六の宝〜天の巻

ズンチャ♪ズンチャ♪タタタタタ♪チーン!!


いや、しかし上手いもんですな後醍醐ごだいごあきらさん。

「それほどでもないっすよ」

一体いつからドラムを?

「小学生からっすね。親父が趣味で買ったのがたまたま家にあったので、叩いてるうちに気に入っちゃって」

それで絶対音感もあるんだから、怖いもの無しですね。

「いやあ、それほどでも……あるっす」

私なんか音楽センスゼロなので、羨ましい限りです。

「そんな事ないっすよ。音楽の素質は誰にでもあるっす」

え、そうなんですか!?

「人は生まれるまで、母親の体内で心臓の鼓動を聴いてるっす。だから自然と、ビートの刻み方が身に付いてるっす」

へ〜

「ちょっと、やってみます?」

え、そんな無理っすよ

「大丈夫っす、ほら」

そうっすか……じゃ


ズン……チャズン……タタ……タ……チン


「もうちょっと、肩の力抜いて」


ズン……チャズン……タタ……タ……チン


「さ、最初はこんなもんすよ」


ズン……チャズン……タタ……タ……チン


「あ、あれ……変わんないすね」


ズン……チャズン……タタ……タ……チン


「…………」


ズン……チャズン……タタ……タ……チン


「……あ、そうだ。ち、ちょっと用事思い出したっす!」


え、晶さんどこ行くんすか!?

ち、ちょっとどこ……

えええっ……!?(筆者 困惑)



「必ず、何処かにあるはずよ」


事代ことしろすずは、図書室の閲覧コーナーでポツリと呟いた。

目の前にあるパソコンと左右に積まれた本で、その姿は全く見えない。

本のタイトルは、ほとんどが歴史関係のものだ。

この数日「あるもの」を探すため、放課後は遅くまで図書室ここにこもっていた。

歴史研究会の部員であり、図書委員でもある彼女が使用するには何の問題も無かった。


事の発端は、数日前に友達と交わした会話だった。

友達の名は、長須根ながすね伊織いおりという。

鈴と同じ図書委員だ。

元来は剣道部員だが、道場が不審者に荒らされたとかで今は活動休止中らしい。

二人で図書の整理をしている時、ふいに伊織が質問してきた。


「ねえ、鈴」

「え、何?」

「……【十種神宝とくさのかんだから】って知ってる?」

鈴は、ハッとしたように顔を上げた。

「驚いたわね。何であなたが、そんな言葉知ってるの?」

「いえ、ちょっと耳にしたから……どんなものかと思って……」

歯切れ悪く答える。


言った後から、すぐに後悔の念が湧く。

時空から口止めされていたのだが、昨今の出来事が気になりつい滑らせてしまったのだ。

「やっぱりなんでもない……忘れて」

「【十種神宝】は、『旧事紀くじき』という史書に出てくる神器の総称よ。全部で十種類ある」

伊織の言葉を無視して、鈴が説明を始めた。


「『旧事紀』については、筆者・年代ともに不明。有名な古事記や日本書紀と同様に、国の始まりについて記されているの。ここに登場する神器は、その背景がとても興味深くて……」


伊織の顔が、しまったという表情に変わる。

この子、折り紙付の歴史オタクだった……


いにしえの昔、この国は領土争いによる戦乱が絶えなかった。民はわずかな土地を巡っていさかいを起こし、我先われさきにと命を奪いあった……」


朗々と話す鈴の声が、室内に木霊こだまする。

こうなっては、最早もはや誰も止められない。


「これをうれえた天上神・天照大神あまてらすおおかみは、民の平定へいていを図るため饒速日命にぎはやひのみことを使者としてつかわした。この際、道具として持たせたのが【十種神宝】よ……地に降りた饒速日命は、民の平定にはこれを統率する者の擁立ようりつが必要と判断した。そして、ある一人の人物に白羽の矢を立てたの。それが彦火火出見ひこほほでみ……後の神武天皇じんむてんのうよ」

「えっ……神武?」

聴き慣れたその名称に、伊織の眉が釣り上がる。


「神武天皇……日本の天皇の始祖であり、いまだに実在の可否がはっきりしていない謎多き人物……一説では、饒速日命から【十種神宝】を授けられた唯一の人間とも言われている」

人差し指を振りながら語る鈴の声を、伊織は遠くで聴いていた。


神武……


主将と同じ姓だ……


剣道部に入りその名を耳にした時、何処かで聴いた事があると感じていた。

そうか……歴史の授業で習ったんだ。

確かに、そんな名前が出てきた記憶がある。

今の鈴の説明で納得がいった。


神武天皇……


一体、どんな人物だったのか。


時空と何か繋がりがあるのだろうか。


「神武天皇って……どんな人だったの?」

伊織は伏し目がちに、恐る恐る尋ねた。

話してはいけないと思いつつも、あふれ出る好奇心は抑えられなかった。


「文献では饒速日命より託宣たくせんを受けた後、当時最も豊潤な地と言われた大和国やまとのくに(今の奈良県)を治めるため、筑紫国つくしのくに(今の九州)より東征を開始したとある。途中色々な苦難を経て、最終的には橿原かしはら(奈良県)の地に都を開いて天皇の座におさまったとある」

