第88話外伝~シグルド~

 俺の名はシグルド。


 巷では、初代国王デュランダルの再来とか、歴代最強の剣聖とか呼ばれているな。


 ハッ!随分大層な呼び名がついたものだ!


 本当の俺は、そんなに大した奴ではない……。


 俺だけは、それを知っている……。


 本当の俺は、全てを捨てて逃げ出した臆病者に過ぎん……!


 俺は生まれた頃から、特別な存在だった。


 これは過信や驕りではなく、ただの事実だ。


 子供の頃から、喧嘩すれば敵なしだった。


 同世代はもちろんのこと、歳上にも負けることはなかった。


 さすがに幼少期は成人した大人には勝てなかったが、それもすぐに勝てるようになった。


 特に剣に関しては、何も習うことなく、自然と使い方がわかった。


 やればやるだけ腕が上がり、俺は楽しくなってきた。


 何より剣の国だけあり、剣の強い奴が多かったのが嬉しかった。


 そこには、俺より強い奴も沢山いたからだ。


 俺は楽しくなり、剣の道にどんどんめり込んでいった。


 だから、気づかなかった……親父や兄貴、家臣などが、俺をどう見ているのかを……。


 そして、運命の日がやってきた。


 そう……あの日から、全てが変わってしまった……。


 俺は、兄貴に剣で勝ってしまったのだ。


 あんなに勝てなかったのが、嘘みたいに……。


 だから俺は、兄貴が手加減をしたと本気で思い、もう一度!と言ってしまった。


 あの一言さえ言わなければ、まだ最悪の事態は避けられたかもしれない……。


 だが、馬鹿な俺はそれに気づかずに、言ってしまった……。


 そしてもう一度やると、先程より弱く感じた。


 俺は怒った。


 どうして、本気でやってくれないんだ!と。


 その結果、完膚無きまでに兄貴を追い込んでしまったのだ。


 それ以降のことは、想像がつくだろう。


 兄貴は俺を避け、恨み、嫉妬した。


 親父は、俺に継がせたいと思っていた。


 お袋は、板挟みで苦しそうだった……申し訳ないことをした……。


 何より、俺を本当の弟のように可愛がってくれたエリス義姉さんの幸せを、この俺が壊してしまった……!


 エリス義姉さんは、気にしないでと言うが、俺は俺自身が許せなかった……!


 おそらく初恋の相手でもあり、大事な義姉さんであり、我が家を明るく包んでくれ、そしてこんな俺に理由もなく懐いてくれるユウマを産んでくれた方……俺は誓った。


 もしエリス義姉さんが頼んで来たなら、俺はどんなことでもしようと。


 それが、俺の償いであると……。


 俺は、それから放浪の旅に出て、ひたすらに剣を極めるために戦った。


 俺には、もうこれしかなかったからだ。


 これさえも手放したら、俺は何の為に生きているのかわからなくなる。


 俺のこの圧倒的な強さには、何か意味があると思い込み、ひたすら磨いた。


 そして帰ってきた俺は、剣聖大会に出て、シャロン相手に苦戦はしたが優勝した。


 そして、デュランダルに選ばれた。


 初めて持った時、不思議な感覚になったのを、今でも覚えている。


 もう、何十年も前から使っていたと思うほど、驚くほど手に馴染んだ。


 そして、あの日がやって来た。


 ユウマが家を追い出されたのだ。


 俺は、エリス義姉さんに頼まれた通りに、すぐに動いた。


 ユウマの元へ向かうと、あいつは開口一番に言った。


 叔父上!俺を弟子にしてください!と。


 俺はぶっきらぼうな言い方で、仕方ねえな!弟子にしてやる!と言った気がする。


 ……全く、どの口かほざいてんだか……!


 ユウマが追い出された原因は、元はと言えば俺の所為だろうが……!


 だが、ユウマはそんなことは気にせずに、変わらず俺を慕ってくれた。


 もう、大体の事情はわかっているだろうに……。


 それでもユウマは、俺に恨み事など言ったことはない。


 本当に出来た甥っ子だよ……俺とは、えらい違いだ。


 きちんと兄貴やバルスに配慮して行動しているし、エリス義姉さんやエリカとも上手くやっているし、家臣にも気に入られている。


 俺が知るユウマは母上の膝の上で寝ていたり、俺の足元を叔父上ー!と言いながら、走り回るイメージで止まっていた。


 だが、俺が放浪中にユウマは心身ともに成長していた。


 そのギャップを埋めるのに、苦労したな……。


 そして、弟子にして稽古を始めると、色々と驚いた。


 まずは、確実に強くなると思った。


 俺とは種類が違うが、一流の剣士になれる素質があると。


 そして、俺をも超えるかもしれないということを……。


 俺は嬉しくなった……!


