第92話 ジャルフィー殿下

**********(side ジャルフィー)


「なんで俺があそこまで言われなきゃならねぇんだよ。親父も親父だ。ミーアをあんなに持ち上げて俺を叩きまくりやがって」

あの面接の後、ジャルフィーはずっと荒れていた。国王である父親にさんざん叩かれ、従妹のミルランディアには蔑んだ目で見られた。国王の息子としてそれなりにやってきた自負はあった。騎士養成所だって優秀な成績で卒業した。父親がやれと言ったことは、全てやってきたつもりだ。

「廃嫡まで言いやがって。親父もミーアも俺の実力を知らないんだ。目に物見せてやる」


実際にジャルフィーの荒んだ行動により迷惑を受けているのは、彼が小隊長を務めている近衛騎士団の小隊であった。目的のない模擬戦、理不尽な暴力など数え上げればきりがない。隊員はただじっと嵐が過ぎるのを耐えるしかなかった。

「俺は今度ミルランディアに決闘を申し込む。決闘ったって模擬戦だけどな。それまでもう少し付き合ってもらうぞ」

確かにジャルフィーは強い。剣にしても槍にしても一流だ。それに魔法も使う。火の魔法で剣に炎を纏わせれば、騎士団の中でも彼はトップクラスの強さを誇る。

しかし彼、いや彼らはミーアの実力を知らなかった。いや、知ろうとする努力を怠った。ミーアが第一騎士団の演習を手伝っているのは彼らの所属する近衛騎士団でも知られていることだったし、フィルやキッシュに聞けばいくらでも教えてもらえた。

「場合によってはお前たちも参加してもらうことになるかもしれないから、そのつもりでいろ」

隊員にとってはただの迷惑でしかなかった。


**********


「………はぁ」

「どうしたんですか?国王陛下」

「リオでいいよ。それよりジャルのことだ。あいつは結局なにも分かっちゃいない。『俺は国王の息子だ』、『俺があんな奴に負けるはずがない』ばっかりでさ、何も変えようとしないんだ」

「それでしたら公爵領での仕事は無理ですね。今いる職員の士気に関わりますから」

「仕方ないか。だが私も国王として、あいつを国王にしてはいけないと思ってきた。親としてもな」

「まさか廃嫡するつもりじゃないですよね」

「最悪そこまで考えてはいるが、できればしたくはないな。これは親としてだが」

「国王の候補としてはフィルもいますけど、伯父さんはそれでほんとにいいんですか」

「ヘンネルベリ王国の事を考えれば致し方あるまい」

チョッとヤバい雰囲気ですね。あからさまに国王候補から外されたら何をしでかすか分かりませんよ。一派を率いてクーデターだってあり得ます。国王に固執するところがありますからねぇ。


