第88話 ドワーフ三人衆

 翌日、僕はキエダたちを見送るために桟橋へやってきた。


 コーカ鳥たちに乗って来たのでそれほど時間は掛からなかったのは良かったが、途中からまたレースを始めたのには辟易した。

 コリトコが言うには、もう少し成長すれば落ち着くらしいけれど、それまではなるべく一緒に行動させないようにしないとなと思いつつ桟橋でギルガスたちが乗って来たという船から荷物を下ろしていく。

 といってもギルガスたちが持って来ていた着替えや私物だけなのでそれほど量があるわけでは無い。


 船は僕が思っていた以上に立派な鉄製のもので、ギルガスはこの船を一週間ほどで作り上げたのだという。

 もちろん他の三人も手伝ったのだろうが、それでもとんでもない技術である。


「往復に必要な分の食料と水はこれくらいで良いかな?」

「おう、こんだけありゃ十分だ」


 ギルガスだけでなくキエダも付いていく以上心配することは何も無いのだが、一応何かあった時のために食料と水は余分に積んでおく。


「それではレスト様、行って参ります」

「ああ、キエダもテリーヌもギルガスさんの奥さんを頼んだよ」

「お任せ下さい」

「私の力が及ぶ範囲で有ればよろしいのですが」


 僅かに不安そうな表情のテリーヌに僕は「テリーヌがどうしようも無ければ他の誰にもなんとも出来ないよ。自信を持って」と声をかける。


「そんじゃあすぐに嫁さんを連れて帰ってくるからあいつらのことは頼んだ」


 ギルガスはそう言い残すと船内に入っていく。

 桟橋に辿り着いてギルガスの船の仕組みについて教えて貰ったのだが、この船の動力は風では無く水蒸気なのだという。

一応マストも付いているが、それはもしもの時のためで、ここまで来る間も一度も使わなかったらしい。


ポンポンポンッ。


 ギルガスが船の中に消えてしばらくすると船から軽快でリズミカルな音が聞こえ出す。


 ぼこぼこぼこっ。


 船の前方が突然泡立ち始めた。

 ギルガスが機関室で炎魔法を使い炉に火を入れたのだろう。

 この船は機関室で造り出した水蒸気を噴出することによって動くのだと聞いていたが、実物を見ると予想以上に音も含めて不思議な風景だった。

 きっとそこかしこにドワーフでしか造れないような技術が詰まっているのだろう。


 ゆっくりと岸を離れていく船の甲板にギルガスが上がってくる。

 そしてそのまま操縦席に移動すると船を操舵して船を一回転させ沖に船首を向けた。


「気をつけて!」

「……行ってらっしゃいませ」


 そして僕とアグニは船影が水平線に消えるまで見送った。


「もう見えなくなったよ、凄い船だね」

「……そうですね。ですが既に同じものをレスト様なら造れるようになったのでしょう?」

「流石にドワーフの技術を見ただけで理解するのは難しいよ。それにもし出来たとしても、なんだかそ れはズルしてるみたいだし、よしんばクラフトできたとしてもギルガスに許可を貰ってからじゃないとね」


 僕はそう答えながら、まだ積んでいなかった荷物を地面から持ち上げ、クロアシの背中に積み込んでいく。


「……相変わらず律儀……でもそれがレスト様の良いところ」

「ん? 何か言った?」

「……いえ。それよりも荷物を持って拠点に戻りましょう。これから彼らの家と工房を作るのでしょう?」

「そうだった。家はすぐに造れるけど工房は僕だけじゃ無理だし時間が掛かりそうだから急がないと」


 僕はかなり高くなった日の光に目を細めながらアグニに手伝って貰ってクロアシの背に乗ると拠点に戻るためにトンネルへ向かった。



◆◆◆



「うわぁ、すんごぉい! 本当に一瞬で家が建っちゃったぁ」

「キエダさんから話は聞いてましたが、実際目にすると奇跡としか思えませんね」

「ふんっ、この程度の家なら我々ドワーフ族なら数日もあれば建設できるわ。それもこれより数倍凄い家をな」


 三者三様の反応を苦笑しながら聞く。


 ドワーフたちの家は二軒、拠点の端の壁沿いにクラフトした。

一件はギルガス夫婦とジルリスが住む家で、もう一件がライガスとオルフェリオス三世の家だ。

 この組み分けを決めたのは僕では無くジルリスで、彼女曰く「オルフェと一緒だと襲われちゃいそうで怖いしぃ。でもオルフェってさみしがり屋で怖がりだから一人じゃ可哀相だからぁ」とのこと。

 もちろんこの話は当のオルフェリオス三世が居ない場所でされたものだ。

 そうじゃければオルフェリオス三世は今頃どこかの隅で膝を抱えて泣いていたかも知れない。

 僕だって好きな女の子にそんな風に思われていると知ったらかなり落ち込む。

たぶん先日のヴァン以上に引きこもる自信がある。


「一応このままでも普通に住めるけど、直したいところがあれば出来る範囲で直すよ」

「ありがとうございます領主様。でもそれくらいは俺たちでなんとかしますので」

「そぉよぉ。私たち、これでも生活鍛冶師なんだからこういうの得意なのぉ」

「はんっ、自慢のスキルを見せびらかせなくて残念であったな」


 本当にわかりやすい三人である。


 ギルガスの息子のライガスは少し生真面目すぎるきらいはあるが良い青年だ。

ジルリスはつかみ所が無く言動は軽いが、オルフェリオス三世や人のことをよく見ていて、さりげに気遣いが出来る。

 オルフェリオス三世は口では強いことを言うが、その実僕がやることを邪魔したりはせず、実は三人の中で一番クラフトスキルで造り出したものに興味津々で研究熱心さが垣間見えた。

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