五の宝〜地の巻

「ほら、また音ズレてるよ!」


ドラムスティックを持った少女が、げきを飛ばす。

パンク風のショートヘアに長身の体型は、ドラムに腰掛けていても迫力があった。

「ごめーん。またチューニング、ミスった」

「相変わらずの地獄耳だね、アキラ」

ギターとボーカルの少女が、笑いながら返事を返す。


少女の名は、後醍醐ごだいごあきら──


軽音グループ【D5デーゴ】のドラム担当だ。


彼女には、ちょっとした特技がある。

生まれながらの地獄耳……いや、失礼

絶対音感の持ち主なのだ。

そのおかげか、結成から日が浅いにも関わらず、グループの人気はうなぎ登りだった。

耳の肥えたファンの後押しもあり、明日は初の単独コンサートを開く予定だ。

嫌でも、リハーサルに力が入る。

「頑張らなきゃ。……」

晶は楽譜を眺めながら、唇を噛み締めた。

彼女には、どうしてもコンサートを成功させたい理由があった。


晶には、歳の離れた妹がいた。

小学五年生の妹は生まれつき身体が弱く、一年の半分は病院生活を余儀なくされている。

当然学校でもクラブ活動は行えず、終業と同時に親が迎えに来る毎日だ。

そんな妹の唯一の楽しみは、音楽を聴く事だった。

海外のとある女性グループの大ファンで、いつもヘッドホンで聴いている。

軽音部に所属していた晶は、そんな妹を喜ばせたくてグループを組む事にした。

プロのような演奏は出来ないが、それでも何かしてやりたい。

元気付けてやりたい。

その一心だった。


グループを作ると言った時、妹は目を丸くして驚いた。

「大丈夫なの?お姉ちゃん、ガサツだから」

勿論、お前のためにやるんだなどとは言っていない。

余計な気を使わせたくないからだ。

そんな姉の気持ちにお構いなく、妹は事あるごとに揶揄やゆした。


「お姉ちゃんにリーダーなんて、無理だって」


「耳が良くたって、センスがイマイチだし」


家にメンバーを呼んでミニコンサートもやったが、妹はただ黙って聴いているだけだった。


もっと、上手くならなきゃ……


どれだけ校内で人気が上がっても、妹が喜ばなければ意味が無い。

明日のコンサートは、妹も観に来る。

だから、何としても成功させたかったのだ。



「ちょっと、いいかい」


リハーサルが終わり、一人残って楽譜チェックをしている晶に時空が声をかけた。


「はあ、なんすか……えっと」

「三年の神武じんむ時空ときだ。こっちは推古すいこたける嵯峨さが柚羽ゆずは……ちょっと聞きたい事があるんだが、今いいかい?」

時空は自己紹介しながら、ドラムに視線を走らせた。

ポスターにあったように、フロント部分にが刻まれている。

「ああ、あなたが時空先輩すか。二年にも先輩のファンがいるので知ってます。聞きたい事って、なんすか?」

晶は、陽気な笑顔を振りきながら立ち上がった。


「でかいな」

思わず声を漏らす時空。

一六五センチある彼女の身長より、さらに十センチは高かった。

「何かスポーツをされてたんですか?」

柚羽が目を丸くして尋ねる。

「ガタイがいいからよく言われるけど、こう見えて運動オンチなんすよ。だから、もっぱら音楽一筋っす」

そう言って、晶はドラムのふちをぽんと叩いた。


「実は、そのドラムの事なんだが……」

時空はバスドラムに近付くと、フロント部分を指差した。

「ここにプリントしてある羽の紋様は、どういう意味なんだい?」

「ああ、それ……アタイも知らないんすよ」

時空の問いに、事もなげに答える晶。

「知らないって……これ、あなたのじゃないの?」

食い入るように紋様を眺めていた尊が、顔を上げる。

「実はこのドラム、軽音部の備品なんすよ。使い手が無くて備品庫に眠ってたのを、アタイが見つけたんです。いつ誰が購入したものか、顧問の教諭も知らないらしくて……まあ、前任の顧問が購入したんだろうって事で、貸してもらってるんすよ。最初は練習用にしてたんですが、妙に馴染んじゃって……相性がいいって言うか……家に自分のがあるんすけど、今度のコンサートはこいつでいくことにしたんです」