「親父、居るか?」

ドカドカと入ってきたのはジャルです。

「何だ、ミーアもいるんじゃねぇか。丁度いい。おいミーア、俺と決闘しろ」

「は?何言ってるんですか」

「うるせぇな。オメェは俺より強いって言ってんだろ?ならその強さを証明してみろよ。強いんなら受けられるよな。まさか負けるのが怖いから逃げるのか」

「そうじゃないですけどね。私が貴方と戦う理由がありません」

「俺の強さの証明のためにオメェが踏み台になるんだよ」

「ジャルっ!いい加減にしろ」

「親父も親父だぜ。ミーア、ミーアってよ。そんなにミーアがいいのかよ」

「我ながら情けない。自分の子供もちゃんと育てられないなんて、親として失格だな。ジャルフィー、今のままではお前を国王候補にすることはできない」

「なんでだよ。俺は親父に言われたことをちゃんとやって来たんだぞ。それに俺が国王になればこの国をもっとでかくしてやるぜ」

「力で屈服させるつもりなのか」

「屈服?冗談じゃねぇ。帝国だろうが連合国家だろうが、滅ぼしてそこを領土にするまでよ」

「ジャルフィー、出て行きなさい。お前の処遇は追って伝える」

「ちょっと待てよ。俺はミーアに決闘を申し込みに来たんだぜ。ミーアは受けるんだろうな」

「受けないと言ったら?」

「弱っちいミーアが俺との決闘から逃げ出したって流してやるさ」

「仕方ないですねぇ。不本意ですけどお受けしましょう」

「よっしゃぁ。で、いつやる。今からやるか」

「はぁ、困った方ですねぇ。私は今伯父様と話しているんです。見ればわかるでしょう」

「うるせぇな。そんなのどうでもいいんだよ。俺の方を優先しろって言ってんだ」

「分かりましたよ。明日以降でお願いします。試合の形式はそっちで決めていいですから。分かったら席を外してください」

「なら明日の昼から王宮の練兵場でやるからな。逃げるなよ」

「逃げませんから。明日ですね。分かりました」

「そんな態度でいられるのも今日までだからな」

いやー、立派な捨て台詞ですね。ジャルは満足げに出て行きましたよ。伯父さんの苦労も知らずに…。


「悪いな、ミーア」

「いいですって。それより2度と文句を付けられないようにコテンパにしちゃおうと思うんですけど、構いませんか?」

「思い切りやってしまって構わんぞ」

「どんな条件を出してきますかねぇ。真剣勝負だったりして」

「まぁ気を付けてくれな」

「伯父さんはジャルのことどうするつもりですか」

「1年程度考えさせてみるが、それでも変わらないようなら廃嫡だな」

「………そうですか」

えらいことになってしまいました。まぁジャルとの決闘で負けることはないと思いますけど、勝っても負けても後味が悪いなぁ。




「おぅミーア、逃げ出さずにやって来たことは褒めてやる」

「いいからさっさと終わらせましょう」

「試合形式はこうだ。それぞれが大将になってのチーム戦だ。大将がやられたら負けな。模擬戦用の武器じゃなく、使い勝手のいい自分の得物でやる。決闘だから多少の怪我はしょうがねぇ。宮廷には優秀な回復師がいるから死ななきゃ大丈夫だ。おっと、ミーアには仲間がいねぇか。一人で戦ってもいいし、今ここで負けを認めたっていいんだぜ」

「御託はそれだけですか。仲間は何人までですか」

「別に何人だってかまわねぇぞ。ちなみに俺は俺んとこの小隊10人だ」

「じゃぁ5人もいればいいですかねぇ。それじゃぁ親衛隊でも呼び出しましょうか」

久々の登場です。って事もないか。第1騎士団の演習ではしょっちゅう活躍してるからね。

「オメェどっから出したんだ」

「えっ?知らないんですか?彼らは私の人形ですから。もう5人出しましょうか」

「チッ、舐めくさりやがって。こっちは10人で行くって言ってんだ。オメェも10人にしろよ」

「はいはい。フェアリー隊も呼び出しましょうかね」

ジョルジュ以下の親衛隊とケイト以下のフェアリー隊が勢ぞろいです。フェアリー隊の登場に見ている観客が大騒ぎです。美人揃いのフェアリー隊ですからねぇ。

ジャルは勝ち誇った顔をしています。女相手にまけるはずがねぇとでも思ってるんでしょうか。ジャルの仲間も同じようです。バカの下に集まる奴は、やっぱりバカなのでしょうか。

一方この戦いを見に来た第1騎士団の人たちは、勝負がついたと悟ったようです。

「じゃぁ勝手に始めてください。そっちのタイミングで初めていいですから」

「そんな余裕をかましていられるのも今だけだからな。じゃぁぼちぼち俺たちの蹂躙戦でも見せてやるか」


いきなりのファイヤーボールです。騎士団にしては威力がありそうですね。とりあえずジャンプでよけます。

「開始って事でいいですね。親衛隊はあいつらを抑え込んで。多少なら怪我させてもいいから。骨の2~3本折っちゃって構わないからね。ブラウンとフェアリー隊は遠距離から。ケイトとクリスは4人を守って」

私はって言うと上空から戦況の把握です。大将だからね。自分が戦うんじゃなくって、ちゃんと兵を使えなきゃだめだからね。親衛隊とフェアリー隊の指示は別に出さなくったって構わないのよ。私のマルチさんが動かしてるだけなんだから。でもほら、見てる人がいるじゃん。その人たちにもわかるように、所謂解説ってやつね。

「ミーア、テメェずるいぞ。降りてきやがれ!」

ジャルがなんかほざいていますけど知ったこっちゃありません。最初の頃2~3発魔法や矢が飛んできましたけど、そんな余裕もなくなってしまったようです。

ジャルの仲間チームの魔法使いと弓兵は親衛隊の軽戦士フレッドによって沈黙させられました。弓兵は腕と足を折られ、魔法使いは気絶しています。

「うぉーーーーーーーっ!」

ジャルが剣に炎を纏わせて突っ込んできます。

「オメェら退け!俺がやる!」

勇ましい事。

「グリント、ジャルを押さえて。ジョルジュはキャッシ―達を守って。ブラウン、キャッシ―、エミリー、カナデは周りの騎士たちをやっちゃって。アデュー、フレッド、ケイト、クリスはジャルの相手。私も援護するから」

