第56話 獣人族について解説しよう!
「それで容体はどうなんだ?」
トアリウトがクラフトによって作り出した石造りの檻の中で眠る獣人の男を横目で見ながら、テリーヌの入れた紅茶を飲みながら尋ねる。
「どうって言っても、お腹を空かして疲れて眠ってるだけらしいけど。そうだよね? テリーヌ」
「ええ、なので先ほど無理矢理スープだけ飲ませましたが」
テリーヌの言うとおり、檻の横にはスープが入った鍋と、開かせた口の間から無理矢理流し込むための漏斗タイプのコップが置かれている。
特殊な形状のそのコップは、僕があの獣人の為にクラフトしたものである。
ちなみに飲ませる際は檻を消して、その代わりに急に目覚めても暴れられない様に石で枷を造って身動きできない様に拘束した。
なんだかテリーヌが獣人を拷問している様にも見えるその絵面は、我ながら失敗だったと思う。
しかもちょうどそれを心配して様子を見に来たコリトコ兄妹に見られてしまうという大失態まで犯してしまった。
子供たちに変な性癖が目覚めたらどうしよう。
「スープか。飢餓寸前の胃腸にはあまり栄養素の高いものや固形物は危険だからな」
「ええ。私のスキルで確認しながら、なるべく彼に効果の高いものを選びました」
倒れた時よりも獣人族の男の顔は、かなり落ち着いているようだ。
といっても毛に覆われた彼の顔は血色もわかりにくいため、テリーヌの能力に頼らないとよくわからない。
「僕、獣人族のことはあまり知らないのですが、彼は猫系の獣人……で良いんですよね?」
「私もこの島生まれのこの島育ちだから獣人族というものは知らないからなんとも言えん」
「そうでしたね。僕も王都に居た頃何度か見かけた程度で。でも獣人族の中で彼はかなり獣度が高いということはわかります」
「獣度とはなんだね?」
不思議そうに問い返すトアリウトさんに僕は聞きかじりの知識で答える。
「えっとですね。獣人族って僕たち人族やドワーフ族、エルフ族、ハーフリング族等と違って個体差が激しいらしいんですよ」
「個体差というのはどういった?」
「例えばそこで眠っている彼ですが、見える範囲全身が毛で覆われていて顔もかなり猫に近いですよね」
「猫か、あまりこの辺りでは見たことが無いが」
「この辺りだとマウンテンタイガーというのが山の方にいるらしいんですが、知ってます?」
王国の調査団による報告書に書いてあった大雑把な魔獣・動物生息図を思い浮かべながら言うと、トアリウトさんは「ああ、知っている。かなり凶暴な上にすばしっこくて、聖獣様がこの辺りの守護をされる前はこの辺りまで狩りにやってきて被害も出ていたらしい」と答えた。
元々は山以外にも出没していたのが、ユリコーンのおかげで近寄らなくなったということか。
多分あの聖獣様のことだ、この辺りに現れる魔獣を見つけては良い話し相手だと延々とまとわりついていたに違いない。
魔獣は魔獣同士会話のようなことが成り立つと聖獣様から教えて貰ったが、それはトアリウトさんやコリトコが持つ力と似た様なものなのだろう。
「そう、そのマウンテンタイガーというのは猫が魔物化して繁殖した魔獣なんですよ」
「たしかにそこの獣人の顔と似ているな」
「それで話を戻しますけど、獣人族もそういった動物が変異して進化した種族だと言われているんです」
「つまり獣が魔物に進化したものが魔獣で、人に進化したものが獣人族と考えられているということか」
「そういうことです」
初期の頃、獣族はまさに二足歩行する獣という容貌だったという。
だが、徐々に他の種族の様に知性が発達し、いつしか他種族と関わり合いを持つ様になった。
そして、その中で交わりを深めて行く過程で他の種族の血と混じり合い様々な姿を得る。
「獣人族は獣人と一括りにされますが、実際は他の種族と違ってかなり幅広い姿形をしているんです」
先祖返りで一見すると大きな獣にしか見えない者、僅かばかりに耳や尻尾に獣らしさを残しただけの者。
様々な姿形の中で、獣としての部分が多い者を獣度が高い獣人と呼び、その逆に獣らしい部分が少ない者を獣度が低い獣人と呼ぶのである。
そして獣度が高いほど、遺伝した先祖の獣と近い力を出すことが出来る。
なので獣人族社会では獣度が高い方が好まれる傾向にあるが、あくまで傾向といった程度でしか無い。
獣人族という種族はあまり細かいことは気にしない者が多いのだとか。
「ふむ。つまりそこの彼は見かけ通り獣の力が使えるということか」
「他にも鳥のように飛べる獣人もいれば、地中に潜る獣人もいるらしです」
「空を飛んで地中に潜る……だと」
「ええ。あと水の中で暮らしてる獣人も居ますね。魚人とよく喧嘩してましたけど、王都でも港で船の運航を助ける仕事をしたりしてるのをよく見かけました」
「魚人と獣人は別種族なのか?」
「らしいですね。魚人族は基本的に卵で子供を産んで育てますが、獣人族は母親の胎内で僕たちと同じように育ってから生まれてきますし」
「調査団の人々から色々聞いた話が言い伝えられているが、やはり外の世界は凄い所だな。いつか私も外の世界に――」
その時、僕の話をまるで子供の様な目をして聞いていたトアリウトさんが突然口を閉じ、真剣な目を鋭く細めた。
同時に僕も彼の目が指し示す方へ顔を向ける。
「目覚めたようですわね」
そして僕たちの話を笑顔で聞いていたテリーヌが、嬉しそうな声を上げた。
「ぬうっ……ここは何処だ……俺は……」
三人の視線の先。
その獣人は頭を振りながらゆっくりと上体を起こすと、未だ焦点の合わない視線を彷徨わせながらそう呟いたのだった。
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