アサシン・パスト

「クソが……」


厄介な野郎だった。

さまかマンションにまで逃げ込むとは思わなかったが、とても腕の立つアサシンだった。

おそらくこのマンションの一室は、血だまりを作って倒れているこいつのアジトだろう。

だが綺麗に整えられていて、私が血だまりを作ってしまったのが惜しいくらい清潔な住居だった。


「父さん……!?」


子供の声がした。

まだ幼さが残るも、低い声。

声変わりの途中くらいだろうか。

声のした方向を向くと、私に怯えたのか尻もちをついた少年が、震えながら私を見ている。


「……これ、お前のお父さんか?」

「……と、父さんに何を……」

「お前のお父さんか?」


少年が応えないので、私は少年に拳銃を突きつけ凄んだ。

だが少年は、抵抗するように銃を振り解いた。

なかなか反射神経が高い少年だ。


「……そうです」


少年は怒りとも怯えとも取れる目で私を睨み、体を震わせながら口を開いた。

中学生くらいか?

それにしては肝も据わっている。

私は銃の弾倉を変え、銃身をスライドさせ少年に銃口を向けた。


「悪いが、目撃者は消さなきゃいけないんだ」

「……俺も、殺すんですか」


ああ、そうだ。

と、私は言いかけたが……何故か、引き金を引くことができなかった。

目の前の少年は、怯えている筈なのに真っすぐに私の瞳を見つめている。

見つめられると、こうも体が動かないものか。

不思議な感覚だ。


「殺さないんですか」

「……ああ、そうだ」


私は銃をベルトのホルスターに納めた。

この時、私は何を思っていたのだろう。

自分ですら分かっていなかった。


「お前のお父さんはアサシンだった。でも、お前はアサシンじゃない。そういうお前を殺すのは、ちょっと卑怯じゃないか?」


何を言っているんだ、私は。

目の前の少年も、よくわからないと言った表情で私を見つめている。


「私と一緒に来い。お前が強くなったら、私がお前のお父さんとしたように、私とお前で殺し合おう」


まったくわからない。

よくわからない感情だ。


「……殺す」


少年は噛み締めるように言った。

どうやらこの少年は素質ありなのかもしれない。

まあ、父親がアサシンの時点で、きっとそうなのかもしれないが。


「そうだ。殺して見せるんだ。いつか、私をね」


私は少年を立ちあがらせた。

少年はぎこちなく立ち上がった。

背は私と一緒くらいだった。

私が小さいのか、彼が大きいのか……。


「君、得意なことは」

「……家事」

「家事が得意な男か。私は好きだよ」


少年は目を逸らした。

照れ隠しか?

かわいいやつだ。


「君は今から、私のサイドキック……助手だ。それで、私からアサシンの術を教わり、最終的には立派なアサシンになって私を殺す」

「わかりました」

「堅苦しくなくて良い」

「……わかった。アンタを殺す」

「強くなったらね」

「強くなったら」

「そうだ」


私は彼の手を握っていた。

とても暖かった。

だがこの少年の手も、いつか冷たくなってしまうのだろうか。

当たり前の事だというのに、少し悲しくなった。

そういうものなのだろうか……。


「君、名前は」

「俺は……剛。武田剛たけだつよし

「なるほど。私はせつという名前があるが、師匠と呼んでくれ」

「わかった。師匠」

「そうだ、助手くん」


それから私は、彼をアサシンとして鍛え上げるために銃の扱い方、スーツの着方、社交の場での振る舞い方を教えた。

その代わりに、私は彼に家事の手伝いをさせた。

と言っても、ほとんどは彼がしてくれた。


彼が私のサイドキックになって、最初こそ私の隙を狙うようにやたら滅多銃を撃ってきたが、それは徐々になくなってきていた。

そして私は、次第に彼に情が湧いてきていた。

だが一回仕事の終わり、銃口を向けられた気がする。

その感覚が、今でも残っているような……。




BLAMN!


私が咄嗟に銃口を逸らすと、銃弾が車の天井を貫いていった。

どうやら寝てしまったらしい。

そして、そこを助手くんが狙ったようだ。


「久しぶりだね!寝込みを襲うのも」

「……クソ、結構苦労して銃口引いたんだがな」

「もっと決断的にることだよ」

「寝てたくせに、よく言うな」


車は彼が運転している。

彼のような年齢の者に運転させる私はおそらくどうかしているが、アサシン業界がそもそもどうかしているので問題はない……だろう。

それにしても決断的な銃撃だった。

私があと一歩対応が遅れていたら……。


ガシャン!

車内に突然衝撃が走り、私はガラスに叩きつけられた。


「クソ!師匠、パーティの連中が追って来やがった!」

「え!?とにかくどうにかして!」

「難題なリクエストだな!」


助手くんがアクセルを踏み、今度は前方に叩きつけられた。

まだ運転を任せるべきではなかったかもしれない。

サイドミラーには、さっきのパーティの主催者の護衛をしてた黒ずくめと同じようなヤツらが映っていた。

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