鈴も説明を続ける。

自らの記憶だけを頼りに語るその姿を、伊織は尊敬の眼差しで見つめた。


「人柄については、よく分からないわね。具体的な記述も無いし……ただ多数の兵を引き連れ6つ以上も国を治めてまわったんだから、かなり統率力はあったんじゃないかな。数多あまたの試練を乗り切るだけの裁量と知恵もあった。まさに頼れる指揮官ってやつね」


主将と同じだ……


伊織の脳裏に、また時空の顔が浮かぶ。


誰よりも強く

誰よりも明るく

そして、誰よりも優しい


自分が最も敬愛する……憧れの人……


伊織は、胸の奥に微かな痛みを感じた。



伊織が退出した後も、鈴は帰れずにいた。

【十種神宝】の事が頭から離れなかったのだ。

この特異な神器については、これまでも興味本位に文献をあさった事はある。

資料の少なさゆえ、あまり深くは調べなかった。 


だが……今は違う。


追及したいという欲望より、使の方が強かった。

何かが、少女の心を揺り動かして止まないのだ。


神器は、その後どうなったのか……


一体、どこに行ってしまったのか……


ひとたび気になりだすと、持ち前の好奇心の強さが顔を出す。

鈴はパソコンで情報を検索しては、室内の書物を読みあさった。


次の日も……


その次の日も……


暇さえあれば、図書室にもった。

だが、得られる情報は僅かだった。



大阪の式内楯原神社しきないたてはらじんじゃ内の神寶十種之宮かんだからとくさのみやに、偶然、町の古道具屋で発見されたという【十種神宝】がまつられているという。

真偽のほどは不明。


京都の籠神社このじんじゃには、息津鏡おきつかがみ辺津鏡へつかがみという二面の鏡が伝世している。

【十種神宝】の沖津鏡おきつかがみ辺津鏡へつかがみとの関係は不明。


秋田県大仙市の唐松神社からまつじんじゃには古史古伝のひとつである『物部文書もののべもんじょ』とともに奥津鏡おきつかがみ辺津鏡へつかがみ十握とつかつるぎ生玉いくたま足玉たるたまとされる物が所蔵されているという。

【十種神宝】と同じものかは不明。


その他にも口承、伝承、断片的な文献が、幾つか見つかった。


違う!


どれもこれも、伝承に基づいた単なる模造品に過ぎない!


鈴は、苛立たしげに机を叩いた。


こと歴史情報に関して言えば、この少女にはある種の特技があった。

内容の真偽を見分ける鋭い勘だ。

情報に目を通すだけで、本物かどうかが判別できるのだ。

実際、こんな事例がある。

テレビで新たな古文書の発見ニュースが流れたが、鈴はすぐに偽物と直感した。

後日、それは巧妙に作られたコピーであると判明した。

理屈では無く、なんとなく分かってしまうのだ。

ゆえに、【十種神宝】に関するこれらの情報も、彼女の琴線きんせんに触れるものは無かった。


そもそも、本物がこんな容易たやすく見つかるような場所にあるはずは無い!


鈴は眉間に皺を寄せ、パソコン画面を操作した。

ふと、あるものに目が止まる。

カラフルな象形文字にも似たそれは、まるで何かのシンボルマークのようだった。


神宝図だ……


以前にも何度か目にした事がある。


「これって、確か空海が……」


神宝図の解説本を探そうと、鈴は席を立った。

特に、何かを発見したわけではない。

もう少し、詳しく図柄を見ようと思ったのだ。


確か、図書室ここのどこかにあったはず……


保管棚には見当たらなかった。

鈴は、隣接した書庫に移動する。

ここには、閲覧頻度の少ない書物が収納されていた。

保管ケースの記号を一つ一つ確認していくと、記号の無い箱が見つかる。


あら……?


整理漏れかな、と首を傾げる鈴。


とりあえず、中身を確認しないと……


開けると、中には一冊だけ入っている。


鈴は不思議そうに、その書物を手に取った。

大きさは、単行本ほどでかなり薄かった。

褐色の表面は、煉瓦れんがのようにざらついた光沢を放っている。

表紙には簡易な絵柄があるだけで、タイトルや標記は無い。

パラパラと中をめくる。

驚いた事に、どの頁も白紙だった。


「何これ?」


首を傾げ、再び表紙を見つめ直す鈴。


表面の絵柄は、ローマ字のTに似ていた。


独特の色彩と相まって、不思議な魅力を放っている。


「…………!?」


突如、眺めていた鈴の眼が大きく見開かれた。


本を掴んだまま、パソコンの元へ駆け戻る。

画面には、神宝図が映し出されたままだった。

鈴はせわしなく操作し、その中の一つを拡大した。

何度も首を動かし、本と画面を見比べる。


同じだ……!?


どう見ても、本の絵柄と神宝図は同じものに見える。


鈴は、無意識にその神器の名を呟いた。


「……道返玉ちかえしのたま……」

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