秘密の入り江の漂流者

第54話 これからのことを話そう

 集会所に戻った僕たちは、さっそくエルドバ領主として、コリトコに次ぐ領民たちとウデラウ村の扱いについて話し合いを始めた。

 基本的に彼らには王国の法を守って貰うことになる。


 といってもいきなりそれを押しつけたとして、彼らが直ぐに順応出来るわけがない。

 なんせ百年程の間、彼らは外界との接触を殆どしてこなかった種族である。


 なので、村の代表には定期的に将来的には領都にする予定の拠点まで来て貰って、そこで僕や臣下たちから基礎教育を受けてもらうことになる。

 それに会わせて拠点とこの村の間で簡易的な交易を始める予定だ。


 といっても今はまだこの地に貨幣流通は無い。

 基本は物々交換である。


 しかしそれではこの先、この領地に人が増えて、そのために必要な物資を手に入れるために外部との交易をしていくことを考えると困る。

 そのことについてもこの村の若者から何人か希望者を募り、彼ら彼女らを教育することで人材を育てる予定だ。


 実はある程度僕のクリエイトスキルで開拓を終えた後は、王国から必要な人材を引き抜いてくるつもりだったのだが、純エルフ対策の準備が出来てないうちにレッサーエルフの存在を外に知られるわけには行かない。


 幸いこの島には大量の赤崖石せきがいせきが存在している。

 しかもかなりの高純度のもので、売れば少量でもかなりの金額になるものだ。

 領都の建築や、この島で手に入らなさそうな品々を買いそろえるための当座の資金はそれでまかなうつもりである。


 兎にも角にも今はウデラウ村の人々の知識を、王国の一般庶民と同じ程度まで引き上げることが先決だと僕たちは考えていた。

 そしてその中から、将来のこの領地を背負う人材が生まれればと。


「それでは一旦休憩してお昼にしましょうか」

「賛成」

「異議なし」


 午前中一杯を使った話し合いは、僕からの提案を彼らが受け質問し答えるという形で進んだ。

 所々、細々した風習の違いなどで行き違ったり衝突しかけた部分もあったが、大まかには双方が納得できる形で決着は付いたと思う。

 それもこれも調査団の生き残りたちが先んじてウデラウ村に王国のことやこの島の現在置かれている立場などを伝え残してくれていたことが大きいのだろう。

 おかげで時間を掛けてレッサーエルフたちは様々な準備が出来ていたわけである。

 いきなりの訪問ではこうは行かなかった。


 まさか戦の準備までしてあるとは思わなかったけれど。


「ふぅ……」

「お疲れ様ですレスト様」


 自分が思っていたより気を張っていたのか、休憩を村長が宣言したとたんに僕は大きく息を吐いていた。

 額にうっすらと汗でも浮いていたのだろうか。

 テリーヌがいたわりの言葉を口にしながら僕の額をハンカチで優しく拭いてくれる。


「いや、それでも拠点を出る前に想定していたよりはよっぽどスムーズに話は進んでるはずだ」

「レスト様、休憩の間に私は先ほどまでに決まった内容を清書しておきます」


 キエダが話し合いの間に内容を書き記した紙の束をそろえながら言う。

 僕は小さく頷くと「おねがいするよ」と答えてから大きく背伸びをする。

 縮こまっていた筋肉を伸ばすと、いっきに頭が落ち着いてくる気がした。


「それではお昼の準備が出来ましたら呼びに来ますので、レスト様はそのままここでお休みになってください」

「手伝わなくて良いのかい?」

「はい。村の皆様と一緒に作ってますので大丈夫ですわ」


 テリーヌは健康診断の時に、村人の隠れた病だけで無く、細かな体の不調も治せるものは全て治した。

 もちろんそのための薬などをクリエイトスキルで作ったのは僕だったが、直接『患者』に薬を与えたり治療行為をしたのはテリーヌだ。

 僕たちが色々やっている間、村の子供たちと一緒に遊んであげていたのも彼女だ。

 なのでテリーヌは村人たち、老若男女全ての人気者になっていた。


 正直テリーヌだけに料理をさせるとどんなものを作るかわかったものでは無いので、いつもはキエダやアグニが手伝いという名の『監視』を行っているのだが、今キエダは書類の制作中で手が離せない。

 僕は集会所を出て行くテリーヌの後ろ姿を見ながら一抹の不安を覚えた。



「安心して下さいレスト様」


 そんな僕の心配そうな気配を感じたのか、キエダがまとめている最中の書類束から目も上げず声を出す。


「既に村の女性陣にはテリーヌの料理の腕前については伝えてあります」

「いつの間に」

「こんなこともあろうかと、と言うやつですな」


 キエダは相変わらず書類から目を上げずにそう答えた。


「キエダが大丈夫と言うなら大丈夫なんだろうな。それじゃあ僕は少し休ませて貰うけど、キエダも切りが良いところで休みなよ」

「そんなに時間は掛かりませんので」


 僕はそんな彼の背中を見ながらゆっくりと横になる。


 まだ話し合いは始まったばかりだ。

 昼食後にもまだまだ話し合いは続く。

 今はなるべく頭を休めないといけない。


 そう考えながら僕はゆっくりと目を閉じようとし――


『た、たいへんだああーっ』


 突然外から聞こえた悲鳴のような大声に慌てて飛び起きたのだった。

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