私の援護って言うのは熱くなったジャルを冷ましてあげること。そうです、あの冷水ぶっかけです。

「冷てェじゃねえかよ。何しやがんだ。仲間に戦わせてオメェは高みの見物か。いいご身分だな。降りてきて俺と戦え」

まだ熱いようですので、もう少し冷ましてあげることにします。「ブリーズ!」

凍てつく風がジャルを襲い、手足を凍らせて動けなくします。

「親衛隊とフェアリー隊はジャルの仲間たちを沈黙させて」

程なくしてジャルの小隊は完全に沈黙しました。

「さて、残っているのはあなただけですけど、どうしますか?」

「うるせぇ、まだ勝負はついちゃいねえ。俺がお前を倒せばいいだけだ」

状況把握が全くできていませんねぇ。ジャルのお仲間は全滅です。一方親衛隊とフェアリー隊は健在です。普通の指揮官なら負けを認めますよね。こんな指揮官の下には着きたくありませんね。

「仕方ありません。そこまで言うなら私が直々にお相手いたしましょう。ただし、二度と剣が持てない体になっても文句は言わないでくださいね」

私はチラッと国王陛下リオおじさんの方を見ました。陛下は仕方なさそうに首を縦に振りました。

私は親衛隊とフェアリー隊を後ろに下げました。ジャルに引導を渡すのは私の役目です。

「ブレイク!そしてクイック!」

ジャルの氷による拘束を解くと同時に、私は自分に加速の魔法をかけます。ジャルの動きを読みながら剣を躱し、剣を持つ右手首にオリハルコンの杖を叩きつけます。

「(グシャッ!)う、うぅ」

右手は力なく垂れさがっています。恐らく中の骨は粉々でしょう。

「まだやりますか」

「当たり前だ!お前を倒すまで続けてやる」

地面に落ちた剣を左手で拾い、私に向かってきます。

「これで終わりです」

私の杖は容赦なく彼の左手首も砕きます。

「ぐぅわぁぁぁぁーーーーーっ!」

断末魔ですね。加速の魔法を解いて、彼の首元に杖を突き付けます。

「勝負ありですね」

「うるせぇ。俺は負けを認めねぇからな」

誰がどうよく見ても大負けです。


「ジャルフィー、貴様の負けだ」

声の主は国王様でした。

「大口をたたいた割に、無様な負け試合だな。お前は当分の間謹慎だ」

ジャルは動かなくなった手をだらりと下げたまま、がっくりと膝を着き項垂れています。

「「「うぉおおおおーーーーー!!!」」」

観客たちは大興奮です。第1騎士団のみんなも拍手を送ってくれています。近衛騎士団は、……やっぱり私に拍手を送ってくれています。


宮廷の回復師たちが慌てて入ってきます。ジャルフィーをはじめ仲間の10人全員が重傷ですから大慌てです。

「私も手伝いましょうか?」

「いいんですか?結構魔法を使ってたようですけど」

「大丈夫です。まだ魔力には余裕がありますから」

「それじゃぁお願いいたします。すみませんがジャルフィー殿下を診ていただけないでしょうか。あれだけの怪我だと私たちでは治しようがないんです」

チョット癪だけど治してあげることにしました。

「ジャル、治してあげる。少し大人しくしていて」

「……済まない。……頼む」

ジャルの手首にそっと手を当てます。【万物の知識】の助けを得て手首の骨と腱を再生させていきます。同じように反対側も。

「治したわ。暫くは痛みが出るかもしれないけど、それは我慢して」

「ああ。………ありがと」

回復師たちは他の人たちの治療を終えていました。骨を折ったって言ってもジャルと違って、ポッキリと綺麗に折ったからね。治すのも簡単って訳よ。気絶してた人も気付け薬で気が付いたみたいだし。



「あれでよかったんですかねぇ」

「仕方あるまい。あとはあいつ次第だ。それにしても悪かったな、治療までしてもらって」

「いや、宮廷の回復師でも無理って言ってたからしょうがないですよ。暫くは痛みが続くでしょうし、剣を持てるまでに回復できるかは彼次第ですけどね」

「あいつは当面の間謹慎させる。私がたまに様子を見に行って、それでこの先のことを決めようと思ってる」

「フロンティーネのことは諦めてください」

「それも分かっている。まったくジャルの奴は……」

リオおじさん、なんか憔悴しきっています。そりゃあ息子があれだけの醜態をさらしたんですからねぇ。

「ミーア、お前も少し気を付けてくれな。ジャルの奴、今まで以上にお前の事恨んでいそうだからな」

「そうですかねぇ。治療した後は少し素直でしたよ。でも気を付けますね。じゃぁ今日は帰ります」

「どこに帰るんだ」

「いったん王都の家に戻って、それから今日はフロンティーネかな」

「じゃぁまた、会議の時にな」

「はい。それじゃあ」



めんどくさい1日が終わりました。ジャルがこのまま大人しくなればいいんですけど。

って、それがフラグだって言ってるのが分からないんですか。



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