マリコ

@kawaranaimono

第1話

 「自殺ってさ、殺人だよね」西日が差す雲の段々のオレンジ色のグラデーションがかった不思議な色を、二人同時に、「きれいね」と声を上げた、その次にマリコが言った言葉は「自殺ってさ、殺人だよね」だった。


 ネットニュースでは、先日亡くなった、自殺して亡くなった有名で大物、人気女優のニュースが次々と載っている。


 「自殺ってさ、自分の脳が命令して、自分の体を殺すわけじゃん。逃げられないよね、体は。一体なんだし。右手がナイフを持って脳の命令で左の手首を傷つけても、体は自然治癒力で傷つけられた傷口を治そうと懸命な努力をするわけさ。むなしいよね。体に悪い。脳が加害者で、体が被害者。」


 マリコと暮らし始めて、何年たつのだろう。マリコは綺麗だ。性格もさっぱりしていて好きだが、なんといっても顔が好きだ。見惚れる。きりっと彫刻のようだ。レズではない。憧れる存在だ。今、私は幸せだ。マリコと暮らして、毎日マリコの美しい顔が見れる生活をしている。人生の中で、今が一番幸せだと思う。私もレズではない。美しいものが好きなのだ。


 マリコは不幸な生い立ちだ。姉と父を自殺らしき理由で亡くし、妹を無理心中に巻き込まれて亡くしている。飄々と生きているマリコから想像もつかない過去を持つ。


 コーヒーの香ばしい匂い。マリコはコーヒーを入れるのが上手い。料理も上手い。掃除洗濯はまずまず。午後3時をまわった。今日も稼げたのだろう、軽く上機嫌でノートパソコンを閉じた。マリコは個人投資家なのだ。テレワークではない。


 「新型コロナでどこにも行けない。海外も。」マリコが呟いた。豪華客船で世界一周の夢は、かなえる前に、どうでもいい夢になってしまったようだ。


 私も、今、マリコと暮らす、この生活。この生活が一番すばらしく感じる。美しいマリコを見ながら、時々、同じ感性を共有する喜び。生きている間は、決して友人にはなれなかったであろう、マリコというタイプの人。マリコは私が一緒に暮らしていることを知らない。私はマリコに気づかれないようにしている。私に気づいたマリコが引っ越すことが一番、私にとって、いやなことだ。


 もう長い間、私はここにいる。何百年なのか何十年なのかわからない。足が地面に縛り付けられているように、この場所から移動できないのだ。誰も迎えに来ない。どこに行けばいいのか、何をすればいいのかわからない。ただ、移り行く建物や住人や、風の音を聞きながら、時間が過ぎていく。自分で命を絶ったのか、病気で亡くなったのか、命を失った理由を憶えていない。思い出せないのだ。


 ただ、生きていたくないという人の気持ちは、すごくわかる気がする。でも、体を失った今、死んでも、楽しい毎日になったわけではない。もう一度、赤ん坊からやり直してみたいと思うときはあるが、方法がわからない。


 ただ今日も美しいマリコを見られる幸せを、かみしめつつ、夕日の美しさをかみしめつつ・・・・・私はここにいる。世界は平穏ではないが、私の心は穏やかだ。幸せだ。マリコと暮らしているから。


 いつか・・・・・マリコに恋人ができて引っ越してしまう日がくるかもしれない。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る