晶の話を聴き、三人は顔を見合わせた。


尊のケースと同じだ……


およそ、偶然と思える状況での遭遇──

そこに存在する経緯が不明瞭──

そして何故か惹かれ、持たずにはいられなくなる──


尊と物之比礼もののひれUSBとの出会いが、まさにそうであった。


となると、もしこれが……

このドラムが神器であるなら、おのずとという事になる。

お互いが、不思議な力で惹き合ったのだ。

当人に自覚は無さそうだが、五つ目の神器である可能性は高い。


「明日は、ぜひ先輩も観に来て下さい。時空先輩が来てくれたら、つられて先輩のファンの子も集まりますから……まさに、一石二鳥っす!」

そう言って、晶はカラカラと笑った。

歯に衣着せぬ物言いだが、不快な印象は全く無い。

それどころか、その人懐っこい笑顔が場の雰囲気をなごませる。


どこか、時空に似てるな……


それだけでも、尊の評価は高かった。


「分かった。必ず行くよ」

時空も笑顔で答える。


「約束っすよ」

手を振る晶を残し、三人はその場を後にした。



「どう思う?」

「神器である確率は高いわね」

時空の問いに、尊が答える。

「では、これで五つめですね」

振り向いた柚羽の目が輝く。

「問題はあれがいつ、どうやって覚醒するかね。今までの経験からいくと、だと思うんだけど」

「つまり……」

尊の説明に、時空は眉をしかめた。

胸にかすかな痛みが走る。

「晶の身に、という事か」

その言葉に、全員が黙り込んでしまった。


あのドラムが神器であるなら、必ず人知を超えた力を持っているはずだ。

そしてそれは、継承者の強い念により発動する。

最初から神器の力を熟知している柚羽と違い、時空や尊は己がピンチに陥った際に覚醒したのだ。

神器について無知な晶も同様だ。

彼女が覚醒するとすれば、それは自身が窮地に陥った時以外にない。

これまでの体験が、それを物語っていた。


「柚羽、凛に伝えてくれないか」

そう言って、柚羽の顔を見る時空。

その目には、何かを決意したような輝きがあった。


「明日のコンサート……四人で観に行くと」



翌日、コンサート会場は満員だった。


D5のメンバーは、たれ幕の内側で緊張の極地に達していた。

楽譜を逆さに眺める者、幾度もトイレに駆け込む者……

予想以上の客足に、皆が浮き足立っている。


「さあやるよ!音外れたら、アタイが太鼓でかき消してやるから安心しなよ」

ドラムスティックをくるくると回しながら、晶がハッパをかける。

たちまち空気が変わり、皆の顔に笑顔が戻る。


「やるっきゃないか!」

「アキラ様、たのんます!」


笑いながら全員が頷く。


晶が出だしのビートを刻み、全員の楽器から一斉に音が放たれた。

コンサートの始まりだ。

ゆっくり上昇する幕の下から、手拍子する観客が見える。

体でリズムをとりながら、晶は懸命に視線を走らせた。


いた!


最前列に座る小さな人影──



微笑みながら、手を叩いている。


観てなよ、真美。

姉ちゃん、頑張るかんな。


スティックを握る手から、汗がほとばしった。


そして……


観客席の最後尾にも、舞台を見つめる人影があった。


数人の付き人を従えた、伊邪那美いざなみほのかだ。


その様子は、楽しむという印象とは程遠いものだった。

瞬き一つせず、能面のような表情でただ一点を見つめている。

射るような碧眼へきがんの先にあるのは、晶のかなでるバスドラムだった。

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