乙女に神器は似合わない
マサユキ・K
一の宝〜天の巻
日本神話の書『
これを【
一度それを手にすれば、天地創造の
その後、
そして現代 ―
漆黒の闇が
足元から立ち昇る黒煙は、
閉ざされた視界の先に、微かな
ここが何処かも、自分が誰かも分からぬまま、その明りに向かって歩を進める。
時折、何者かが身体にしがみつき引き戻そうとする。
悲鳴のような声が、神経の一つ一つを激しく
だがその都度、光度を増した光明が疾風の如く
やがて巨大な門のような影が見え始めた。
近づくにつれその輪郭は明瞭となり、識別出来るまでになった。
それは血の如き朱色に
そのままそれを
光明はもう目前だった。
あと、数歩──
あと、一歩──
やがて、光の中に
何かは分からぬが、それこそが光明の根源であると悟った。
ああ、自分を呼んでいる。
掴もうと恐る恐る手を伸ばし
そして……
「やべっ、遅刻だ!」
右手に学生鞄を、左手に竹刀を、口に食パンを加えたまま、
横断する子供を飛び越え、歩道橋を三段跳びで駆け上がるが、全く速度は落ちない。
驚くべき身体能力とスタミナだった。
道場の朝練で師範から一発食らい、不覚にも意識を失ってしまったのだ。
「あのクソ親父っ!」
時空は父親でもある師範のにこやかな笑顔を思い浮かべ、悪口雑言を並べ立てた。
徒歩なら二十分、常人が走って十分の登校路を僅か五分で制覇する。
校門を
足音を忍ばせて近付き、驚かそうと両手を挙げる。
「おはよう時空。また気絶してたの」
振り向きもせず静かに言い放つ友。
「なんだ、またばれたのか……つまらん奴だな」
時空は振り上げた手の持って行き場がなくなり、仕方なく頭を掻きながら嘆いた。
「なんで分かった」
おもむろに足を止め、溜息をつきながら振り返る友。
「ちょっと、その【友】で済ますの止めてくれませんか。私にもちゃんと名前がありますので」
こ、これは失礼!
ちなみに今のは、キャラから作者へのクレームです。
最近のキャラは、ストーリー中でも平然と意見を言うようになりました。
もうちょっと敬意を払ってくれるとうれし……
「早く!」
は、はいはい……
彼女の名前は
ここ
肩までのショートヘアに、端整な顔立ち。
性格は冷静沈着で成績は学年トップ。
あまり喜怒哀楽は出さないが、たまに痛烈な皮肉を放つ。
時空の親友であり、お目付け役といったところだ。
「この時間は校門から校舎に向かって順光になる。あなたの影丸見えよ」
ストーリーに戻った途端、尊が事もなげに説明する。
「あちゃ、俺としたことが……」
時空は渋い顔で天を仰いだ。
一方の
天津女学院三年生で剣道部主将。
曲がった事が嫌いで、考えるより行動が先に出る。
日焼けした顔に、太めの眉と鋭い眼光。
無駄の無い引き締まった肢体が、高い運動能力の持ち主である事を示している。
「いつも思うんだけど、あなた自分の事【オレ】って呼ぶのいい加減やめたら。高三にもなると世間的には一応【女性】なんだから」
尊は淡々とした口調で
「そっか、俺【女】だったな。いつも男に混じって鍛錬してるから、たまに忘れちまう時がある」
そう言って時空はカラカラと大笑いした。
一向意に介さぬその態度に、尊は再び溜息をついて歩き出した。
クラスに入るとざわついていた。
幾組かに分かれたグループが、あちらこちらで噂話に花を咲かせている。
「あっ、トキちゃん!」
比較的仲の良いグループの一人が、時空の姿を見つけ駆け寄って来た。
「ねえ知ってる?今日、転入生が来るらしいよ」
その女子は興奮気味に切り出した。
「なんでもアメリカ帰りの帰国子女で、凄く綺麗な人なんだって!Bクラスの篠崎さんが先生と話しているのを見かけたらしいの」
「へえ」
目を輝かせ
「そんなに珍しいのかね」
「まあ、興味深くはあるわね」
時空の前の席に腰掛けながら尊が言葉を返す。
「三年の受験を控えたこの時期に、
興味深いと言った割には、その表情に少しの変化も見られない。
凛とした所作からは重厚な威厳すら漂う。
まさにクールビューティーを絵に描いたような女子だ。
尊はコホンと小さく咳払いすると、ほんの少し顔を赤らめた。
どうやら、作者の描写がお気に召したらしい(おっしゃっ!)
「なんかよく分からんが、とにかく喋ってみたら分かるだろ」
時空はぽつりと呟くと、眠そうに
「ほら、静かに!席について」
教室の扉が開き担任の秋坂女史が声を張り上げた。
「朝のホームルームやるわよ。日直、号令」
朝の儀式を終え全員着席するのを見届けてから、入り口に向かって手招きする。
全員の視線が、その入室者に集中した。
最初に目についたのは、見事なブロンドヘアだった。
窓から差し込む陽光に、黄金の輝きを放っている。
端麗な顔には宝石の如き
全身から
「転入生を紹介します。今日からこのクラスで一緒に勉強する
それだけ言うと、先生は自己紹介を促した。
伊邪那美と名乗るその女子は、頷くと一歩前に出た。
「初めまして。
想像に
「伊邪那美さんはお家の事情で、つい先頃アメリカから帰国されました。皆さん仲良くしてあげてね」
やはり帰国子女だった。
しかも容姿からみてハーフだ。
室内に
先生の咳払いで我に帰った全員が拍手で答えた。
「はい。じゃあ席は……神武さんの後ろが空いてるわね。とりあえず今日はそこで」
伊邪那美仄は、頬杖をついて眺めている時空の傍までやって来た。
「よろしくね。神武さん」
小首を傾げ、女神のような笑みを浮かべる。
「ああ、トキでいいよ」
屈託のない笑顔で時空も答える。
「じゃあ時空さん。もし良かったら、後ほど校内を案内していただけないかしら。お時間があればでいいのだけど」
突然の誘いに、クラスの全員から
誘われたのが男なら、即座にノックアウトの瞬間だ。
「放課後は部活があるからな……終わってからならいいけど」
「それで結構よ。じゃあついでに、部活も見学させてもらっていいかしら」
「別に構わないよ」
「ありがとう。楽しみにしているわ」
二人の会話に皆の関心が集中する。
学年の間では、時空の人気も高かった。
運動神経抜群で武道の達人。
明朗快活で、誰に対しても分け隔てなく接する。
頼れるアネキ的存在感は、誰もが認めるところであった。
その二人の急接近に、クラス中が色めき立ったとしても不思議はなかろう。
ただ一人を除いては……
推古尊は平静を装いながら、その様子を観察していた。
いつもなら時空の言動にツッコミを入れる所だが、今は違う。
何かが気になっているようだ。
尊は無言のまま、眉間に皺を寄せた。
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