す、すいません……でも、いかにも時空さんらしいなと思ったもので……」

その言葉に、柚羽、晶、凛の三人も顔をほころばせた。


そうだ……


いかにも、この人らしい……


「でも、相手の正体は分かってるんすか?」

真顔に戻った晶が、深妙な口調で尋ねる。

「ああ、技に見覚えがある。つい昨日、奴とは睨み合ったばかりだからな」

そう言って、時空は苦笑いを浮かべた。

「その相手って……まさか!?」

時空の一言が、鈴の脳裏に【武闘館】での出来事を蘇らせた。


「そう……空手道部主将、朱雀幽巳だ。直接会って話してみる」


時空は、決意のこもった声で言い放った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る