 ユウマなら、俺のこの乾ききった心に潤いを与えてくれるかもしれん……!


 最早、誰にも負ける気がしない俺は、ユウマを育て上げることを決意した。


 もちろん、エリス義姉さんの頼みでもあるが、俺自身の願いにもなった。


 ……ユウマには悪いとは思ったが、こればっかりは許してくれ……。


 そして、ユウマは期待通りに強くなっていった。


 だが、ある時から伸び悩んでいた。


 最初は回復魔法も極めようとしたからかと思ったが、そういう訳でもないようだ。


 俺は環境を変えるために、ユウマに冒険者登録をしろと言った。


 そして、色々な経験をしてこいと。


 飲み友達であるアロイスに、ユウマのことを頼み、俺は再び旅に出た。


 今の俺の力を試すために……!


 本当なら、最強の冒険者と言われるグラントという鬼人とやりたかったが、流石に国際問題になると国王と宰相から止められた。


 なので、バルザールにいる特級の2人に喧嘩を売りに行った。


 だが、その前に立ちはだかった奴がいた。


 ノアと名乗る1級の冒険者だった。


 お前みたいな小僧、特級が相手にするまでもない!とな。


 実際に、ノアは中々強く、それなりに楽しめた。


 そしていよいよ、ゼノとダイスと戦うことになった。


 熾烈を極める戦いだったが、俺が勝利した。


 流石に強かったが、もう一度戦っても負けることはないだろう。


 やはり、俺の渇きを癒してくれるのは、酒と女だけなのかもしれんな……。


 ……それも、最初はヤケになって始めたことだしな。


 しかも、正確には癒しきれていない……ただ、誤魔化しているだけだ。


 さて、ユウマはどうなっているかね?


 俺は旅を終え帰ると、驚いた。


 ユウマが、


 俺の予想では、強くなる時期になっていると思ったのだが……。


 その代わりに、良い仲間達に恵まれたようだ。


 そして、回復魔法は一流になっていた。


 もしかしたら、心が優しいユウマのことだ、仲間を守るために回復魔法を極めたのかもしれんな……だが、それを責める権利など、俺にあるわけがない。


 俺は諦めることにした。


 まあ、いいか……ユウマは可愛いし、国王などのダチもいる。


 俺のエゴに、これ以上付き合わせるわけにもいかんしな……。


 何より、強くなかろうが、もう俺にとってユウマは、大事な甥っ子だ。


 だが、俺の予想に反してユウマはやる気だった。


 叔父上!お願いします!と何度も、かかってきた。


 だが、それでも上昇は微々たるものだった。


 ……どうやら、ほかに原因がありそうだな……。





 そしてしばらく経った頃、兄貴とバルスが死んだ。


 それからだ、ユウマの力が上がってきたのは……。


 俺は馬鹿か……!少し考えれば、わかることだろうが!!


 心優しいユウマが、兄貴やバルスに気を遣い、無意識に力を抑え込むことを……!


 俺とは違うんだよ!クソ!自分に腹がたつ!

 何が師匠だ!弟子の成長を勝手に見限って、失望して!

 俺はいつまで経っても馬鹿野郎のままだ……!


 ユウマには自覚がないだろうが、そういうことなのだろう。


 実際に、短期間で俺に迫るほどになった。


 ……正直に言おう……嬉しかった……この期に及んで馬鹿だと思ったが、こればかりはどうしようもなかった。


 そして、その後は色々なことがあった。


 エリカとカロンが恋仲になったり、ユウマがヘタレを卒業したり……俺に、サユリという女が迫って来たり……まあ、色々だな。


 そしてユウマは次々と、問題を解決していく。


 あいつの懐の深さや、優しい心がそうさせるのかもな。


 だが、あいつには致命的な弱点がある。


 美点だと言ってもいいが、あいつは甘い。


 懐に入った人を、信用し過ぎる。


 だが、それが慕われる要因だし、和平交渉も上手くいった要因だ。


 ……仕方ない!ユウマは甘ちゃんだからな!


 いざという時は、この俺が守ってやるか!


 俺は、心を新たにして、そう決心した。

















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